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第三十六部第一章 エウロパの英雄その一
                    エウロパの英雄
 エウロパは今未曾有の危機にあった。この危機はまさにエウロパはじまって以来とまで言われそれこそブラウベルグ登場以前の連合に追い詰められていた千年前に匹敵するとまで言われるものであった。
「生きていくことだけで必死だ」
「それ以外のことは考えられない」
 こうした言葉が巷にあふれ返っていた。連合との戦争で経済は疲弊し敗戦により多くのものを失った。失ったのは人命や兵器、そして領土だけではなかったのだ。 
 確かに多くの将兵と兵器を失った。しかし戦争をすれば軍人が戦死し兵器が失われるのは当然のことだ。連合軍は一般市民やその産業、施設等には手をかけなかったのでそうしたダメージは少なかった。確かに賠償金のようなものは取られ戦争で産業も流通も麻痺はしたがそれでもその損害は最低限であったのだ。実際のところ軍も三割の人員や兵器を失ったがそれでも顕在だった。
 領土もニーベルング要塞群にブラウベルグ回廊を失いはした。そしてニーベルング周辺を非武装地帯にさせられた。だが失ったのはそのニーベルングとブラウベルグだけで他は失ってはいなかった。非武装地帯とはいっても領土には変わりない。それはサハラとの境であるモントローズも同じだった。
 彼等の受けた傷は物理的なものよりも精神的なものの方が大きかったのだ。やはり連合に敗北したこと、これがかなりの精神的ダメージを与えていた。
「確かに国力差はあった」
「実質百倍だった」
 これがわかっていてもだ。百倍の国力差は尋常なものではない。これを考慮すればエウロパは敗れるべくして敗れたと言えるのは確かだ。
 しかしだった。それでもだ。心ではそうはいかない。彼等が衝撃を受けるに足るものが連合に対する敗北であるのもまた事実だったのだ。
「かつての植民地の者達に敗れるとは」
「あの蛮人達に」
 これであった。見下してきた相手に敗れる、これ程屈辱的なことはない、だからこそ彼等はその衝撃から立ち直れないでいるのだった。
「敗れそして領土を奪われた」
「バチカンさえも」
 そしてバチカンもだった。連合への移転が決まってしまった。キリスト教は欧州の頃から心であったがそれまでもが奪われてしまう事態だったのだ。
 こうした事情が彼等に衝撃を与えそのうえ立ち直れなくさえしてしまっていた。所謂アノミーである。エウロパは今完全にアノミー状態に陥ってしまっていたのだ。
「何をしても駄目だ」
「無駄だ」
 こんな言葉も巷に溢れてしまっていた。
「もうエウロパは終わりだ」
「何にもなりはしない」
 こうした感情がそのまま国家に表れるのも当然だった。産業の復興も思うようにはいかずエウロパ全体が虚脱状態に陥っていた。このことはエウロパ全体で問題になっていた。
「立ち直らせるべきだ!」
 エウロパ中央議会でもこんな言葉が出ていた。
「市民達を立ち直らせるべきだ。このままではどうにもならない!」
 ある若い、保守派の議員が叫んでいた。
「だからこそ。今はだ!」
「どうしろというのだ?」
「そうだ、口で言うのは容易い」
 改革派だけでなく彼の同志である筈の保守派の議員達からも声があがっていた。
「しかし何をしろというのだ?」
「今の我々は」
「それは」
 若い議員はこう突っ込まれて黙ってしまった。
「それは」
「ほら見ろ、言えないではないか」
「何も言えないな」
 議員達はその彼に対してさらに突っ込みを入れた。
「今我々にできることは何もない」
「何もかもが失われたのだ」
 誰もが思っていることであった。
「それでどうしろというのだ?」
「生きていることだけしかできないではないか」
「誇りはもうない」
 誇りという言葉が出されるのだった。
「我等の誇りはもう」
「奴等に叩き潰された」
 奴等というのが連合軍であるのは言うまでもない。
「あの若い東洋人に敗れたのは」
「国防長官にな」
 八条のことであった。彼こそがそのエウロパを破った連合の者であった。エウロパでは最も忌むべき男になってしまっているのだった。
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