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第九部第一章 星の大海にてその五
 エウロパですらそうなのである。連合が二千億以上も何もかもが違う者達を組み入れるとは到底考えられなかった。ましてやマウリアは文明であった。全く異なる文明を受け入れることはやはり不可能であったのだ。
「それでは我々は連合との関係を維持していけばいいですな」
「そういうことだ。だが彼等を下手に刺激してはならない」
「それはわかっております」
 ラーンチはそう言って頷いた。
「攻め込まれてはやはり相手にはなりませんからな」
「そうだ。だが連合の兵は強いのか」
「それはこれからわかることです。ただ」
「ただ、何だ?」
「個人的な見解ですが彼等は個々の強さはそれ程ではないと思います」
「何故だ」
「極限の状態にないからです。そして彼等はあくまでも生きて帰ることを前提としています」
「うむ」
「そうした兵はやはり強くはないでしょう。ですが」
 彼は言葉を続ける。
「戦争は強兵だけで勝てるものではありませんから。それを考えますと連合軍は強い軍と言えましょう」
「数と装備においてな」
「そしてもう一つ。補給です」
「補給ですか」
「そうです。それも見ていきましょう。先程お話したように」
「ああ」
 マウリアから観戦武官が多数送られたのはそれから数日後のことであった。連合はそれを快く受け入れることにした。そこには同盟関係の他にも理由があった。
「マウリアにも我々の力を見せておこう」
 こうした考えもあった。言葉には出さないが。同盟関係にあるとはいえ他国である。それを考えると安心はできない。そしてその力も見せておかなければならないのであった。
 彼等はすぐにガンタース要塞群に向かった。そしてそこでティアマト級巨大戦艦にそれぞれ乗り込んだ。彼等は客人として厚待遇を受けた。マウリアの緑と白の軍服が連合の黒と金の軍服に
 だが彼等は悩みがあった。それは連合の文化、風習との異質性であった。それはあまりにも大きかった。
「これは何という食べ物ですか?」
 ある日観戦武官の一人が食堂で連合の接待役の士官に尋ねた。その士官はそれを聞いて不思議そうな顔をした。
「カレーですが」
「カレー?ああ、カリーのことですか」
「はい」
 士官はやはり不思議そうな顔でそれに答えた。
「そちらの料理だと思いますが」
「はい、カリーは確かにそうです」
 彼はそれに答えた。
「ですがこれはカリーなのですか?本当に」
「はい。そうですが」
「そうなのですか」
 彼は首を傾げながらそのカレーを見ていた。それからまた言った。
「これで食べるのですよね」
「はい」
 スプーンを指して言う。士官はまた頷く。
「マウリアでは手で食べられるのでしたよね」
「はい、右手で」
 彼は答えた。
「しかしカレーはスプーンで食べるのですか。ふむ」
 彼はまだ首を傾げていた。だがそれを止めカレーを食べはじめた。
「如何ですか」
 接待役の士官は彼に尋ねた。
「美味しいですね」
「それは何より」
「ただ」
「ただ・・・・・・?」
 マウリアの士官の表情がよいものではないことに彼は危惧を感じずにはいられなかった。そして問うた。
「これはやはりカレーですね。カリーではないです」
「そうですか」
 それを聞いて少しガッカリした。ある程度覚悟していたとはいえそう言われるとやはり残念であった。
 給養員もそれは同じであった。カレーは連合においても人気のある料理であり彼等もその作り方には自信があったのだ。だがそれがあまりよい評価ではなかったので彼等も残念であった。
「ただ嬉しいことがあります」
「それは何でしょうか」
 マウリアの士官がここで顔を綻ばせたので連合の士官はまた尋ねた。
「このカレーは牛を使ってはおりませんね」
「はい、それはもう」
 これは当然であった。マウリアの者の多くはヒンズー教である。ヒンズー教では牛は食べないのだ。元々は農耕に使うからだったという。だが今では神の使いとして崇められている。ムスリム達は豚を食べないがこれは豚肉は傷み易く食中毒になることを懸念したからである。犬の唾が狂犬病のもとだから不浄としたのと同じである。だがヒンズーの牛はそれとは違う。彼等にとっては牛は聖なる存在であるのだ。
