第八部第五章 宣戦布告その二
「食糧は何とかなるでしょう。ですが」
「他の生活必需品が問題ですね」
「それです。それについては一つ私案があるのですが」
「それは」
「工作艦です。そして陸上部隊の工兵隊です」
そしてその二つを出してきた。
「彼等を使えばそれで市民達の生活をすみやかに回復させることが可能であると思います」
「成程」
「それだけではまだまだ足りないでしょうが。最低限のことは可能だと思います」
「わかりました」
高官達はそれを受けて頷いた。
「それでは焦土戦術の際にはそのように」
「お願いしますよ」
「はい」
こうしてこの話はこれで終わった。それでおおむねのことは終った。そして会議は終了した。
八条は自室に戻った。そしてテレビのスイッチを入れた。連邦中央議会下院の審議会の実況中継である。
「さて」
彼は今何について議論が行われているのかよくわかっていた。だからこそ見ているのだ。
「どうなるか楽しみだな」
「既に結果はわかっておりませんか」
木口が彼に対してそう言った。
「それはそうだけれど」
八条はその言葉に思わず苦笑した。
「それでも見ておきたいじゃないか。一体どうなるのかをね」
「そうですか」
「うん。いよいよ審議が終わったな」
そして裁決が行われた。それぞれの議員の席のボタンが押される。それにより裁決が行われるのである。
結果はすぐにわかった。それによりエウロパに対する宣戦布告が下院において可決された。八条はそれを見て何かを思ったような顔になった。
「後は上院、そして各国の首脳の裁決だけれど」
「はい」
「この結果と話を照合する限りまず開戦だね」
「そうですね」
木口もそれを聞いて頷いた。
「ただこういう結果になるとは思いませんでしたね」
「何が」
「いえ、全会一致だったじゃないですか」
「確かに」
「それが意外でした。反対派も僅かにいると思っていたのですが。個人的には」
「議決まで時間があったからね」
八条は言った。
「意見調整もできたろうね。けれどそれだけじゃない」
「といいますと」
「やはり歴史的なものがあるね。我々は一千年もの間いがみ合ってきた」
「それですか」
「やはりそれが一番だろう。何時かはこうなることがわかっていたと思うよ、皆」
「それを言われますと」
木口も実はそう思っていた。
「私もいずれ連合とエウロパは戦う日が来るものと思っていましたが」
実際にそれをテーマにした小説が連合においてもエウロパにおいても昔から多量にあった。面白いのはどちらも自分達が勝つというシナリオであったことだ。
「まさかそれが自分達の時代だとは思わなかった」
「はい」
「私もだよ。あと問題は」
「何でしょうか」
「オリンポスを陥落させるかその前の戦いに勝利してからだな。外交交渉に入ることになると思う」
「外交ですか」
「エウロパを滅ぼすことは問題外だ。そんなことをしたら大変なことになってしまう」
「そうでしょうね」
それは容易にわかることであった。エウロパを滅ぼし併合した場合その一千億の市民が新たに連合市民となる。彼等がすみやかに連合市民となるとは誰も思ってはいないし歓迎もしていなかった。一千年の対立関係故だが問題はそれだけではない。彼等はこの一千年の間に文化どころか文明レベルで大きく異なる存在となってしまっていたのだ。それは貴族主義やそうした話だけではなかった。最早根本から異なる存在となってしまっていたのだ。
それはとりわけ言語にあらわれていた。連合においては銀河語を使用している。英語と中国語、スペイン語、日本語、そしてその他の言語が合わさった言語である。当初は英語を公用語としていたのだが自然と出来上がった言語である。二十一世紀までの言語は残ってはいるが最早研究の対象でしかない。連合はそれを使い生活を送っているのである。それに対してエウロパでは公用語はラテン語とされている。だがそれぞれの国の出身者の名を見ればわかるように英語やフランス語、ドイツ語も残っている。これはラテン語自体が各国の言語の母体であるから残せたのである。言うならば方言である。
貴族は称号をつける。例えばドイツでは『フォン』をつける。フランスでは『ド』、イタリアでは『デル』となる。モンサルヴァートが『フォン』という称号をつけているのは彼がドイツの貴族であるからに他ならないのである。これは各国で共通していることである。
その他にも様々な問題があった。分裂し、戦争状態にあっても同じ文化、文明を共有するサハラとは全く異なっているのである。その為無理に併合しては深刻な問題を引き起こす危険すらあるのだ。それは八条にもよくわかっていることであった。
「今回の戦争の発端はバチカンだったね」
八条は言った。
「バチカン経由でエウロパの諜報員が入って来ましたからね」
「それだ。それが問題となったことにより起こったことだった。では解決する方法としては」
「バチカンをどうするか、ですか」
「そういうことになるね」
八条は我が意を得たように頷いた。
「しかしバチカンに対しては何もできませんよ」
「というと」
「法皇には誰も手をつけられないでしょう。影響を考えますと」
「そういうわけでもないよ」
だが八条はそれに対して落ち着いて返した。
「教皇のバビロン捕囚は知っているね」
「ああ、あれですか」
木口はそれを聞いて頷いた。
フランス王フィリップ四世と教皇ボニファティウス八世との間で聖職者の課税問題で衝突があった。フランス王はそれに対して兵を派遣して教皇を捕らえた。『アナーニの屈辱』である。教皇はこれにより憤死した。一見教皇が被害者に見えるがあながちそうとも言えない。当時教会の腐敗は目を覆わんばかりでありこの教皇も政敵を次々と追い落としている。そして神を否定し快楽や富こそ正義であると説いていたのだ。これが教会の実態であった。言うならば教皇もフランス王も同じ穴の狢なのであった。フランス王の方が何枚も上手であったが。
フランスはそれだけでなく法王庁を自国領であるアヴィニョンに移した。これが『教皇のバビロン捕囚』であった。さらにイギリスと神聖ローマ帝国がバチカンに教皇を立てたので教会は分裂してしまった。『シスマ』である。
それは八条達も知っている。だからこそここで話を出したのだ。
「しかしあれは」
「問題があると言いたいのだな」
「そうです。宗教に政治が関わるのはどうかと思うのですが」
「確かにな。だが今回は話が別だ」
彼は木口に対してそう言った。
「バチカンを放置しておくとまた諜報員が入って来る。バチカンの意思とは関係なくな」
「はあ」
「それを防がなくてはならない。ならば方法は一つだ」
「連合にバチカンを移動させるのがそれですか。それを行ったらどうなるでしょうか」
「まず連合内のカトリック信者は大喜びだろうな。自分達のところに教皇が来るのだから」
まずはこう言った。
「今までは連合のカトリック信者達はバチカンに行くことができなかった。一千年もの間彼等は唯バチカンから派遣される聖職者達の声を聞くだけだった」
「はい」
「それが変わる。これからは彼等は直接バチカンに行くことができる。そしてそれにより人が動く」
「交通や他の産業にも影響すると」
「そうした話も出ているね。実際はどうなるかわからないけれど」
「それでもかなりの人や金が動くのは事実でしょうね。特に旅行産業が」
「彼等が一番躍起になっているという話は実際に出ているよ」
八条はここでそう言った。
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