第九部第二章 虚の兵士達その十五
「既にあちらも決しているようです」
ワフラはそう答えた。それから言葉を続ける。
「彼等はもう撤退を続けています。そして港に向かっているようです」
「そうか」
マシュハドはそれを聞いて頷いた。
「それではそろそろ詰めだな」
「詰めですか」
「うむ」
彼はまた頷いた。
「おそらくエウロパ軍は撤退する為に必死になるだろう」
「はい」
「そこを叩く。陣を三日月形にせよ」
「了解」
それを受けて陣が組まれる。そしてエウロパ軍を半包囲状態に置いた。それはエウロパ軍からも確認されていた。
「どうやら我々の意図を察したようだな」
ジェラールはそれを見て呟いた。
「さて、どうするか」
「ここは守りに徹しましょう」
シリアーニはそう意見を述べた。
「今は我が軍は惑星にいる将兵の撤退の援護をしなければなりません」
「うむ」
それがわからぬジェラールではなかった。一言発して頷いた。
「それが完了するまで持ち堪えなくてはなりません」
「できると思うか」
「この場合できるか、ではありません。やらねばなりません。そして」
彼はここでジェラールを見据えた。
「それは閣下が最も御存知でしょう」
「確かにな」
彼はそれを聞いて不敵に笑った。疲れた顔であったがまだ笑うことはできた。そして彼はそれを受けて全軍に指示を出した。
「よいか」
「ハッ」
「艦隊はこれより撤退する味方の楯となる。だが命を粗末にはするな」
「いささか困難な命令ですね」
「それはわかっている。だがそうしなければならない」
彼の言葉はさらに強くなった。
「全将兵に奮闘を期待する。そして生きて帰れ」
「ハッ!」
エウロパ軍はそれを受けて半月形の連合軍の陣に対し長方形の密度の薄めの陣を敷いた。そしてそれでもって彼等に正対した。
「あの巨大戦艦には気をつけろよ」
再びジェラールの指示が下った。
「了解」
皆それを受けて頷く。そして敵を見据えた。
「前面に防御を集中、攻撃より防御に専念せよ」
「わかりました」
「敵を後ろには送るな、一兵だりとも」
「それ位なら死んでみせますよ」
「その意気だ。だがな」
ジェラールはそれを聞いて顔を綻ばせた。だがそれでも一言言った。
「死ぬな。いいな」
「はい」
皆それに頷いた。そして宇宙においても連合軍とエウロパ軍の命をかけたこの要塞群における最後の戦いが開始された。
地上ではそれは既にはじまっていた。連合軍は撤退するエウロパ軍を火が点いたように攻め立てていた。
「撃て!撃ちまくれ!」
指揮官の指示が下ると重砲、そして戦車の砲撃が炸裂する。それによりエウロパ軍の前線は破壊された。そしてそこに穴が開いた。
「今だ!」
突撃命令が下る。戦車と装甲車が斬り込む。その先頭には移動要塞がいた。文字通りエウロパ軍を踏み潰していく。対するエウロパ軍はそれに対し為す術もないようであった。
「引け!引け!」
それを受けてエウロパ軍は撤退を開始する。そして彼等は後方へ退いていく。だがそれは連合軍に追撃されている。こうして損害は増える一方であった。
だがそれでもエウロパ軍は的確に撤退を進めていた。そして彼等は徐々に港へ集まっていた。そこには輸送船が停泊している。まずは負傷者から乗り込んでいく。
「やはり怪我人が多いな」
輸送船の中で手当てする医師がそうぼやいていた。
「それだけ敵の攻撃が激しいということか」
「そうですね」
傍らにいる看護婦がそれに同意する。彼女の白衣はもう血で真っ赤になっていた。
「私達も戦場にいるようなものです」
「その通り」
医師はそれを聞いて応えた。
「我々は戦場にいるのだよ。ここは決して安全な場所ではない」
「ですね」
「実際に艦艇に乗り込んでいれば撃沈される怖れもある。野戦病院が爆撃されないという保障はあくまで戦時法のうえでの話だ。間違いは起こるものだ」
「はい」
「時には確信犯で攻撃する者もいる。全く何の保障も無い話だ」
「確信犯で、ですか」
看護婦はそれを聞いて顔を青くさせた。彼女にとってそれは信じられない話であった。
「戦争とはそういうものだ。サハラ各国の軍は元々非戦闘員をあまり攻撃の対象とはしない」