「鶏肉なのが有り難いです」
「それはよく気をつけていましたから」
 連合の士官はにこやかに微笑んでそれに応えた。
「全体的に野菜を多くしましたが。それで宜しいですね」
「はい。大変有り難いです」
 マウリアの士官は頷いた。
「ヒンズー教徒だけではありませんからね」
「はい」
 実は連合軍の食事には制限がある。それは豚肉を使う場合はムスリム用に羊を使ったものと分けることである。連合においてもムスリム達は多い。インドネシアやマレーシア、そしてトルコ等である。彼等のことを考慮して豚肉を使う場合は別に羊を使ったものを用意するのである。麺類においてもその際はスープに豚骨などは使われない。トリガラのみのものとなる。チャーシューも入らないのだ。またイスラエルのユダヤ教徒達も存在する。彼等はさらに難しい。そうした者達のことも考慮に入れられ食事が作られるのである。これがかなり難しいのだ。従ってこうしたことには色々と配慮が行き届くのである。
「ジャイナ教徒達は肉は一切口にしません」
「所謂ベジタリアンですね」
「そうです。彼等のことにも配慮して頂いているのですね」
「無論です。そうでないと連合はやっていけませんから」
 彼はそう答えた。
「私はカトリックですがね」
「ほう」
「同時に禅宗も信仰しておりまして。おっと、マウリアでそうしたことはないですね」
「そうですね」
 マウリアの士官はそれに答えた。
「一つの宗教のみですね、信仰するのは。それでカトリックと禅宗には何かあるのですか」
「カトリックはこれといってないのですよ。ですが禅宗の方は」
「何かあるのですね」
「はい。極めて禁欲的な宗派でして。仏教の一派ですが」
「あ、それは御聞きしています」
 元々仏教はインド発祥である。だから知っているのだ。
「何かと制約があるのですよ。まあそれはお坊さんだけと言ってもいいですが」
「では問題はないのでは」
「私の実家がその禅宗のお寺だったのですよ、これが」
「それはまた」
「それで子供の頃から色々とね。とりわけ食べ物のことでは苦労しました」
「かなり厳格な菜食主義らしいですね」
「そうなのです。玄米のお粥が多かったですね」
「それだけでやっていけるのですか」
「それはそれです」
 ところが彼はここで微笑んでみせた。
「今では意外とバリエーションがありましてね。蒟蒻や野菜のカレーとか」
「面白そうですね。蒟蒻とは昨日出たあの柔らかい食べ物ですね」
「はい。美味しかったでしょう」
「ええ。あれはおでんに入っていましたね」
「そうです。カロリーがなくてダイエットにも丁度いいですよ」
「成程。それでその蒟蒻カレーの他は」
「それなりにありますけれどね。ただ軍に入るまでは肉は食べたことがありませんでした」
「そうだったのですか」
「ええ。それで最初は苦労しましたね。今では平気で食べられますが」
 彼はにこやかに笑ってそう答えた。
「カトリックの方の戒律に従っています、そちらは」
「ところで何故カトリックになられたのですか。それを御聞きしたいのですが」
「妻の家がそうだからです」
 彼はそう答えた。
「私は台湾出身なのですが妻はブラジル出身でして」
「ふむ」
「それでそうなったのです。妻も禅宗の信者でもありますよ」
「そうなのですか」
「最初は結構色々ありましたけれどね。今では仲良くやっていますよ」
「それは何よりです。しかし」
「しかし。何でしょうか」
「いえ、複数の宗教を信仰するというのも面白いですな。マウリアではないことですが」
「はい」
「面白いお話を聞かせて頂きました。参考にさせて頂きます」
「はい」
 こうした朗らかな雰囲気でマウリアの観戦武官達は迎え入れられていることが多かった。だが人はそれぞれでありやはりトラブルもあった。人間性によるものならまだしも中には文化や宗教による摩擦もありこれがまたかなり複雑なこととなっていたのだ。
 例えばマウリアの者と連合の者では時間の感覚が違う。連合の者はその日の時間で考えるのだがマウリアの者は凄い場合には『その時の魂』の感覚で時間を考えるのである。これにより途方もないことが起こったりしていた。
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