第三十二部第五章 決戦を前にしてその九
「問題なのは軍ですが」
「軍か」
「はい。今軍の最高司令官は主席閣下です」
「その通りだ」
このこと自体は常識である。国家元首がその国の軍の最高司令官であるのは全ての国家システムにおいて言えることだ。中国の歴代王朝でもそうであったしローマ帝国でもそうであった。オクタヴィアヌスが共和制を守るというポーズを取りながら帝政になることがができたのは軍の最高司令官であるインペリアールであることを維持できたことが大きいのだ。子のインペリアールという言葉が皇帝、即ち英語でのエンペラーの語源になっている。
「それは当然だと思うが」
「ですがです」
「国家が統一された場合。いえ、今でも」
話は今にも及ぶ。彼等の今である。
「若し軍が政府や議会の命令に従わなくなれば」
「そう、あの時の日本のように」
ここで遂にその時の問題が話に出るのであった。
「憲法の不備を指摘し軍が政府や議会のコントロールを拒んだ場合は」
「どうなるのでしょうか」
「今はいいのですが」
まず今はいいというのだった。
「主席が完全に指揮権を掌握しておられるので」
「あくまで現時点では、ですが」
限定された。先程の今でも、という言葉が意識されているのは明白だ。
「今後を考えますと」
「軍が政府や議会のコントロールを受けないならば」
「それは案ずることはない」
だがここで出されたウーアンザの返答は実に冷静なものであった。
「それはな」
「といいますと?」
「一体どのような」
「あれは軍を直接皇帝の指揮下に置いていた」
「はい」
明治憲法ではそうであったのだ。なおこの欠点は憲法が制定された当時は誰も気付かなかった。これには明治政府の大きな特徴に起因していた。
「だがそれでも機能したのだ」
「機能していたのですか」
「そしてコントロールもされていた」
こうも述べた。
「完璧にな。当初はな」
「当初は、ですか」
「そうだ」
また彼等に述べる。
「その時はな。何故かわかるか」
「いえ」
「それは」
だがこう問われると彼等も首を横に振るだけであった。
「最初から暴走すると思いますが」
「ですがしなかった。その理由は」
「人がいたからだ」
ウーアンザの述べた答えはこれであった。
「だからなのだ」
「人がいたというと?」
「この場合は」
彼等はここではまず自分達で考えることにした。幾ら官僚はコンピューターに過ぎないとはいっても人間なのだ。人間として考えなくてはならない部分は考えるというわけである。
「コントロールできる人材というわけですね」
「そういった存在がいたのですか」
「それを元老と呼ぶ」
この言葉が出た。
「元老がな」
「元老!?」
「つまり重臣ですか」
「日本の」
彼等は元老という単語からこうした存在を読み取った。
「重臣達がいたのですね」
「軍をコントロールできるだけの」
「当時はまだ文官と武官の区別はまだ曖昧だった」
この区別が明確になるのは第一次世界大戦の頃からである。それまでは現役の武官が軍事関係の閣僚ハおろかその他の閣僚になることもままにしてあったのである。時には首相になる者すらいた。なおサハラでもこうした事態は往々にして見られるものではある。
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