第九部第五章 戦いの意義その五
「私の他にも何人か。私が親甲板ですが」
「いいですね。日本軍ではそこまで人手がありませんでした」
「そんなに人手不足だったのですか?」
「ええと」
八条はそれを受けて彼女に尋ねた。
「貴方はどの国の生まれでしょうか」
「私ですか?」
「はい」
彼は応えた。
「宜しければお答えして欲しいのですが」
「わかりました」
彼女は高い声で答えた。ドラマティック=ソプラノであった。
「私はサロメ=クレンペラー中尉です。出身地はイスラエルです」
「イスラエルですか」
「はい」
クレンペラーは頷いた。
「それならわかります。イスラエルは士官の充足率が我が国よりずっと高かったですからね」
「日本はそれ程士官の充足率が低かったのですか?」
「士官だけではないです」
彼はそう答えた。
「将兵全体が。日本においては軍人はとりわけ人気のない職業の一つでしたから」
「何故ですか?確かに他に職業が多くあるのは事実ですが」
「産業のあり方ですかね。それにそれ程必要とされていませんでしたし」
日本は連合の中ではとりわけ豊かな星系に恵まれ、そして治安もよかった。その為軍人はあまり必要とされていなかったのである。だが尊敬はされていた。しかし多少歪な尊敬ではあった。
軍人が軍服でいるとマニアが来る。日本軍の軍服はそのデザイン性の秀逸さからマニア達には評判がよかったのだ。その兵器のデザインもであった。
知り合いの軍人が街にいると声がかかる。その声は温かいものではあったが叱咤激励であった。
「こら!こんなところで遊んでいていいのか!」
「訓練せんか!訓練を!」
「その軍服が泣くような真似はするな!」
スポーツ選手に送られるそれに近いものであった。彼等はそれを受けていささかスゴスゴとしていたのであった。
「兵器よりも人員の充足に気を配って欲しかったな、と。それに何故か士官にばかり仕事を集中させていましたし」
「それは大変ですね」
「実際の権限はそれで先任下士官に集中しているのは他の軍と同じでした。大変でしたよ」
「何か割に合いませんね」
「本当に好きでもない限りできない仕事でしたよ。何でも昔からそうだったといいますが」
「イスラエルではそんなことはありませんでしたね」
クレンペラーは八条の話が終わるとそう答えた。
「確かに仕事は下士官や兵士に比べて多いですが」
「はい」
「そこまではありませんでした。充足率もほぼ百パーセントでした」
「本来はそれが理想です。まあ人気不人気の職業は国によって違いますから。そんな街を歩いていたら訓練はどうした、とまで言われるような仕事はちょっと、ね」
「それだけ市民の期待の目が高いとプラス評価されてはどうでしょうか」
クレンペラーは笑いながらそう言った。
「だといいですが。何故かマニアが訓練の結果まで知っていてそれをネットで批評されるのは。あの国にこれで負けるのは許されないとか。うかうか合同訓練もできませんでした」
「何か日本の軍事マニアというのは深いですね」
「凝り性の国民性故でしょうね」
八条の返答はそうであった。
「日本人の凝り性は私も聞いております」
「やはり」
「それが多くの発明を生み出したということも。それは有名ですね」
「プラスの方向に働けば」
いささかシニカルな口調でそう述べた。
「ところが偏執さを帯びますと。確かに愛情があるのはわかるのですが」
「本当にスポーツのあれみたいですね」
「似たようなものかも知れませんね、彼等にとっては。ファンというものはそうなってしまうことが多いです」
「私もバレーボールは好きですよ。けれどそこまではいきませんね」
「バレーですか」
「ええ」
「どのチームのファンですか?」
「現地のチームですが。まああまり強くはないですけれど」
「そうですか」
そんな話をしながら二人は部屋に向かった。そして八条は自分の部屋の前に来た。
「ここですか」
「はい」
クレンペラーが答えた。
「どうぞおくつろぎ下さい」
「わかりました」
軍艦の中でくつろぐも何もないものだと思ったがそれは口には出さなかった。そして彼は部屋に入った。士官室の一つであり中々居住性はいい。連合の艦艇では全ての者に個室が与えられている。士官室は兵士や下士官のものと大体同じであるが中身が少し豪華になっている。
「それでは私はこれで」
「あっ、ちょっと待って下さい」
八条はここでクレンペラーを呼び止めた。
「何か」
「いえ、一つ気になることがあるのですが」
「気になること」
「はい。私の秘書官のことですが」
「秘書官といいますと彼のことでしょうか」
「はい」
八条はそれに応えた。
「木口君の部屋はどうなっているでしょうか」
「彼でしたら隣に」
クレンペラーはそう答えた。
「隣の部屋も空いておりましたから。それで宜しいでしょうか」
「ええ」
八条はそれを聞いて安心したように頷いた。
「それならば問題はありません。やはり何かと仕事のことで話をすることになりますからね」
「大変ですね、長官も」
「何、それが仕事ですから」
それはあっさりと受けた。
「デスクワークには慣れておりますから」
「そうですか。それでは」
「はい」
「あ、そうでした。一つ重要なことを申し上げ忘れていました」
ここでクレンペラーは一つのことに気付いた。
「私の部屋は向かい側にありますので。何かあれば是非おいで下さい」
「向かい側ですか」
「はい。長官さえ宜しければ」
「残念ですがそれは辞退させて頂きます」
しかし八条は彼女に対して微笑んでそう応えた。
「何故ですか?私の方は構いませんが」
「女性の部屋にそのまま入るのはどうかと思いますので」
彼はそう言葉を返した。
「ですから何かあればお伝えさせて頂きますので。御心配は無用です」
「そうですか」
クレンペラーはそれを聞いていささか残念そうであった。だがそれは顔には出さなかった。
「それでは」
「はい」
こうして彼女は部屋を後にした。後にしながらふう、と溜息をついた。
「光源氏は女性には目がなかったけれど」
溜息をつきながら呟く。
「今の源氏の君は女性よりお仕事の方が大事みたいね。残念だわ」
呟き終えるとその場を後にした。そしてその場を去った。
テスカトリポカはそのままエウロパに向かった。向かうはモントローズであった。
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