第九部第三章 進撃その十
「まさかテレビでそれが出るとは思いませんでした」
「テレビはそうしたものよ」
伊藤は笑いながら言った。
「面白い話があれば飛びつくものなの。マスコミ自体がそうだけれどね」
「はあ」
彼自身もそれでインタヴューを受けて返答に窮したのである。いきなり話を出されて最初はえらく戸惑ったのである。その映像を見て彼はその日はずっと憮然とした顔だったという。
「イメージは落ちてはいないわよ」
「あれで落ちるものでしょうか」
「場合によってはね。けれど笑い話で済んだからいいじゃない」
「ですね。これも政治家としては名が売れたということでしょうか」
「そう思えば安い宣伝だったでしょう」
「はい」
「政治家は結局名前が第一なのよ。まず人に知ってもらわないと駄目」
「ですね」
「それからお金。政策やビジョンも大事だけれどそれは名前と同時に知ってもらわなくてはなわないから。名前と政策は同じものなのよ」
「それは本当によくわかりました」
彼は頷いてそう答えた。
「ただ君は地盤があるからね」
「はい」
彼は裕福な家の出であり日本では名が知れていた。それが政治家となるのに大きかったのである。
「それは幸運だったわね」
「有り難うございます」
「それからは君の能力と努力の賜物だったけれど。育てた介があったわ」
「育てた介、ですか」
「他に何て言えばいいかしら」
「そう言われますと」
「ただ、一つ気になることがあるのだけれど」
「何でしょうか」
ここで伊藤の目の色が少し変わった。八条はそれを見逃さなかった。
「そろそろ結婚したらどうかしら」
「結婚、ですか」
「ええ。まだ一人で暮らしているそうね」
「はい」
彼は地球にある官邸で暮らしている。気ままな一人暮らしを楽しんでいると言えばそうなる。
「もういい年頃だと思うけれど。それに前に言ったわよね」
「政治家はよい家族を持つことが大事、ですね」
「ええ。まあどんな人にも言えることだけど」
彼女の声が考えるものとなった。
「わかるでしょ。家庭がどれだけ大事かは」
「はあ」
実際に家庭を持ってはいないせいかそれはあまりよくわからなかった。八条の父はいつも帰りが遅く母も華道の家元をしておりいつも女の弟子達に囲まれていた。そのせいか父にも母にも同性愛者の噂があったがそれはあくまで噂であった。八条の下にも弟や妹が何人もいるのである。会社はすぐ下の弟が継ぎ、華道の方は一番上の妹が継ぐことになっている。彼は弟が二人、妹が三人いるのである。家族の仲は決して悪くはない。だが家も広かったせいかあまり顔を会わせた記憶はない。よく使用人や執事と話をしていた記憶がある。
今は一人暮らしであるから余計にそうである。彼はまだ家庭というものがどんなものか実感していないのである。これは無理もないことであった。
「中央政府の閣僚では君と金内相だけだったわね、独身なのは」
「はい」
「内相もそろそろいい年頃だと思うのだけれど」
「金内相は色々と考えておられるようですが」
「そうなの」
伊藤はそれを聞いて意外といった顔をした。
「あれで料理や家事もお得意だとか」
「本当に意外ね」
「ただ」
しかしここで八条はバツの悪い顔をした。
「ただ・・・・・・どうしたの?」
「料理の方の味付けが」
「辛いとか?」
韓国料理といえば唐辛子をふんだんに使うことで有名である。連合においては韓国料理といえばかなりの辛さであることで有名なのである。
「いえ、その逆です」
「甘いということ?」
「はい」
八条は答えた。
「一度内相にご馳走して頂いたのですが」
「あら、それは光栄ね」
伊藤はそれを聞いて面白そうに笑った。
「女性の手料理をご馳走して頂けるなんて。よかったじゃない」
「それはそうですが」
「そこで味わったのね」
「そういうことです」
彼はそう答えた。
「蜂蜜や砂糖をこれでもかという程使っておりまして。しかも最後のデザートが」
「異様に甘かったとか?」
「それもありますが量も。それまでの料理と同じだけ出て来るのですよ」
「聞いているだけで糖尿病になりそうね」
「食べている時にそう思いました。フルーツも山盛りでしたし」
「けれど内相は太ってはおられないし特に病気だとも聞いてはいないわよ」
「体質なのでしょうね」
八条は言った。
「体質」
「はい。太らない体質なのでしょう。そして糖尿病にもなりにくい、と」
「羨ましい体質ね」
「そうでなければとても説明できません。普段から内相のお菓子好きは知っていましたが」
「お菓子だけではないかも知れないわよ」
「といいますと?」
それを聞いてキョトンとした顔になった。
「わからないかしら」
「何がでしょうか」
「じゃあいいわ」
伊藤はそれを聞いて話を止めた。
「わからないなら」
「はあ」
やはり伊藤が何を言いたいのかよくわからなかった。伊藤はそんな彼に対して話を続けた。
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