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第九部第一章 星の大海にてその一
                 星の大海にて
 連合とエウロパの関係は実に根深い対立関係にある。それは一千年以上前、そう連合とエウロパが正式に発足する前にまで遡る。
 かって地球には太平洋連合と欧州連合の二つの大きな勢力があった。他にもインドやアフリカ連合などがあったがインドは中立でありアフリカ連合は太平洋連合についていた。アラブはやはり四分五裂であり群雄割拠と言ってもいい状況にあった。その中で人類は穏やかな対立関係にあった。太平洋連合にはオセアニアや中南米諸国も入っていた。当時の人類の人口の大部分を占めていたのである。太平洋と欧州は経済や国際情勢において二つの軸としてあった。軸が二つならばどうなるかというのは言うまでもないことであり双方はすぐに対立関係に入った。両者の関係は次第に悪化しやがて敵対関係にまで発展した。
 人口においては太平洋側が欧州を圧倒していた。しかしその加盟各国の間の国力差が大きく、また同盟関係にあるアフリカ諸国もまた貧しい国が多く先進国のみばかりで構成されているといってもよい欧州とは差があった。そしてアメリカや中国、日本といった大国の発言力が極めて強く、小国がそれにそれぞれ手を結び合って対抗するといった状況であり連携も上手くいってはいなかった。まとまりに欠けるのはこの頃からであった。そうした点においても欧州に遅れをとっておりそこを付け込まれることも多かった。太平洋はまず欧州に対して何か言う前にまず自分達の中をどうにかしなければならなかったのだ。その為欧州は人口、そして総合の国力においては大きく差があろうとも太平洋と対抗していたのである。欧州は何かあると大国を煽った。それにより大国同士をいがみ合わせ自分達の方に矛先がいかぬようにしていたのだ。欧州の巧妙な外交の前に太平洋は翻弄されるといった情勢が長く続いていた。
 しかしここで大きな転換点が訪れた。月での開発である。太平洋は太平洋で、欧州は欧州で開発を行った。これが対立のはじまりとなった。
 月の資源の配分で太平洋と欧州は真っ向から対立した。太平洋側は自分達の人口の多さから月の資源の殆どを要求してきた。だが欧州にとってそれを認めるわけにはいかなかった。太平洋は月の資源の九割以上を要求してきたのだ。そんなものはとても飲めなかったのだ。両者は激しく対立し月では武力衝突も懸念されるような一触即発の雰囲気となっていた。だがここで一つの国が動いた。
 ロシアである。ユーラシアのかなりの部分を国土に持つこの国はアジア、ヨーロッパにまたがって国土を有していた。この国は太平洋連合にありながら欧州とも太いパイプを持つ特異な立場にある国であった。その為に太平洋にあってはいささか異端の立場にあり欧州にとっては有り難い存在でもあった。時として欧州寄りの発言をすることもあった。
 この時ロシアは完全に太平洋の側に入った。ここには情勢が太平洋に有利なのと後の資源の配分でロシアにかなりのものが約束されたからであった。それを勝ち取ったのは当時のロシア大統領イワノフ=グルーチンと外相であるセルゲイ=コリーニスキーである。彼等はロシア特有の力に頼った外交ではなく機を見て敏に動く外交を得意としていた。その為にこれができたのであった。
 ロシアが完全に太平洋側になったことで欧州の劣勢は明らかとなった。太平洋連合の本部があるシンガポールにおいて月の資源の配分を取り決めたシンガポール条約を結ばされた。これは太平洋の要求がそのまま条約となった欧州にとっては甚だ不公平なものであった。そもそも敵の本拠地で結ばされた条約であるというのがこの条約の性質をあらわしていた。欧州は敗れたのであった。
 暫くは太平洋にとって有利な状況が続いた。彼等は月だけではなく火星や水星、金星等でもその資源をほぼ独占した。インドは彼等についたので資源を得ることができた。欧州は僅かなものしか手に入れることができなかった。自然と国力に差ができそれは最早どうしようもないものになるかと思われた。だがこの時に欧州に一人の英雄が姿を現わしたのであった。
 彼こそブラウベルグであった。彼は欧州議長に就任するとすぐに精力的に動いた。まずは宇宙開発をこれまでの惑星ではなく小惑星に重点を置いたのであった。これはシンガポール条約の盲点をつくものであった。これにより欧州は小惑星からかなりの資源を手に入れることができた。
 これを太平洋側が快く思わないのは当然であった。彼等は何とかしてこのブラウベルグを排除しようと考えた。スキャンダルを調べたがなかった。最終的には暗殺が計画された。
 だがこれは失敗した。狙撃、毒殺、いずれも失敗した。そして逆に暗殺を計画したアメリカ、中国、ロシアの責任が問われた。これによりそれ等の国で政変が置き欧州に多額の賠償金が支払われた。これにより太平洋は彼に対して何もできなくなった。
 しかし彼等は欧州に対する対抗を諦めたわけではなかった。むしろその対抗心をさらに強め連合を形成した。国際連合を基とするこの組織は太平洋、ブラックアフリカ、旧ソ連諸国等から構成され全人類の殆どを占めていた。彼等はまずその数の力を以って欧州を排除しようとした。
