第三十二部第二章 誘いその一
誘い
モンサルヴァートは多忙を極めていた。宇宙艦隊司令長官になってからも統帥本部長であった時と同じだけの仕事を抱え卿もまた書類の山を前にしていたのである。
「では閣下」
彼の前に立つ士官が声をかけてきていた。
「この書類はこれで」
「全て決裁した」
その士官に対して述べる。見ればその士官の階級は少佐である。まだ若いところを見ると貴族階級出身であることを伺わせる。
「だから。持って行ってくれ」
「はっ、わかりました」
少佐は敬礼をした後でその書類の山を受け取りそのうえで部屋から消えた。それからも彼の激務は続き書類を次々と処理していっていた。部屋に詰めている他のスタッフ達も同じである。
「閣下」
その中でスタッフの一人が彼に声をかけてきた。
「一つ御聞きしたいのですが」
「どうした?」
「現在の艦隊数ですが」
彼が言うのはこのことだった。
「現状で宜しいのですか」
「現状か」
「はい」
もう一度彼に対して言ってきた。
「数字のうえでの現状で。宜しいのでしょうか」
「総統はそう仰っている」
「総統がですか」
「既に議会でも承認された。数字においての数で行く」
「左様ですか。数字のうえでですか」
今エウロパ軍は五百個艦隊を保有している。これは連合との戦争前に増員して編成したものである。だがその連合との戦争により数を大きく減らし実質には三百五十個艦隊程度の数しかないのが実情だ。それだけ連合との闘いで消耗してしまったのだ。
「それでは五百で」
「随時実数もそこに戻していければいいがな」
「そうですね。それは」
「しかし。今はな」
また一枚書類を決裁し終えてからぼやくモンサルヴァートであった。
「無理な話なのはわかっている」
「確かに」
「あまりにも戦死者が多い」
エウロパ軍はこの戦争で全軍の三割を失った。しかもただの三割ではない。予備兵力まで組み込んでの三割である。つまり今確かに戦える戦力は開戦前の三割しかいないのだ。
「だからな」
「今は補充は無理ですか」
「今のところはだ」
あらためて述べるモンサルヴァートだった。
「残念なことだが」
「人員はそうなりますか」
「何処かで補充できればいいが」
こう思わずにいられないのは彼が宇宙艦隊司令長官だからだ。艦隊を統率する者として当然の考えであった。
「今はな。それよりもやることが多過ぎる」
「エウロパ全体として」
「そうだ。軍はそこまでは触れてはいないが」
「はい」
あくまで軍務だけである。軍人の発言権が比較的強く現役武官であっても閣僚となることのできるエウロパであっても軍人が行える仕事の範囲は軍のことについてだけである。他の民生やそういった部分はそれぞれの官僚が受け持つのはエウロパもまた同じである。
「それでもだ。あまりにも多いな」
「全くです」
「艦隊にしろだ」
ここで話を艦隊に関することに戻すモンサルヴァートだった。
「人員の他には」
「まず艦艇ですか」
「四割近くが撃沈若しくは破損しているな」
「その通りです」
別のスタッフから報告があがった。
「そのうち完全に破壊されているものは二割です」
「二割か。思ったより少ないか」
「少ないでしょうか」
「ああ、少ないな」
あらためて言うモンサルヴァートであった。
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