第九部第三章 進撃その五
「彼等が本当の意味で市民権を手に入れるのはそれなりの業績が必要ではないかと思います」
「その為に血を流すべきだと仰るのですか?」
「そう受け取られても構いません」
グリーニスキーは自分の言葉を否定しようとはしなかった。
「ですがこれは事実です」
「それだけではないでしょう」
ここでイスラエル大統領ヨブ=フェレスが口を開いた。
「彼等は進んで前線に赴いているのですね」
「はい」
八条がそれに答えた。
「事前に本人達に確証をとております。義勇軍は常に臨戦態勢にある、と。そして有事には最初に敵に向かうということも」
「そうですか」
フェレスはそれを聞いて頷いた。
「御存知とは思いますが」
それから話をはじめた。
「イスラエルはかって彼等と長い戦いにありました」
「ですね」
それを聞く首脳達が頷いた。その中にはムスリムの国もあるが彼等も同じであった。ムスリムだからといって必ずしもイスラエルと矛を交えてきたわけではないのである。
「その時の記録はまだ我々の中にあります」
「中東での戦いの記録ですね」
「そうです。その時彼等は勇敢でした。少なくとも臆病ではなかった」
フェレスは話を続ける。
「何故なら戦いは聖なるものであるからです、彼等にとって」
「ジハードですね」
「はい。彼等は戦死したその時に天界へと行けるのです」
「それは知っています」
皆それに頷いた。
「だからこそですね。戦場に赴くのは」
「そうです。ここにもイスラムの方はおられます」
「はい」
インドネシアやマレーシアの首脳達がそれに頷いた。
「ならばおわかりだと思います」
「生憎我々は戦争とは離れておりましたがね」
「それはわかっております」
フェレスはそれでも言った。
「我々とて同じですから」
そう言ってニヤリと笑った。イスラエルはユダヤ人の国である。彼等は長い放浪と迫害を経て二十世紀にようやく国を持つことができた。だがそれが彼等の長い戦いのはじまりであったのだ。
元々はイギリスに問題があった。彼等は第一次世界大戦の時にユダヤ人の国を作ることを約束しておきながらアラブ人の自治も約束していたのである。第一次世界大戦に勝利する為の方便であったのだがそれが元凶となった。第二次世界大戦の後でユダヤ人達はシオンの地にイスラエルを建国した。それが問題であったのだ。
エルサレムはユダヤ人達にとって聖地である。だがそれはアラブ人達にとってもそうだったのだ。イスラム教はそのルーツがキリスト教、そしてユダヤ教にある。モーゼもキリストもコーランに出て来るのだ。ただしキリストは十字架にはかけられない。生きているのだ。
だからこそ彼等もエルサレムにこだわった。そしてイスラエルの建国を認めるわけにはいかなかったのだ。そしてそこにはパレスチナの民達がいたのだ。
ユダヤ人達は国を持つことができた。だが彼等のことはどうなるのか。それを見て憤ったアラブの者達は一斉に立ちあがった。そして中東戦争がはじまったのである。
この戦いは幾度も行われたが結局イスラエルはシオンの地に残った。そして彼等は宇宙の時代になっても国を持っている。だがこの戦いを経てパレスチナも国を持つことが許されることとなった。サハラには彼等の末裔もいるのである。
「あの地はかねてより色々とありましたがな」
アッシリア連邦執政ナブッコ=サドムがそれを聞いて言った。彼はかってメソポタミアにおいて一大帝国を築いた者の末裔である。その彼が言う事には説得力があった。
アッシリアは古代に滅んでいるがその民は生き残っていたのである。二十世紀後半にはアメリカにも三万程のアッシリア系がいたのである。民族の命は時として非常に長いのである。
「ですが今我々は戦いというものを忘れてしまっているのは事実です」
「そう、それこそが問題なのです」
フェレスはそれに頷いた。
「私は軍にいたことはありません。それはここにおられる殆どの方がそうだと思います」
それは事実であった。連合において徴兵制の国はなかった。キロモトや八条のように軍人から政治家になる者もいるにはいるがそれはごく少数であった。
「ですから戦争というものを肌で知っているわけではありません」
「それは私も同じですよ、残念ながら」
ここで八条がこう言った。
「私も実戦に参加した経験はあまりありません」
「そうでしたか」
「軍歴が短いのと経補将校でしたから」
「ほう」
フェレスはそれを聴いて眉を少し動かした。
「ですが補給等のことはおわかりですね」
「ええ、まあ」
それはわかっている。だからこそ今回の戦いにおいても色々と必要なものや予算の配分がわかるのである。
「専門分野でしたから」
「そう、専門分野です」
フェレスが頷く。
「軍隊というものはとりわけそうした専門的な知識や技術が多いですな」
「ええ」
「だからこそどうしても不得意な分野になり易い。そして実戦の経験は特にそうです。実際に戦争がなければ経験も積めませんからな」
「海賊やテロリストを相手にするのとは違いますから」
ジャネンドラがそれに応えた。
「結局は経験ということですか。それなら向こうの方が遥かに上です」
「それはそうですね」
「しかし」
だがここでフェレスは顔を引き締めさせた。
「戦争は勝たなければならないし損害も出してはなりません」
「はい」
そこにいる全ての者がその言葉に頷いた。
「矛盾しますが。どちらかを優先させるとならば損害を出さないようにしたいですね」
「全くです」
「そうした意味でサハラ義勇軍の存在は大きい」
「はい」
「やはり彼等にはそうした意味での先陣を切ってもらいますか」
「彼等がそれを希望する限りはね」
「そういうことですな」
それをまとめるようにサガモが言った。
「ただ私は少し違う考えです」
「それは」
「彼等の今後です。今彼等は連合にとって多大な貢献を果たしております。それは否定できないでしょう」
「ですね。今戦局が有利なのも彼等のおかげです」
「そう。それは認められるべきです」
サガモは静かにそう述べた。
「問題はその貢献に対して我々がどう報いるかです。これは戦いの勝敗に関係なく」
「サハラへの帰還をこちらで全てまかなうというのはどうでしょうか」
それを受けてマックリーフが述べた。
「難民達を祖国へ帰すのですか」
「ええ。当然希望者だけですが。彼等の中にはサハラに帰りたい者も多いでしょうから」
「それはいいですね。ただ一つ問題があります」
「それは」
マックリーフはグリーニスキーに顔を向けた。
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