第九部第一章 星の大海にてその六
「あの、十時と言いましたよね」
「はい」
ティアマト級巨大戦艦の一つバールにおいてそうした話が行われていた。バールとはメソポタミアで信仰されていた神の一人である。今では連合においてわりかし人気のある神となっている。その神の名を冠した艦の艦橋において連合の接待役の士官とマウリアの観戦武官との間で衝突があったのだ。
「ですから十時に来たのですが」
マウリアの武官は落ち着いた顔でそう答えた。
「それは朝の十時だったのですが」
「そうだったのですか」
「そうだったって・・・・・・。あの、何時だと思っておられたのですか」
「夜の十時かと」
「はあ」
これには流石に呆然とした。こうした時間の感覚であったのだ。マウリアの者は時間の感覚が違うのであった。彼等にとって今の一生は輪廻転生の一つでしかなく時間は悠久のものであった。一日のズレ等考慮するまでもないことであったのだ。
「私と貴方は前世の巡り合わせが悪かったからこうなてしまったのです。気にしてはいけませんよ」
トラブルが起こり逆にこう窘められた者もいた。些細なトラブルで怒ろうとしたら逆にこう諭されたのである。諭された者は以後マウリアの者と喧嘩をすることはなかったらしい。マウリアはとかく連合にとっては全く異質の存在であるということも色々とわかってきだしていたのである。
「さてさて」
この戦いの現場の総指揮官となったマクレーンは要塞の司令室において色々と話を聞きながら苦笑いしていた。
「マウリアとはここまで凄い存在だたっとはな。流石の思わなかった」
「同感ですな」
劉がそれに同意する。彼もまたこの作戦に参加していたのだ。
「そもそもの根本が違いますからな」
「全くですな」
マクレーンはアメリカ、劉は中国出身である。彼等はそれぞれ連合において多大な影響を持つ国の者であるがあくまで連合の中においてである。やはり連合という一つの大きな囲いの中におり、その中での思考に留まっているのである。
「文明の違いとも申しましょうか」
「はい」
「異質であり過ぎますな。ですがこれは」
「彼等も全く同じことを感じている筈ですな」
「そういうことです」
劉はマクレーンの言葉に頷いた。
「しかしこれはマウリアだけではないでしょうな」
「エウロパもまた」
「はい。彼等との交流も一千年もの間ほぼなかったといってよいです。彼等の社会についてはある程度知ってはおりますが」
エウロパといえば貴族社会、階級社会であった。貴族が優雅で満ち足りた生活を送っているというイメージが連合の者にはあった。だが当然それだけではないのだ。
「無闇な衝突は避けたいですが。戦闘以外の」
「少なくとも一般市民に関してはそうですな」
「はい」
彼等の危惧はそこであった。市民に対して銃を向けるわけにはいかないのだ。相手がゲリラならまだしも一般市民を戦争に巻き込むことに彼等は強い抵抗があった。それは彼等が連合の軍人だからであった。
連合において軍人の仕事とは海賊やテロリストに対するものであるのが今までであった。他には治安維持、そして災害救助であった。どれも一般市民を守るものであり時には暴徒に対して威圧行動をとることはあっても市民に銃を向けるということはなかったのである。そもそもの発想の時点でないものであった。
だからこそ彼等もそうした事態を考えて苦慮しているのである。そして今話し合っているのだ。
「長官から指示がありまして」
「どのようなものですか」
「占領した惑星、基地は全て武装解除せよ、と。そして所属や籍の調査を全て把握せよ、とのことです」
「武装解除と所属、籍の把握ですか」
「はい。それによりゲリラ活動を防ぐようです」
「成程」
マクレーンはそれを聞いて八条の考えがわかった。
「いない者を警戒すればいいのですからな」
「そういうことでしょう。そして武装の解除は拳銃一丁、弾丸一つに至るまで徹底的に行うようにと」
「ふむ」
「軍人は捕虜収容所に、一般市民にはこれまで通りの生活を。しかし捕虜収容所での待遇は一般市民に対するのと同じようにせよ、とのことです」
「何故ですかな」
