第九部第五章 戦いの意義その二
「軍人だ。いや、騎士だな」
「はい」
「騎士の務めは何だ。武器を持たない者を守ることではないのか」
「仰る通りです」
それがわからない者はこの場にはいなかった。
エウロパの軍人意識は連合やサハラのそれとは大きく異なる。連合は職業の一つとしか考えられていない。彼等は他によい仕事があればそこに就職する場合もある。彼等にとっては軍人とは特別な存在ではないのである。それは彼等が外敵を特に気にせずに済み、そして開拓や開発にのみ専念していればよかったからである。そうした意味で連合は非常に満ち足りた状況にあった。外敵への備えにそれ程気を配らずに済むということはそれだけで大きな幸福なのである。マウリアとの同盟、ブラウベルグ回廊、そしてサハラの戦乱は彼等にとって大きな祝福であったのである。
サハラはイスラムのジハードという思想が大きく影響していた。彼等にとって戦うことは時として聖なることであった。とりわけ異教徒との戦いはそうであった。だがそれはサハラ各国間においても時としてそうなった。彼等にとっては戦いは天界へ行くことのできる最も確実な方法である。だから彼等の多くは戦いを聖なるものとして認識しているのである。これはムハンマドの頃から変わらないことであった。
エウロパは彼等とは違う。エウロパの高級軍人の殆どは貴族で占められている。彼等は『高貴なる者の義務』を常に念頭に置いている。そしてそれに基づき行動する。彼等にとっては市民を守る為に戦うことこそそれであった。それが連合やサハラと違う点であった。彼等は騎士として、貴族としての意識が大きいのである。武器を持たない者を守るというのは昔から騎士に許された責務であり誇りであると考えているからこそであった。
「それでは結論は出ているな」
「はい」
皆それに頷いた。
「二百億の市民達には指一本触れさせない。よいな」
「ハッ」
それに敬礼して応える。
「例え我々がどうなろうともだ」
その声には決意の色が出ていた。彼もまた覚悟を決めていたのだ。
「そして」
話を続けようとする。だがここで若い士官が部屋に入って来た。
「どうした」
「オリンポスから電報です」
若い士官は一言そう言った。
「オリンポスからの電報」
「はい。こちらです」
一枚の紙を受け取る。そしてモンサルヴァートはそれに目を通した。
「何っ」
「どうしたのですか」
諸将は眉を顰めた彼に問うた。
「連合中央政府外務省から申し出があったらしい」
「申し出!?」
「それは一体何でしょうか」
「うむ」
彼は一呼吸置いてから答えた。
「総督府の市民に関してのことだ」
「総督府の市民達」
「今我々が保護しようとしている者達ですね」
「そうだ」
彼は頷いた。
「彼等の身の安全について連合から申し出があったらしい。聞きたいか」
「是非」
身こそ乗り出さなかったが是非共聞きたい話であった。皆モンサルヴァートに目を向けた。
「お願いします」
「うむ」
それを受けて口を開く。モンサルヴァートは言った。
「総督府の市民達が安全な場所に避難するまでモントローズ要塞周辺では停戦したいとのことだ」
「停戦ですか」
「そうだ。信じられると思うか」
「それはどうでしょうか」
まずマトクがそれに疑問の声をあげた。
「連合は内部でも様々な権謀術数が交差していると聞いております。彼等は経済や貿易を巡って常に内部の国家同士で抗争を繰り広げているではありませんか」
「それは知っている」
連合のそれぞれの国の外務省の仕事は連合内の国々との外交である。それは連合に加盟していながら互いに敵同士であるように熾烈な場合もあるのだ。連合は決して一枚板ではない。それどころかそれぞれの国々、それぞれの組織が外交戦争や貿易戦争、経済戦争を繰り広げている複雑な世界なのである。銃による戦争をしていなくとも連合はその内部で常に激しい戦争が行われている勢力なのである。だがそれは消耗ではなく生産の戦争であり国力伸張に役立っているのであるが。戦争は一つではないということの証左でもあった。
これはエウロパにも多少はある。エウロパも多くの国家からなる連合だからである。しかしそれは連合のものとは様子が違っている。言うならば地方政権同士のトラブルといったレベルである。連合のそれがまさしく戦争であるのに対してエウロパのそれはトラブルに過ぎない。それに強力な中央集権的である中央政府の力によりそれは速やかに抑えられるようになっている。エウロパと連合ではそうしたところも違っているのである。
「その彼等が、です。にわかにそんなことを言っても信じられません」
「それはどうでしょうか」
だがベルガンサがそれに反論した。
「ベルガンサ中将」
「私はこの申し出は信頼してよいと思います」
「何故だ?」
「これには連合中央政府、そして連合軍の威信がかかっているからです」
彼女は落ち着いた声でそう答えた。
「威信、か」
「はい。彼等がこう申し出をしてきてそれを破ったらどうなるでしょうか」
「当然信頼は地に落ちるな。もう誰も彼等を信用しなくなる」
「そうです。それは彼等にとっては著しい不利益です。ですからこの申し出は守られるでしょう」
「それでは信じてよいのだな」
「私はそう思います」
そう答えた。
「違うでしょうか」
「いや」
モンサルヴァートはそれに対して首を横に振った。
「私もそう思う。プロコフィエフ参謀総長の意見に賛成だ」
「有り難うございます」
「それでは連合のこの申し出を受け入れるのですね?」
「うむ」
ゴドゥノフの言葉に応えた。
「ラフネール閣下にお伝えしてくれ。私はこの申し出を受け入れると」
「ハッ」
モンサルヴァートの横に控えていたベニチャコヴァーがそれに敬礼で以って応えた。
「それでは電報を送らせて頂きます」
「頼むぞ」
モンサルヴァートは彼にそう声をかけた。
「それで異論はないか」
「ううむ」
提督や参謀達は考えた。だがここはモンサルヴァートの判断を信じることにした。
「わかりました。閣下の判断に従います」
「有り難う」
彼はそれを聞いて礼を述べた。
「それでは我等はこのままモントローズに入ろう。そしてそこで停戦を見守る」
「はい」
こうして彼等はモントローズに向かった。だがそれでも連合を完全に信用してはいなかった。敵をそう容易に信用する程彼等も愚かではなかったのである。
その頃連合においてはこの停戦についての話が行われていた。八条とカバリエ、そして統合作戦本部長であるバール等が列席していた。そしてそこにはアッチャラーンもいた。
「さて」
まずはアッチャラーンが口を開いた。
「モントローズでの一時停戦ですが」
「はい」
それを受けて八条が口を開いた。
「国防長官の提案によるもので間違いはありませんな」
「ええ」
それに対して頷く。
「間違いはありません。私が提案しました」
「わかりました」
アッチャラーンはそれを聞いて頷いた。
「それでは何故提案したのか御聞きしたいのですが」
「では」
そして話をはじめる。彼は丁寧に言葉を続ける。
「今エウロパは総督府から市民を避難させております」
「はい」
それは知っている。アッチャラーンもカバリエもバールもそれを受けて頷く。
「その数約二百億。少ないとは言えないでしょう」
「連合においても二百億といえばかなりの数になりますからね」
「はい、その通りです」
カバリエの言葉に応える。
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