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第九部第四章 婚礼その三
「閣下」
 モンサルヴァートはラフネールに対して言った。
「ヴァルハラへは軍人だけが行くものではありません」
「そうだったのか」
「戦い、名誉の戦死を遂げた者ならば誰でも行くことができるのです。例え軍服を着ていなくとも」
「それでは私でもいいのだな」
「はい。ですからそれは御安心下さい」
「わかった」
 彼はまた微笑んだ。
「それでは安心して戦おう。ピストル位しか扱えないがな」
「それで充分です。あとは心だけです」
「心か。戦う心だな」
「ええ」
「卿等にはその戦う心を期待するぞ。よいな」
「お任せ下さい。そして連合軍を必ずやエウロパの領土から退けてみせます」
「うむ、頼むぞ」
「ハッ」
 モンサルヴァートはまた敬礼した。そして総統の執務室を後にした。そしてその足で統帥本部へと戻った。そこには提督達とプロコフィエフ達が待っていた。
「もう皆揃っていたか」
「はい」
 プロコフィエフが一同を代表して彼に答える。
「ヴァルハラへの進軍の準備は整っております」
「生憎それは違う」
 モンサルヴァートはプロコフィエフに対して言った。
「違いますか」
「そうだ。我々は勝利の為に進軍する。そして」
 言葉を続ける。
「勝利を収めるのだ。いいな」
「わかりました」
 プロコフィエフはそれに頷いた。
「そうでなければ我々は今ここで全員閣下の下を去っていたでしょう」
「私を試したのだな」
「いえ」 
 しかしその言葉には首を横に振った。
「閣下がそう仰ることはもうわかっておりました。それを確かめたかったのです」
「そうだったのか。ではわかっているな」
「無論です」
 今度はゴドゥノフが答えた。
「閣下、行く先はどちらでしょうか」
「モントローズだ」
 一言そう答えた。
「そして二百億の市民を救う。いいな」
「ハッ」
 皆一斉に敬礼した。
「既に全艦出撃態勢に入っております」
「もうか」
「我々も今エウロパがどういった状況にあるのか知っているつもりですので」
「有り難いな」
 モンサルヴァートの頬が緩んだ。
「どうやらエウロパは優れた人材に恵まれているようだ」
「勿体ない御言葉。ですが今は」
「そうだな。話している時間はない。では行くぞ。そしてモントローズを死守する。よいな」
「ハッ!」
 こうしてモンサルヴァートはモントローズ要塞に向かった。その兵は三十個艦隊、それが星の大海を渡り戦場に赴くのであった。

 連合とエウロパの戦いは激しさをさらに増していった。だがその間サハラは平穏な状態に置かれていた。今までは最も戦火の多い地域であったのが今では逆となっていた。だがそれでも歴史の針は動いていた。この時サハラにおいては極めて重要な出来事が二つ起ころうとしていたのである。そのどちらにも深く関わっている人物がいた。その者は今オムダーマンの首都アスランに豪奢な礼服を着て立っていた。その者こそメフメット=シャイターンその者であった。彼は今妹であるマルヤムの婚礼の儀に立ち会っていたのである。彼は今宿泊先のホテルで一人たたずんでいるのであった。
「兄上」
 そんなシャイターンに次弟であるフラームが声をかけてきた。彼は僧侶の服を着ている。法皇だけあって彼もかなり豪奢な服を身に纏っていた。
「いよいよですね」
「ああ」
 シャイターンは弟に顔を向けて頷いた。
「だがこれは我々の布石の一つに過ぎないのはわかっているな」
「はい」
 フラームはそれに対して頷いた。
「勿論です。そしてマルヤムは我等にとってはクイーン」
「御前はビショップといったところか」
「ではアブーはナイトですかな、ははは」
「御前もチェスというものがわかってきたようだな。昔はいつも私に負けていたが」
「私はああした戦事は苦手なものでして」
 彼は笑って兄にそう答えた。
「ですからこの道に入ったのです」
「どうやらそれは正解だったようだな」
「そうですね。最初はこの服は好きではなかったのですが」
「その割には上手く着こなしているな」
「慣れというものです」
 微笑んでそう答えた。
「私もひとかどの聖職者になったということでしょう」
「聖職者、か」
 だがシャイターンはその言葉を聞いて笑った。
「どちらかというと法皇という名の政治家だな」
「おや、それは手厳しい。ですが歴史においてはそうだったのではないですか」
「バチカンのことを言いたいのだな」
「はい」
 また頷いた。
「宗教と政治は本来同じものでしたから。私は今それを心から感じております」
「アッラーの思われる通りに銀河が動くならばな。それは当然だ」
「はい」
 彼等は深くアッラーを信仰していることで知られている。法皇の家に生まれ物心ついた時からモスクにいたからそれも当然のことであった。だがその信仰は他の者の目からは決して純粋なものではないのもまた事実であった。
「そしてこのサハラはアッラーが我がシャイターン家に与えて下さったものだ」
「わかっております」
「それでは御前にはビショップとしての役割を期待する」
「はい」
「私はキングといったところかな」
「そうですね。いや、案外違うかも知れません」
「ボーンではないことは事実だと思うが」
「それはわかっております。ただ兄上だけがキングではないかも知れないと思いまして」
「?」
 シャイターンはフラームの言葉に眉を動かせた。
「それはどういう意味だ」
「兄上を黒のキングとしたならば」
「うむ」
「白のキングもいる筈です。チェスには相手がおりますね」
「そうだが。その白のキングとは」
「ハサンか。若しくは」
「彼か。だがその為の婚姻なのだぞ」
「それは承知のうえで申し上げたのです」
「マルヤムというクイーンが動いてくれるだろう」
「将棋というものを御存知ですか」
 だがフラームはそれでも言った。
「将棋・・・・・・。日本のチェスだな」
「言うならばそうです。これには独特のルールがありまして」
「知っている。獲った駒を自分の駒として使えるのだな」
「はい」
「御前の言いたいことはわかった。だがそれは安心していい」
「何故でしょうか」
「マルヤムもシャイターン家の者だからだ。シャイターン家の者は身内を決して裏切ったりはしない。そうだろう」
「確かにそうです」
「わかっているならいい。一体何を心配しているのだ」
「その身内です」
 フラームはまた言った。
「マルヤムにとって身内がどうなるか、です」
「私達ではないのか」
「今のところは私達です。ですが彼と結ばれることによりそれが変わるかも知れません」
「マルヤムを信用していないのだな」
「いえ、それは」
 兄にそう言われて狼狽を見せた。
「決してそうではありません。しかし」
「言いたいことはわかっているつもりだ。そう慌てるな」
 シャイターンはまずは弟を宥めた。
「だがな」
「はい」
 また言った。
「あの娘は御前が思っている以上にしっかりしている。安心していい」
「そうならばいいのですが」
「私もアッディーン副大統領のことは知っているつもりだ。一度会ったこともある」
「サラーフとの戦いの時ですね」
「ああ。やはりあれだけの功績をあげた人物だけはある。見事なものだ」
「そうですか」
「だがマルヤムの心をシャイターンから変えさせることは誰にもできはしない。御前はそれを見落としている」
「はい」
 思うところはまだあったがここは頷いた。
「私の取りこし苦労でしたか」
「私はそう思う。だがそれは考慮に入れておく」
「有り難うございます」
「もっとも」
 ここで彼はふと呟いた。
「そうなったらそうなったらで面白いかも知れないな」
「?今何と」
「いや、何でもない」
 だがシャイターンはそれを打ち消した。
「それよりも時間だ」
「あっ」
 時計を見ればもういい時間であった。フラームはそれを見てはっとした。
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