第九部第四章 婚礼その二
「卿もそうだろう」
「実際にはそうせざるを得ないと思います、連合軍というものを考えますと」
彼は問いに対してそう答えた。
「連合軍は完全志願制です。これが大きいです」
「うむ」
ラフネールはそれを聞いて頷いた。
「しかも我々とは違い貴族制ではありません。高貴なる者の義務もなく彼等にとって軍とは職業の一種に過ぎません」
「つまり危険が多ければ志願者が減るということになるな」
「ですね。それを考えると正規軍の損害をあまり出さない作戦を立てるのは当然だと思います。あの連合中央政府国防長官の八条という人物ですが」
「彼がどうかしたのか」
「かなりの戦略家であるようです。そして連合軍というものを完全に把握しております」
「だからこそ義勇軍を前面に出しているのか」
「そういうことになります。彼自身があまり好まない方法だとしても軍としてはそうせざるを得ないのです」
「ふむ」
ラフネールはそれを聞いて考え込んだ。深く果てしない考えであった。
「それで義勇軍の将兵の損害ばかりが多いのか」
「でしょうね」
モンサルヴァートも答えた。
「前線に出て、最初に攻撃を仕掛けるのですから。しかし戦死者は少ないようです」
「それだけ彼等の艦艇の防御力、生存力が高いということだな」
「はい、実際に一隻撃沈するのにもかなり苦労しております。あれだけしぶとい艦は見たことがありません」
「わかった。そして今彼等の攻撃はさらに強まっているのだな」
「先程申し上げた三つの星系を中心に」
「それが破られたなら脅威だな。特にモントローズ要塞だが」
「はい」
「あそこだけは渡すわけにはいかない。それはわかっているな」
「勿論です。あそこを奪われたなら総督府の運命が決まってしまいます」
「そうだ。総督府は我等にとって生命線だ。あそこがなくなれば我等はより困難な状況に追い込まれてしまう」
「それだけは避けねばなりませんが。しかし」
「しかし・・・・・・。何だ」
「最悪の事態も考えておかなければならないでしょう」
モンサルヴァートは暗い顔でそう言った。
「最悪の事態、か」
「はい。総督府と本土、どちらをとるかも考慮すべきかと思います」
「辛いな」
ラフネールはそれを聞いて一言そう漏らした。苦しむような声であった。
「お気持ちはわかります。ですが」
「わかっている」
彼はそう答えた。
「当然そうなったならば本土を優先させる。しかしその為にもモントローズを彼等に渡してはならない。ところでティムール
の方はどうなっているか」
「今のところ動きはないようです。ただ気になることがあります」
「何だ」
「あの国に潜入させている情報部員が次々と行方を絶っているのです」
「それは本当か」
「残念ながら」
モンサルヴァートは答えた。
「それを考えますと何か考えがあるようですが」
「あのシャイターンという男のことは私も知っている」
「はい」
「今は静かでもおそらく待っている筈だ。動く時をな」
「その時総督府をどうするか、ですね」
「市民達のこともある。決断は早いうちにした方がいいだろうな」
モンサルヴァートはそれには答えなかった。彼も総督府にいた。だからこそあの地のことはよく知っているのである。
総督府には二百億のエウロパの市民がいる。彼等は皆本土から移住した者である。人口増加を受けて移住したのであるがその彼等の安全を保障するのも軍人の務めであった。軍人、そして騎士の職務はまず武器を持たぬ者を守ること、彼等はこうした騎士道の基本もわきまえていた。そうした意味で軍人、そして騎士としては高潔であった。残念だがそれは勝利には直結はしないが。人格の良し悪しは軍人としての評価には関係しても勝利には直結しないのである。時として人間としては劣悪極まる輩が名将となることもあるのである。
「今は総督府には二十個艦隊が駐留しております」
モンサルヴァートは言った。
「そしてマールボロ総督とタンホイザー上級大将がいます。そう簡単に彼等が敗れることはないと思いますが」
ここではラフネールを安心させる為にそう言った。内心では最悪の事態も考えていた。
「彼等を信頼すべきか」
「私はそう思います」
「ふむ」
ラフネールはそれを受けて考え込んだ。
「だが決断は早い方がいいな」
「はい」
