第三十三部第一章 戦いの観客達その十五
「彼女には美食家としてのイメージが強いのよ」
「そういうことですか」
「ロッシーニかしら」
十九世紀イタリアの作曲家である。オペラで非常に有名でありその作品はこの時代の連合においても広く上演されている。連合ではオペラは完全に自分達に吸収されてしまったものとして考えている傾向が非常に強いのである。なおこのロッシーニもまた美食家として非常に有名であった。
「例えるなら」
「あのイタリアの作曲家ですね」
「そういえば彼もね」
伊東はロッシーニにも話を及ばせてきた。
「目があったわ」
「目がですか」
「より確かに言えば舌ね」
こう言い直しもするがロッシーニの力量を認めているのは確かだ。
「彼のね。舌は」
「どういったものだったのですか?」
「見事なものだったそうね。スパゲティがあるわね」
「ええ」
これを知らない者は連合にもエウロパにもいない。言うまでもなくパスタの代表格である。これを知らずしてパスタもイタリア料理も語れない。
「十九世紀のスパゲティの食べ方は」
「ナポリ式ですね」
ここで八条は言った。
「それは」
「やっぱり知っていたわね」
今度は八条の学識を褒めた。八条は連合の政治家の中でもとりわけ学識や教養の豊かな人物として有名である。まだ政治家として若いがそれでも学者に負けない程の学識と教養を備えていると評判なのだ。大学では軍に進まずに院に残ることを強く勧められたこともあった。
「このことは」
「チーズをまぶして手で食べていたのですね」
「そうよ」
そして伊東もまたこのことを知っているのだった。
「その通りよ。スパゲティを上に高々と上げてからね」
「そうでしたね」
「何か随分と食べにくそうですね」
小柳は二人の話を聞いて言うのだった。怪訝な顔をしている。
「その食べ方は」
「そう思うかしら。やっぱり」
「はい」
そして伊東の言葉に頷く。
「私から見れば」
「そうよ。確かに今から考えればかなり食べにくいわ」
伊東もそれは認める。
「それにソースも乏しいわよね」
「ナポリタンやミートソースでもないのですね」
「そうよ」
「それはまたかなり」
そのことを確かめて余計に怪訝な顔になる小柳だった。
「味気ないというか。ペペロンチーノでもないですし」
「それでも当時はこの食べ方だったのよ」
伊東は言うのだった。
「当時はね」
「そうですか」
「そうよ。そして」
伊東はさらに言う。
「そのロッシーニだけれど」
「ええ」
「その彼は」
「彼は音楽家として成功した後パリに移り住んだわね」
「はい」
八条が伊東のその話に頷く。所謂花の都パリだ。そこで楽しむものはもう決まっていた。
「そこで美食を心から楽しむ生活を送っていたのだけれど」
「スパゲティをパリでも食べたのでしょうか」
東は何気なくこう問うた。
「そして何かあったのですか?」
「近いわね」
そのことを近いと答えた。
「そうよ。パリでスパゲティを扱っている店に入ったのよ」
「そうでしたか。それで」
「それでナポリ産と言われているまだ茹でてもいないパスタを食べて」
それだけであったのだ。だが。
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