「彼等は敵国の軍人でありあくまで犯罪者ではないからとのことです。犯罪者でないならば普通に扱われるべきだと」
「ふむ」
「それが長官の御考えです」
「長官らしいですな。確かにエウロパの軍人は確かに敵ではありますが罪人ではない」
「やはりこの処遇が当然でありますな」
「はい。私もそう思います」
「それではこれをすぐに全軍に達しましょう」
「はい」
こうして八条の指示が全軍に伝えられた。これはとりわけ厳しく伝えられた。八条はそれを地球の国防省執務室にて聞いていた。そして満足したように頷いた。
「マクレーン長官も劉参謀総長もわかっておられるようで何よりです」
「はい」
彼の前に立つシャリアピンがそれを受けて応える。
「あの御二人なら問題はないと私も思っておりましたが」
「ただそれが全ての将兵が従うかというと問題が違います」
「ですね」
シャリアピンはそれを聞いて暗い顔をした。
「どの国、どの組織にも不心得者はいますから」
「そうです。そうした者に対しては厳罰で挑みましょう」
「厳罰とは」
「死罪も含めた。それでいってはどうかと思うのですが」
「厳しいですね」
「そうでもしないと軍律、そして軍の信頼は得られません。それが為に連合軍の軍律は厳しいものに定めたのです」
「それは私も知っております」
「ならばそれで問題はないかと思います。一般市民に危害を加えることもその財産に手をつけることも死罪とします」
「はい」
軍のことに関しては国防省が統括する。だから本来ならば法務省の管轄になるようなことでも軍のことに関することならば国防省の管轄となるのである。
「捕虜に対してもそれは同じです。よいですね」
「わかりました」
シャリアピンはそれを受けて頷いた。
「後方の部隊にもそれは徹底させましょう」
「無論です」
八条の声は何時になく強いものであった。そこには決意が見てとられた。
「軍人としての誇りを忘れないようにね」
「わかりました」
連合はこうして規律に至るまで細心の注意が張られていた。だがそれだけで戦争に勝てるかというと当然ながらそうではない。八条はまだ話を続けていた。
「そしてあれの準備はどうなっていますか」
「あれですか」
「はい」
八条はシャリアピンの言葉に頷いた。
「まずはあれを成功させなければなりませんからね」
「それの準備はもうできております」
彼はそう答えた。
「既に全艦ニーベルング要塞群に向かうように定められております」
「そうですか」
「はい。こちらはもう長官の御指示を待つだけですが。如何なされますか」
「サインは」
「今長官の目の前に」
見れば八条の前に一枚の書類が置かれていた。サインする欄の一番上だけがあいている。それが何を意味するのかは言うまでもないことであった。
「わかりました」
八条は頷くとペンを手にした。そしてそれでもって書類にサインをした。
「これでいいですね」
「はい」
シャリアピンはそれを確認して応えた。
「ではこれにてエウロパへの侵攻作戦が発動されました」
「はい。作戦名は」
八条は言葉を続ける。
「ハンニバルとします。よいですね」
「はい」
かってローマと戦ったカルタゴの名将の名である。これはローマをエウロパに見立てて名付けたものであろうか。シャリアピンは作戦名を聞きながらそう考えていた。
「それでは全軍進撃用意」
八条はさらに言葉を続ける。
「第一攻撃目標はニーベルング要塞群、攻略後はすみやかに作戦通りの行動をとるべし。よいですね」
「はい」
シャリアピンは文官であるので敬礼はしない。言葉で頷いた。
こうして軍の出撃が発動された。連合軍はニーベルング要塞群に向けて兵を進めはじめた。
「そうか、遂にか」
ファブリチーニはその話を司令室で聞いていた。そしてすぐに指示を下した。
「総員戦闘用意、よいな」
「ハッ」
報告に来た将校がそれを受けて敬礼した。
両軍は本格的な戦闘に入った。遂に一千年の対立が現実に刃を交えるものとなったのであった。
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