第九部第三章 進撃その二
「地球にいる間は思いもしなかったことだけれどね」
「はい」
「また会うことができた彼等を今度は失いたくはないわね」
「そうですね」
八条はそれに同意した。
「ただやはりバランスというものがありまして」
「バランス?」
「はい。数が増え過ぎたら他の場所に移動させたりはしていますね。ここにはシャチもいますからそういった心配はあまりありませんが」
「シャチもいるの」
「ええ。地球のものと同じものがね」
シャチは鯨の仲間である。鯨科の中ではとりわけ獰猛な種類であり様々な海の生物の天敵である。イルカやクジラ、そして当然ステラーカイギュウやオオウミガラスも食べる。アシカやオットセイも食べる悪食な生物である。さらに鯨科なので頭もいいという厄介な生物である。身体も大きく、これで人間も食料とみなしていたならば海はより危険な場所となっていたであろう。だが鯨は人を襲わない。それが鮫や恐竜とは違う点である。
「それでかなりの数の調整ができています」
「それはいいことね。自然のサイクルは崩れては駄目だから」
「ですね。あと我々もそれに一役買っています」
「わかるわ」
伊藤はそれを聞いてにこりと笑った。
「そろそろお昼だしね」
「はい」
「じゃあ行きましょうか。あそこのレストランだったわね」
伊藤は遠くに見えるレストランを指差した。岩場の上にあった。
「ええ。予約しておりますので」
「それじゃあ行きましょ。あ、そうそう」
「何でしょうか」
八条は伊藤の言葉に反応して声を送った。
「佐藤君の一緒だけれどいいかしら」
「ええ」
八条はそれに頷いた。
「私の方は構いませんよ。将来の日本の首相との同席は」
「ふふふ」
伊藤はそれを聞いて面白そうに笑った。
「マスコミやネットじゃ君達はライバルになってるわよ。将来の首相候補としてね」
「首相ですか」
八条はそれを聞いておかしそうに笑った。
「私は柄ではないと自分では思っていますが」
「どうしてかしら」
「私はどちらかというと官房長官に向いていると思うのですよ。佐藤防衛相は首相向きで」
「あら」
佐藤は強力なリーダーシップの持ち主として知られている。アバウトなところもないわけではないが決断力に富み、そして行動的である。まず行動ありきという人物なのである。
それに対して八条は考えるタイプであり、また慎重だ。そして事務仕事が得意である。安定感もかなり高い。二人はそうした意味で全く異なるタイプの政治家であるのだ。
「首相はどう思われますか」
「八条君に山下さんみたいなことが出来るかしら」
「官房長官みたいにですか」
「そうよ」
伊藤はそれに対して答えた。現在の日本の官房長官は山下実盛という。銀行員に似た生真面目そうな外見の男であり
一見地味である。だが実際はかなり性格が悪いことで各国では有名な男である。
他の国が経済や通商のことで日本に抗議をしてきたとする。そうした場合に出て来るのがこの男なのである。
「おや、またいつもの御言葉ですか」
実際に会見でそう言うのである。口調はあくまで穏やかであるがその態度は馬鹿にしきったものであるのは言うまでもない。
「いつも飽きませんね、全く」
そして鼻で笑う。こうして他国の抗議を一笑に付すのだ。そうしたあしらいの巧さで知られている。国民には人気があるが他国からは嫌われている。マックリーフは彼のそうした行動を見てこう言ったという。
「うちの特別補佐官に欲しいな」
「全くです」
それに答えたのは当の大統領補佐官であった。彼ですらそう思ったのである。
歳は伊藤よりやや上である。その為伊藤も敬意を払ってさん付けしているのである。政党の中でも重鎮として知られている。
「出来ないでしょ、あそこまでは」
「確かに」
八条はその言葉は認めた。だが反論は忘れなかった。
「しかし官房長官にも多くのタイプがありますね」
「ええ」
「それでは私は私の官房長官を目指しますよ。なりましたらね」
「期待しているわ」
伊藤はそれを聞いて微笑んでそう言った。その時風が吹いた。
「冷たい風ね」
「ええ」
伊藤の黒く長い髪がそれに吹かれて動いた。八条はそれを見て黒い絹のようだと思った。
「総理」
「何かしら」
「もう行きませんか。そろそろ時間ですし」
「あら」
伊藤はそれを受けて腕時計を見た。見れば確かにそうした時間であった。
「そうね。じゃあ行こうかしら」
「行きましょう。ここのメニューは面白いですよ」
「面白い・・・・・・。何が出るのかしら」
「ここでしか味わえない特別な料理だそうです」
「それは楽しみね」
「はい」
こうして二人はレストランへ向かった。そこへ丁度佐藤も来た。当然彼等は車でありガードも一緒である。
「どうも、長官殿」
「こちらこそ、閣下」
佐藤と八条は互いに笑みを浮かべて挨拶を交わした。二人は同じ歳であり政治家になったのも同じ選挙においてであった。そうした意味でも二人はライバルといえた。だがその関係は険悪といったものではない。言うならば同級生同士といったところであろうか。二人の笑みはそうした友人との挨拶の笑みであった。
「それでは行きますか」
「ええ」
三人は個室に入った。これも警備の為である。そうした警備が必要なのは残念ながら事実であった。世の中にはよからぬことを考える輩もいないわけではないからである。こうした国際会議の場においてはとりわけそうであった。
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