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第九部第三章 進撃その九
「まあそれはいいわ。結局このホテルのホテル代でかなりの出費なのよね」
「どれ位ですか」
「首相としてお給料の半月分位かしら。痛いわよ」
「はあ」
「選挙資金なんかは本の印税でどうにかなるのだけれど。これはね、どうにも」
「大変なのですね、総理も」
「お金に困ってない政治家なんてそうそういないわよ」
 伊藤は少し厳しい声でそう語った。
「それは私の本にも書いていたわね」
「ええ」
 伊藤の著作は実に多い。彼女は現実主義の学者でありその主張も現実に沿ったものである。彼女は著作の中で政治にどれだけの金が必要なのかを書いているのである。政治家はふんぞりかえっているだけでは政治家になれないのである。まず当選しなければならない。その際の宣伝費用や活動資金、そしてスタッフへの給与等もある。中には破産しかねないような窮状の政治家もいたりする。汚職をする政治家も当然いるが発覚すれば罰せられるのは言うまでもない。資金の調達も政治家の力量の一つなのはよいか悪いかは別にしてこの時代においても変わらないのである。
「確か『民主政治の現実』でしたね」
「そうよ」
 伊藤は頷いた。
「あれを書いた時は本当に資金繰りに困っていてね」
「はい」
「それも踏まえて書いたのよ。あれで数冊分の印税が消えたわ」
「大変だったのですね」
「さっきのアメリカや中国のやりとりでもそうだたけれど政治は奇麗事では済まないところもあるしね」
「はい」
 八条もそれを知らないわけではない。中央政府国防長官として色々とあった。とりわけ人事においては様々な圧力や工作も経験しているのである。
「結局政治も人間が行うものだから。人間にそうした部分があると言えばそれまでだけれどね」
「人間ですか」
「そうよ。例えば今回の戦争にしろそうだけれど」
「今の戦争に何か」
「バチカン経由のスパイからだったわよね、発端は」
「はい」
「宗教にしろドロドロとしたものはあるわね」
「とりわけあの教会はそうですね」
「わかってるわね」
 伊藤は八条のその言葉を聞いて嬉しそうに笑った。
 ローマ=カトリック教会程陰惨かつ凄惨な裏の歴史を持つ存在もない。よく完全に潔白な人間なぞいないと言われるがそれはこの教会においてはとりわけそうであった。この教会は長い歴史と揺るぎない権勢を誇っているだけあってその裏では多くの闇を持っているのである。
 教皇になるには今でもそうであるがかなりの陰謀と流血がある。枢機卿同士での殺し合いや陥れ合いもあった。あの赤い法衣は血の色でもあるのだ。
 お世辞にも正しい信仰を持っているとは言えない教皇も多かった。ルネサンスの時代に君臨したアレクサンドル六世もシスマの原因となったボニファティウス八世にしろそうである。彼等は教皇である以前に政治家であったのだ。宗教家と政治家は両立するものである。少なくとも人類の歴史においては長い間、そして今もそうであった。教皇は完全に政治とは離れられない存在なのだ。何故なら教会の影響力はきわめて大きいものだからである。
「教皇は絡んでいないにしろ枢機卿が絡んでいたからね」
「しかしあれは予想通りでした」
 八条は冷静にそう答えた。
「あの枢機卿は昔から何かと言われていましたから」
「そうね」
 伊藤はそれに頷いた。
「教会は資金には困らないけれどね。思うところもあるのでしょう」
「知らないふしをするのもあそこはよくやってきていますが」
「それはこちらもよ」
 それにはこう答えた。
「だってそれも政治でしょ」
「否定はできませんね」
 八条はそれを肯定した。彼もそうすることがあるからだ。
「所謂隠し球というやつですね」
「そうよ。まあ野球ではあまり褒められた方法じゃないかも知れないけれど」
「あれは騙される方が悪いですよ」
「あら、そうかしら」
 伊藤はそれを聞いてまた笑った。
「人によってはやると嫌われるわよね」
「彼はね」
 ここで八条は口を苦くさせた。
「他にも色々やってくれていますから。所詮小手先だけの三流のプレーヤーですよ」
「確かに彼は三流ね」
 伊藤はそれを認めた。
「けれどそんな選手がレギュラーだということは否定できないわよ」
「あれは監督が悪いのですよ」
 彼はなおも言う。
「選手時代はどれだけ素晴らしい活躍をしたか知りませんが監督としては無能もいいところです」
 彼はタイタンズのことを言っているのである。タイタンズとは連合のプロ野球チームの一つである。かっては人気チームであったが様々なスキャンダルとオーナー会社の悪事により今では連合でも最もアンチの多い球団となっている。
「ブリックス監督が嫌いみたいね」
「はい」 
 それを認めた。
「そしてリョンも。足が遅くて守備範囲が狭い、チームプレイをしないショートなんていりませんよ」
「それは一理あるわね」
 伊藤も野球を観ないわけではない。だが彼女はどちらかというとラグビーやバスケットの方が好きなのである。これもプロリーグが存在する。
「あそこのオーナーも嫌いですしね」
「だからといってアンケートの嫌いな人の項目に堂々と書くのは褒められたものじゃないわよ」
「あれは学生の頃の話ですよ」
 八条はその話を出されると困った顔をした。
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