 結果的にそれは成功した。彼等は宇宙開発のかなりの部分を獲得することに成功し、欧州を僻地に追いやることに成功した。そして彼等は今の連合を形成していったのである。
 これに対して欧州はエウロパと名を変えた。こちらはEUを基礎としている。ギリシア神話の少女の名を冠したこの国と連合は一千年の長きに渡って互いに睨み合ってきた。だがそれが武力衝突になることはなかった。それは彼等の国境がブラウベルグ回廊という一つの回廊によってのみ隔てられていたからであった。
 この回廊のそれぞれの出入り口に連合もエウロパもそれぞれ要塞を置いた。連合はガンタース要塞群、エウロパはニーベルング要塞群である。彼等はこの要塞群を以って守りとした。十個艦隊が上下に固まって通行が可能なこの回廊は双方にとって防衛上極めて重要であった。今この回廊を激しい緊張が支配していた。
「あちらからまだ反応はないか」
「はい」
 エウロパ側の出入り口にあるニーベルング要塞群。ニーベルング星系にあるこの要塞群は一個の惑星を中心として十六の人工衛星から構成されている。中心にあるニーベルング要塞は惑星を一つまるごと要塞としたものであり巨大な主砲と無数のビーム砲座、ミサイルランチャー、魚雷口を持っておりその周辺に攻撃用衛星十六個を配備している。そして星系全体が武装され百個艦隊の駐留が可能である。連合のガンタース要塞群には劣るがそれでも難攻不落の要塞として知られていた。
「ニーベルング要塞群がある限りエウロパに入ることは不可能である」
 数百年前のエウロパ軍務相ルチアーノ=デル=ライモンディはそう豪語した。この人物は多分に大言壮語癖があったが連合の者は誰もそれを否定することができなかった。実際にこの要塞の堅固なことは誰もが知っており、そして当時は連合には連合軍はなかった。各国で軍を持っている時代だったのだ。
 だからこそこのライモンディはこう豪語したのである。だが彼は決してこちらから攻め込もうとしなかった。連合が動かないのでよしとしていた。それはエウロパと連合の国力の差をやはり知っていたからであった。大言壮語癖の人物ながらそうしたことは冷静に見ることができたのだ。
 ガンタース要塞群はニーベルング要塞群の比ではなかった。連合側の回廊の出入り口にあるガンタース星系の十五の惑星全てを要塞としたものでありその衛星も全て要塞化していた。全ての惑星が主砲を持ち、その周辺には十二個ずつ人口の武装衛星があった。衛星にまでそれぞれ六つずつの武装衛星がある程であった。艦隊の駐留可能数もかなりのもので今ここに連合の艦隊の大部分が集結しているのだ。エウロパはこのガンタース要塞群から片時たりとも目を離すことができなかった。
「もう一度聞く」
 ニーベルング要塞群の防衛司令官であるドン=ファブリチーニ元帥は指揮所にてスタッフに問うていた。太い眉に彫の深い顔立ちの男であった。
「まだあちらは動いてはいないな」
「はい」
 そのスタッフはレーダーを見ながらそれに応えた。彼もまた真剣な顔であた。
「そうか。ならばいい」
 彼はそれを聞いてとりあえずは胸を撫で下ろした。だが彼はまだ完全に安心してはいなかった。
「だが来るのはわかっている」
「そうですね」
 スタッフの一人がそれに答えた。
「彼等は既にガンタース要塞群に集結しているのですから」
「ああ。だからこそここから離れることはできない」
 ファブリチーニはそう言いながら回廊に目をやる。その向こうには連合軍が集結して出撃を待っている。それは彼にもわかっていた。
「司令」
 ここで若い士官が指揮所に入って来た。
「どうした」
「シュヴァルツブルグ閣下からお電話です」
「軍務相から」
「はい。如何なされますか」
「出よう。さて」
 彼はここで隣にいる副司令官であるエレク=ヴァン=フランド上級大将に顔を向けた。
「暫く指揮を頼むぞ」
「ハッ」
 彼は敬礼してそれに応えた。今ニーベルング要塞群は二十四時間態勢で配置についていた。ファブリチーニもそれは同じであり三交替で配置についていた。彼がいない間は副司令やそれに次ぐ者が指揮にあたっていた。
 ファブリチーニは隣の部屋に入った。ここは通信室となっていた。彼はそこに置かれている電話を手に取った。そして出た。
「はい」
「私だ」
 電話の向こうからシュヴァルツブルグの声がした。低く重い声であった。
「連合軍はまだ来てはいないか」
「はい」
 彼はそれに答えた。
「既にガンタース要塞群に二千個以上の艦隊が集結しているようですが」
「そうか」
 シュヴァルツブルグはそれを聞いて電話の向こうで頷いた。
「それでは近いうちに来るな」
「それは間違いないかと」
「ふむ」
 シュヴァルツブルグはあらためて考えた。
「そちらの艦隊は戦闘態勢に入っているな」
「無論です」
「ならばいい。何かあったならすぐに援軍を送る」
「はい」
「ニーベルング要塞群が要だ。何としてもそこで防いでくれ、いいな」
「ハッ」
 ファブリチーニはそれを受けて敬礼した。そして言った。
「この命にかけても」
「頼むぞ」
 シュヴァルツブルグはそう言うと電話を切った。受話器を置いたファブリチーニは指揮所に戻った。そして指揮を再開するのであった。

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