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第三十三部第一章 戦いの観客達その五
「平和は悪いことではありません」
「そしてひるがえっては」
「所謂平和ボケという言葉ですね」
「あまりいい言葉ではないわね」
 話す伊東の顔も曇ったものになっていた。
「お世辞にもね」
「確かに」
 これは八条も同じ考えだった。サボテンを切るその手の動きもここでは鈍っていた。どうも彼はこうした言葉が好きではないようである。
 だがそれでも。話は続けるのだった。彼は言うのである。
「それは平和の有難みを否定する節がある言葉ですから」
「連合の平和はあるべきものがあったからだから」
「そうです。食料と資源と土地」
 東が伊東の横からこの三つを挙げた。
「この三つがあったからこそです」
「その通りよ。東君」
 伊東は彼に顔を向けてその言葉に頷くのだった。
「それがなく、また何か一つしか得られないものがあったならば」
「我々もサハラになっていたのですね」
「それかエウロパね」
 エウロパのサハラ侵攻のことを言っているのである。言いながらグラスを手に取る。そこにあるのは透明な、やや白がかったシャンパンである。それを一口飲むのだった。
「そうなっていたわ」
「我々もですか」
「確かにこれまで様々な問題があったけれど」
 伊東もこれは否定しない。千年の平和といっても国家間の経済や通商においての衝突は頻繁であるしまた宇宙海賊やテロリストの存在もあった。連合としての境界の外には不法に移住している人口統計外の者達が百億単位でいるとさえ言われている。そうした問題も抱えているのである。
「けれど戦争はなかったわ」
「はい、それは」
 これはその通りであった。
「それはなかったです」
「連合としてずっと一緒にやってこれたわね」
「確かに。それでは」
「これこそが平和なのよ」
 伊東は確かな声で述べたのだった。
「繁栄と発展は常に求められ得られてきたわね」
「我が国もまた」
 無論日本もその中に入っているのである。
「そういうことですね」
「そうよ。けれどサハラでは」
「それを求められたのはハサンだけでしたね」
 小柳が言った。
「満足にできたのは」
「そう。オムダーマンの本来の本拠地である西方にしろ」
「確かその後ろにかなりの開発可能な星系があると聞いていますが」
「それに手をつけられなかったのよ」
 伊東はこのことも知っていた。彼女もサハラのことはかなり詳しかった。これは彼女が政治家だけではなく政治学者としの顔もあるからであろうか。
 見れば今彼女はその政治学者の顔になっていた。そしてその顔でさらに語るのだった。その目は何かを分析している目になっていた。
「どうしてもね」
「戦乱の為に」
「そういうことよ。戦乱は発展と繁栄の最大の敵」
 こうまで言うのだった。
「その中でも発展するケースもあるけれど」
「中国の東周時代や日本の戦国時代ですか」
 八条が伊東に対して述べた。
「そうした時代のことですね」
「そうよ。流石ね」
 八条に顔を向け微笑んで彼を褒め称えたのだった。
「そこまでわかっているわね」
「恐縮です。ですが戦乱がなければ」
「それだけ流れる血とかかるコストが減るわ」
 冷徹かつ合理的な、まさに学者としての言葉だった。
「だからこそ。その発展も繁栄もさらにスムーズになるものなのよ」
「連合のようにですね」
「連合では銃やミサイルでの戦いはないわ」
 これは確かにない。
「そうした破壊の戦争はね」
「コインや札束ですね」
 小柳はそれに応える形でこう述べてきた。
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