第九部第五章 戦いの意義その三
「それだけの数を安全な場所にまで避難させるとなるとかなりの時間と労力が必要になります。それを受けて提案したのです」
「それはその二百億の市民の為ですね」
「はい」
アッチャラーンに応える。
「彼等は武器を持ってはおりません。あくまで我々の相手はエウロパ軍なのですから」
「それはどうでしょうか」
だがバールはそれに疑問の声を呈してきた。
「何かありますか?」
「はい。我々はエウロパと戦争をしております」
「はい」
「それならば市民も敵であります。今は武器を持ってはおりませんが今後はわかりません。それは理解しておられるのでしょうか」
「勿論です」
彼はそれにすぐに答えた。
「それならば何故」
バールは問うた。
「彼等の安全を保障するのですか。そのままモントローズを攻略してしまえばよいではありませんか」
「戦時法もあります」
八条はここで戦時法を出してきた。
「我々はこれを遵守しなければならないのは言うまでもありません」
「それは私も理解しております」
今度はバールがそれに答えた。
「ですがそれは攻撃しなければいいだけのこと。言うならば彼等の逃げ道を塞いでもそれは我々の責任ではないのです」
「はい」
「それは長官もおわかりのようですが。それでは何故」
「彼等とサハラの関係は御存知ですね」
「ええ」
それを知らない者はここにはいなかった。バールだけでなくカバリエもアッチャラーンもそれに頷いた。
「ティムールは今総督府に向けて進軍をはじめたそうです。彼等の中にはエウロパに対して深い憎しみを抱いている者も多いでしょう。彼等がその二百億の市民に対して何をするかわかったものではありません」
「しかしそれは我等の責任ではありませんぞ」
「ですね」
それは認めた。
「直接は」
「ならば構わないではありませんか。そもそもサハラに侵攻したのは彼等です。極論すれば自業自得です」
「そうだな」
アッチャラーンもそれに同意した。
「サハラへの侵攻は我々も常に批判してきた」
「私も批判を言ったことがあります」
カバリエが言った。
「何度言ったかわからない程に。どれだけ言ったやら」
「それは私もだ」
連合とエウロパの関係は戦争になる前、いや宇宙への進出の頃から険悪なものであった。今では全く別の存在となってさえいる。お互いに最早決して相容れないものとなっていたのである。
アッチャラーンもエウロパを批判したことがある。それも何度も。それは連合中央政府の閣僚にとって仕事の一つともなっていた。無論これはエウロパの方でも同じである。彼等は事あるごとに互いを批判し合い、対立していたのである。
「実は私もバール本部長と同じ考えなのだ」
「そうですか」
「長官、やはり彼等にとっては自業自得ではないか。そもそも彼等は連合の市民ではない」
「はい」
「彼等に対して危害を加えることはあってはならないが彼等がティムール軍に何をされようがそれは彼等の蒔いた種であって我々が手を差し伸べることではないと思うのだが。違うかね」
「確かにサハラへの侵攻は褒められたものではありません」
八条はそれに対して述べた。
「ですが市民には直接の責任はないではないですか」
「決めた政治家を選んだのは彼等だが。それでも責任はないというのかね」
「ですから直接の、です」
八条は反論した。
「それに彼等は今危機に瀕しています。それを放置しておくのは人道的に見て如何でしょうか」
「人道、か」
アッチャラーンは表情こそ変えなかった。だがその声はいささかシニカルであった。
「政治には不要なものの一つかもな」
それはある意味真実であった。政治の世界ではそれは時として無視されるべきものであるからだ。
「それを今言うのはどういうことか」
「総理、これは昔の中国の言葉ですが」
「中国の」
それを聞いてアッチャラーンは八条に目を向けた。目を向けながら彼は考えていた。彼が何を言うのかを。
「信なくば立たず、です」
「その言葉は知っている」
すぐに答えた。
「だが今使うべき言葉ではないと思うが」
「私は今使うべき言葉であると思いますが」
「わからないな。ではそれとエウロパの市民を救うことがどう関係があるのだ」
「そうです。むざむざ敵を増やすだけではないでしょうか。前線の兵士達のことを考えますと」
「兵士達にとってもようことだと思いますが」
「それは何故かしら」
カバリエが問うてきた。
「彼等にとっては敵が増えること程嫌なことはないと思うけれど」
「これによって敵は増えません」
八条はそう言い切った。
「むしろ減るものと思われます」
「それは何故だ」
アッチャラーンは問うた。
「エウロパの市民の命を救ったとなれば彼等も表立って反抗する理由が減るからです」
「つまり現地でのゲリラ化等も防ぐのだな」
「ええ」
それも八条の狙いであった。
「それに連合軍の信用を高める為にも。如何でしょうか」
「そうだな」
アッチャラーンは考えながらバールに目をやった。見れば彼も考えていた。ここで彼はそのバールに声をかけることにした。
「本部長はどう考えるかね」
「私ですか」
「うむ」
アッチャラーンは頷いてみせた。
バールは彼の目を見た。彼もアッチャラーンが自分に意見を代弁させようとしているのがわかっていた。そして彼はここではそれに応えることにした。
「そうですね」
一言置いてから彼は答えた。
「連合軍の損害、負担が減るのならばいいと思います」
「そうか」
アッチャラーンはそれを聞いてまた頷いた。
「君はそう考えるのだな。そしてそれは軍部の意見と受け取ってよいのかな」
「軍部の、ですか」
「言い方を変えるか」
そう言いながら八条を横目で見た。
「制服組の意見だ」
「それでしたらその通りです」
バールも八条をチラリと見た。連合はシビリアン=コントロールが徹底している。連合軍設立前からそれはありどの国においても軍は文民統制の下に置かれていたのである。八条もそれはよくわかっていた。彼は日本の軍務大臣の時軍服を着ることもあったがあれは日本独自のものであり軍務大臣も時と場合に応じて軍服を着ることもあったのである。だが階級はなくあくまで儀礼的なものである。軍を統制する立場としての着用であった。なお首相にはない。また天皇も着られることはなかった。
「私はあくまで制服組として意見させて頂きます」
「そうか」
それが賢明な返答であった。彼は統合作戦本部長、すなわち制服組のトップである。その彼の発言がかなり大きいのは言うまでもない。だが彼はあくまで制服組であり軍のトップではないのである。
「それでは本部長は長官の考えに賛成ということだな」
「はい」
はっきりとそう断言した。これで決まりであった。
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