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第九部第三章 進撃その七
「お待ち下さい」
 ここで伊藤が口を開いた。
「伊藤首相」
「御三方の言われることはわかります」
 彼女は静かな声でそう語った。各国の首脳達の目が彼女に集中した。三人はそれを見て流れが変わるのではないか、と思った。そして危惧を覚えた。
(しまったな)
(彼女の存在を忘れていた)
「ですがこれは強制になるのではないでしょうか」
「強制」
「はい」
 伊藤はその言葉に対して頷いた。
「彼等のことは彼等が決めるべきではないでしょうか」
「彼等がですか」
「そうです。彼等は確かに難民です」
 彼女はここであらためて彼等が難民であうrことについて言及した。
「ですが同時に連合の市民権も持っております」
「はい」
「連合においては連合市民である限りその移動は自由な筈です。これは中央憲法においても定められていることであります」
「確かに」
 それは連合憲法第九十七条に明記されていることであった。伊藤は政治学者出身であるが法についても明るいのである。
「それに従いますと彼等の建国先をこちらで勝手に決めるのはよくはありません。今まで新国家の建国は彼等がそれそれまだ誰もいない星系において行われてきましたね」
「ええ」
 その通りであった。連合においては新国家が建国される時はまず発見された星系でどの国も領有を宣言していない星系を指定してそこと中央議会において建国を宣言するのである。それが中央議会、そして各国の首脳の間で認められ建国となるのである。手続きはかなり複雑で根回しも必要な部分があるがそもそもそうしたこともクリアーできなくては国家の運営自体がままならないのである。だが何処に国を置くかどうかは彼等に任されるのである。それが連合のやり方であった。
「今回もそうすべきではないでしょうか」
「今回もですか」
「はい」
 伊藤は頷いた。
「そうした意味で私はグリーニスキー大統領にも御三方にも賛成することはできません」
「ふむ」
 各国の首脳達はそれを聞いて考え込んだ。
「ただ一つ問題があります」
 だがここでサドムが口を開いた。
「何でしょうか」
 伊藤はそれに対して問うた。
「今まで新国家が建国されたのは連合の中においてでした」
「それはわかっていますが」
 それを聞いて中にはサドムが何を言いたいのかわからない者もいた。それは連合にとっては至極当然のことであり最早言うまでもないことであったからだ。
「今回は少し事情が異なります」
「といいますと」
「はい。今までは連合市民が建国しておりましたが今回は少し事情が違います。彼等は難民なのですぞ」
「今までとは違うと仰りたいのですね」
「その通りです。今までは国家経営のノウハウも知っている者が国を興し、そして立ててきたということもありますが」
 ビジョンなくして国家の建国、そして経営はできない。それは企業においてもそうであるしどんな組織においてもそうであった。それは最早常識と言ってもよいことであった。
「果たして彼等にそうしたノウハウを持っているかどうか。それが問題です」
「軍人はおりますがね」
「軍人だけでは国家は経営できませんよ」
「おられますよ」
 だがここで伊藤が言った。
「それは!?」
 首脳達はそれを聞いて一斉に彼女に顔を向けた。
「伊藤総理、それは本当ですか!?」
「はい」
 伊藤は知的な笑みをたたえてその問いに頷いた。
「彼等の中一人建国のリーダーに相応しい方を知っております」
「それは誰なのですか」
「是非教えて下さい」
 彼等は口々にそう言った。そして伊藤に詰め寄らんばかりであった。八条はそれを見て心の中でふと思った。それは一体誰なのだろうと。彼にも心当たりはなかった。だが彼は伊藤がはったりを言うような者ではないことをよく知っていた。彼女が言うからには必ず何かしらの根拠があるのだ。だがその根拠が何か彼はわからないのである。
「宜しければ我々に教えて頂きませんか」
「わかりました」
 伊藤はそれに応えて頷いた。それから言った。
「ハールーン=マーシャル氏です」
「ハールーン=マーシャル氏」
「はい」
 殆どの者はその名を聞いても首を傾げていた。だがマックリーフ、李、そしてグリーニスキーの三人は違っていた。その名を聞いた時三人の目が微かに動いた。
(彼を担ぎ出すか)
(まさかとは思ったが)
 三人はそれぞれ同じことを考えていた。そしてそれを聞きながら伊藤に顔を向けた。
「それは一体誰なのですか」
 オーウェルが伊藤に尋ねていた。それを見て三人はそれぞれ頷いた。彼等自身が尋ねるとこの時は何かと不都合がありそうだからである。よい時に尋ねてくれたと思った。
「かってカリム王国で内務省におられた方です」
「内務省で」
「はい。連合ではあまり知られてはおりませんでしたがカリムにおいては名のある方でした」
「そうだったのですか」 
 だがオーウェルはそれを聞いてもまだ首を傾げていた。彼女もよくは知らない名前であったからだ。そもそもカリムと連合はこれといって深い関係にはなかったのである。連合と関係の深いサハラの国はハサンとその属国達、つまり東方の諸国に集中しているのである。だから北方については知識が乏しいのだ。
「それでその方はカリムの内務省において何をしておられたのですか」
「内務官僚として務めておられました。的確な判断と事務処理で将来を渇望されておりました。しかし」
「カリムが滅亡してしまたと」
「そういうことになります」
 伊藤はここで沈んだ声を出した。カリムもまたエウロパによって滅ぼされた国の一つであったのだ。
「そして彼もまたサハラを出ることとなりました。そして連合に流れてきたのです」
「その方を新国家の指導者に推されるのですね」
「はい」
 伊藤は答えた。
「私はマーシャル氏こそ相応しいと思いますが」
「ふむ」
 首脳達はそれを聞いて考え込んだ。考えると同時に伊藤とマックリーフ、李、グリーニスキーの四人をそれぞれ見た。見れば彼等は互いに表情を消していた。明らかに何か考えていた。
 だがそれは暫くして終わった。まずはグリーニスキーが口を開いた。
「伊藤総理」
「はい」
「そのマーシャル氏ですが」
「御存知でしょうか」
「いえ、残念ながら」
 彼はここであえてとぼけた。知らないふりをすることにしたのだ。これは伊藤へ探りを入れる為であった。八条はそれを見て目を光らせた。
「生憎サハラの北のことは詳しくありませんので」
「そうだったのですか」
 伊藤はそれに頷いたがそれが嘘であることはわかっていた。ロシアは北方各国と関係を深めていた時期があったのである。よく力技のみと言われ器用さに著しく欠ける外交を展開するロシアだが時折そうした細かい外交をできる人物が出て来るのである。だがそれは大抵一代限りであり殆どは力技のみの外交を展開する。尚このグリーニスキーも力を好むことで知られている。
「ですがあえて御聞きしたい。そのマーシャル氏は建国のリーダーに相応しいのでしょうか」
「私はそう見ております」
「そうですか」
「はい」
 伊藤は優雅に笑ってそれに応えた。知的な印象の強い彼女であるが優雅に笑うこともできるのだ。
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