第九部第三章 進撃その三
三人はテーブルに着く。そして店のマスターが直々に出て来た。そしてメニューを紹介した。
「ところで御聞きしたいのですが」
白いアメリカ風の造りのレストランであった。カーテンやテーブルもそうである。やはりアメリカの星系でありそれは当然と言えば当然であった。伊藤はそのテーブルでマスターに尋ねた。
「何でしょうか」
白い髪を後ろに撫で付けたダンディな風采の男であった。鼻は高く肌はやや黒い。目は鳶色であった。
「ここでは面白いメニューがあるそうですが」
「はい、あれですね」
彼はそれを聞いて答えた。
「ステラーカイギュウのステーキとオオウミガラスのテリーヌですね」
「ステラーカイギュウの」
「ええ」
マスターはにこりと笑ってそれに頷いた。
「このレストランの人気メニューですが。如何でしょうか」
「ええと」
つい先程海に浮かび足下を歩いていた生き物の料理である。流石にそれを聞いて驚かずにはいられなかった。
八条はそれを知っていたようである。驚く伊藤を見て微かに笑っていた。
「それは本当でしょうか」
「ええ」
少し的外れな質問をしてしまった伊藤に対してマスターはやはりにこやかに笑って応えた。
「ステラーカイギュウは子牛に似た味です。そしてオオウミガラスは卵も人気がありますよ」
「そうなのですか」
「ええ。どうされますか」
「ええよ」
伊藤は珍しく困った顔をしていた。メニューを見せられたがやはり戸惑っていた。だがここですぐにいつもの冷静さを取り戻した。
「待って下さい」
「何でしょうか」
「このジャコウウシのステーキですけれど」
「はい。それもここにいるものです」
マスターはそう答えた。
「これはどうなのでしょうか」
「肉は固いと言われますし癖のある匂いですがいけますよ」
「そうなのですか」
「どう為されますか。今でしたらTボーンステーキもできますよ」
「そうですね」
伊藤は問われて考え込んだ。そして八条と佐藤に尋ねた。
「貴方達はどう思うかしら」
「私達ですか」
「ええ」
伊藤は答えた。
「どちらがいいと思うかしら。ステラーカイギュウやオオウミガラスとジャコウウシと」
「難しい質問ですね」
まず佐藤がそう言った。
「実はどれも食べたことがありませんでして。ちょっとお答えかねます」
「そう。じゃあ八条君はどう思うかしら」
「私ですか」
「ええ」
「そうですね」
八条は問われて考え込んだ。そして言った。
「私はシーフードは好きですが」
実際に彼は海にあるものは好きである。海老や烏賊、魚も好きである。とりわけ刺身や寿司は好物だ。天麩羅も嫌いではない。
「ただ今はステーキを食べたいと思っております」
「どうしてかしら」
「その時の気分ですよ。それに」
「それに?」
「このステーキのサイズを御覧下さい」
彼はここで伊藤と佐藤にステーキのメニューを詳しく見せた。そこにはサイズまで書かれている。
「まあ」
「これは凄い」
二人はそれを見て声をあげた。何と六百グラムもあるのだ。
「たまにはこうした厚い肉を食べてみたいですからね」
「そうん。日本ではあまりそうした肉は食べられないからね」
「どちらかというと上品ですな」
日本においてはあまり量の多い食事が出ることはない。どちらかというと一つ一つの料理は少なく、数が出るのである。肉料理にしてもそれは同じであった。
「たまにはこうしたワイルドなものもいいと思うのですが」
「そうね」
「ではそれにしますか。当然Tボーンで」
「畏まりました。それではソースは如何致しますか」
三人はそれぞれ別々のソースを頼んだ。伊藤は和風ソースを、八条はアメリカンソースを。そして佐藤はオニオンソースを頼んだのであった。
「三人共違うソースとはね」
「そうしたものですよ」
伊藤に対して佐藤は笑ってそう応えた。
「けれどそちらの方がいいでしょう。シェフは大変ですが」
「そうね。個性が出て面白いかもね」
「そういうことです。それにしてもジャコウウシのステーキを食べることになるとは思いませんでしたね」
「まあ私はこうなるとは思っていましたけれど」
「何故かしら」
伊藤は八条に問うた。
「いえ、あの時総理はステラーカイギュウとオオウミガラスを御覧になっておられましたね」
「ええ」
「その時に思ったのですよ。おそらくレストランではこのメニューは頼まないだろうな、と」
「読んでいたのね」
「僭越ですが。けれど当たってますね」
「私にとっては残念なことだけれどね」
伊藤は今度は苦笑いをして言った。
「読まれるなんて。まさかとは思うわ」
「そうでしたか」
「ええ、そうよ」
伊藤はそう答えた。
三人はジャコウウシのステーキを食べた。ステーキを食べ終わると今度はデザートが出た。薔薇のプティングだった。
「薔薇の」
「そうみたいですね」
三人はそれを見て互いにそう言った。それは深紅のプティングであった。
スプーンでとり口に入れる。甘みと香りが口の中を支配した。三人はそれを味わい目を細めた。
「美味しいわね」
「ええ」
彼等は口々にそう言い合った。そしてそれをまた口に入れた。
「プティングもいいわね。実はあまり食べたことがなかったのよ」
「そうなのですか」
八条と佐藤はそれを聞いて言った。
「ええ。実はお菓子はあまり好きじゃなくて」
「そうでしたっけ」
「果物は好きだけれどね。お菓子はあまり好きじゃないのよ」
「けれど和菓子はよく食べられますよね」
「それはね」
伊藤はそれに答えた。
「和菓子は別なのよ。何故かわからないけど」
「そういうものですか」
佐藤はいささかわからないといた感じであった。
「私は和菓子もこうしたお菓子も好きですけれどね」
「好みってやつかしら。八条君はどうかしら」
「私ですか」
「ええ」
伊藤はここで八条に話を振ってきた。彼はそれに応えた。
「和菓子はよく食べるわよね」
「はい」
「じゃあこうしたプティングとかはどうかしら。好き?」
「そうですね」
彼はそれを受けて答えた。
「嫌いではありません。どちらかというと好きですね」
「そう」
伊藤はそれを受けて頷いた。
「意外ね。そういえば君はあまり日本酒は飲まないわね」
「はい」
「ワイン派だったかしら」
「あとビールですね」
彼はそう答えた。
「実は日本酒は口に合わなくて」
「そうみたいね」
「はい。ですから和食の時は白ワインですね」
「それって合うのかい?」
佐藤が彼に尋ねた。
「和食には日本酒だろう」
「いや、これが結構合うのです」
八条はそう返した。
「一度試されてはどうですか。いけますよ」
「ふむ」
佐藤はそう言われ考え込んだ。そして答えた。
「わかった。一度やってみよう」
「是非どうぞ」
そうこう話している間にプティングを食べ終えた。そして彼等はレストランを後にした。そこには薔薇と肉の香りがたちこめ漂っていた。
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