それは事実であった。彼等には彼等のモラルがある。刃を持たぬ者を手にかけるのは彼等の間では恥とされているのである。だが輸送船等を攻撃するのは戦争の常道でありそれは構わないことであった。彼等はおおむね戦時法に対して忠実であった。
「連合軍はどうかな」
「今のところそうしたことはない」
手当てを受けている将校がそれに応えた。彼は頭と左手に包帯を巻かれていた。その包帯はもう血が滲んできていた。階級は中佐であった。
「思ったより紳士的な軍隊だ。非戦闘員やそうした施設には一切攻撃を仕掛けてはいない」
「そうですか」
医師はそれを聞いて安心した顔になった。
「それは何よりです」
「だが安心はできないぞ」
その将校はここで顔を真摯なものとした。
「戦争だからな。間違いは本当に起こるものだ。不心得者もいる」
「はい」
「戦場において絶対ということはない。そして安全なぞ何処にもないということはわかっておいた方がいい」
「そうですね」
それは看護婦に向けた言葉であった。彼女はそれを聞いて頷いた。
「わかってくれればいい。戦いはまだはいzまったばかりだ」
彼はここで自分の傷付いた左手を見た。血は何とか止まったが痛みはまだあった。
「この傷が癒えれば私もまた」
「戦場に復帰されるおつもりですね」
「ああ」
彼は静かに頷いた。肯定であった。
「私は騎士の家に生まれたからな」
「騎士だったのですか」
「そうだ」
彼は誇りを含んだ声でそれに答えた。
エウロパは貴族制社会であるが騎士はその中ではあまり高い位にはない。公侯伯子男の五つの爵位がありその上に大公というものがある。大公は王族等にしか授けられない特別なものであり各国の王家に連なる者でしかなってはいない別格である。そして爵位を持つ貴族の下に騎士階級が存在する。その下には細かく分類されている。そして平民階級となる。流石に奴隷といったものは存在しない。エウロパはこのように貴族の階級が細かく決められている。騎士はその中で貴族社会の根本にあたるものである。彼等は位こそそれ程高くはないものの身分は貴族である。従ってその誇りも持っているのである。
「連合の者達に敗れるわけにはいかない」
「そのお気持ちわかります」
医師はそれに応えて頷いた。
「私もエウロパの者ですから。生憎平民ですが」
「戦場にあっては雄々しく、そして卑怯な振る舞いをしない者こそが貴族だ」
だが中佐はここで彼に対してそう言った。
「そうした振る舞いをする者は例え爵位があったとしても貴族ではない」
「そうなのですか」
「私はそう考えている。だからこそ卿と呼びたい」
「有り難うございます」
医師はそれを受けて頭を垂れた。
「その御言葉謹んで御受け致します」
「感謝する」
中佐はその言葉を聞いて微笑んだ。
「ところで卿の名を知りたいのだが」
それからあらためて彼の名を問うた。
「よければ官職氏名を教えてくれないか」
「喜んで」
彼は微笑んでそれに応えた。
「エルネスト=リストと申します。階級は大尉です」
「そうか。ドイツ出身か」
「はい」
「私はオーストリアだ」
中佐はそれを受けて自身も名乗りはじめた。
「カール=グラッセ=フォン=マグデブルグという。覚えておいてくれ」
「わかりました」
リストはそれを受けて頷いた。
「それではマグデブルグ中佐」
「うむ」
「手当ては終わりました。これから如何為されますか」
「そうだな」
問われた彼は暫し考え込んだ。それから話しはじめた。
「傷はそれ程酷くはない。これで休ませてもらう」
「そうですか」
「ベッドは要らない。他の傷の深い者に回してくれ」
「わかりました」
「この程度なら立っていても大丈夫だからな」
「はい」
「私は軽傷で済んだがしかし」
彼はここで周りを見回した。
「負傷者が多いな。当然のことだが」
「そうですね」
「この戦い・・・・・・」
「この戦い!?」
「いや、いい」
マグデブルグはここで言葉を止めた。そしてリストに対して顔を戻した。
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