「今この時期に二十個艦隊は貴重な戦力だ」
彼は総督府を見ていた。
「だがそれを引き抜くとなるとティムールはすぐに動くだろうな」
「火を見るより明らかです」
「そうだな。だがその二十個艦隊を動かさないばかりに本土がなくなってしまえば本末転倒だ。それでは何の意味もない。違うだろうか」
「いえ」
「そうだな。では結論は出ている」
ラフネールはここでこう言った。
「撤退だ。だが市民達も総督府から避難させる。それでよいな」
「致し方ありません」
モンサルヴァートもそう答えるしかなかった。
「ですが問題があります」
「市民達の安全の確保か」
「はい。シャイターンは市民に危害を及ぼすようなことはありませんが」
「連合軍はわからないな」
「今のところ彼等は占領地においては比較的穏やかな態度ではあります。ですが」
「これからもそうだとは限らないな」
「八条という男は市民に害を及ぼすような男ではないようですが」
「末端の将兵になるとわからないな。ましてや彼等の先陣である義勇軍は我々を深く恨んでいる」
「はい」
「それが問題だ。二百億の市民達の安全をどう確保すえるかだ」
「モントローズには私が向かおうかと考えているのですが」
「卿がか」
「はい」
モンサルヴァートは答えた。
「シュヴァルツブルグ閣下はブレシアに向かわれるおつもりです」
「今はその二つを優先させるか」
「ヴァルハラは一時放棄しても止むを得ないと考えますが」
「ううむ」
「閣下、どう考えられますか」
「今我が軍の艦隊はどれ位か」
「四百五十程です。やはりニーベルングでの損害が大きいです」
全艦隊のおよそ一割を失ったということである。これは緒戦においてはかなり大きなダメージであると言えた。
「そうか。それでもそれだけいるか」
「はい。対する連合は正規軍二千個艦隊は健在です。ほぼ無傷に等しい状況です」
「そしてサハラ義勇軍の損害もそれ程ではなかったな。特にあの巨大戦艦は一隻も沈められてはいない」
「残念ながら」
「ここまで絶望的な戦いはないな。かっての独ソ戦の初期のソ連軍のようだ」
「閣下、それは違います」
だがここでモンサルヴァートはラフネールに対してそう言った。
「どう違うのだ」
「我等にはソ連軍のような支援する勢力も国力もありません。今の連合にはありますが」
マウリアのことであるのは言うまでもなかった。彼等も連合とマウリアの関係は知っていた。だがここで認識違いがあった。マウリアは同盟国ではあったが何処までも独自勢力である。これが後にこの戦争に大いに影響することをこの時は誰も知らなかった。
「さらにハンデがついたか。何処までも絶望的だな」
「それでも勝たなければなりません」
「勝てると思うか」
「はい」
強い声でそれに応えた。
「エウロパの為に。違うでしょうか」
「どうやらエウロパは卿等そこ誇りに思わなければならないようだな」
ラフネールは微笑んだ。
「それではモントローズと二百億の市民は卿に委ねよう。よいか」
「ハッ」
敬礼してそれに応える。
「そしてブレシアはシュヴァルツブルグ元帥に任せる。私が行くことができないのが残念だが」
「閣下はこのオリンポスをお願いします」
「オリンポスをか」
「はい。最悪の場合ここも戦場となるでしょう。ですがその際は一歩も退かれないで頂きたいのです」
「首都と共に死んでくれということだな」
「いえ、それは」
「構わない。最初からそのつもりだ」
彼は笑ってそう語った。
「総統になった時、いや議員になった時からその覚悟はできている。存亡の時にはこのオリンポスを最後まで守ろうとな。そしてそれが適わない時はヴァルハラに潔く行く。私は軍人ではないがな」
ヴァルハラは戦と嵐の神ヴォータンの宮殿である。この城には戦場において勇敢に戦い、そして勇敢な戦士として死んだ者しか行くことができないとされている。戦士達はそこで最後の戦いラグナロク、即ち神々の黄昏に備えてまた武器を手にし、永遠とも思える長い時間を戦い続けるのである。それが彼等のとっての真の幸福なのである。かって冬と雪、そして氷が支配していた北欧ならではの過酷な、そして尚武の考えであった。
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