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第八部第四章 総動員令その二
「逃げたりなぞはしない。それは理解してくれ」
「わかりました」
 二人は彼の覚悟を受けて応えるしかなかった。
「それでは我々は仕事に取り掛かります」
「うむ、頼むぞ」
 ラフネールはそれに応えた。
「エウロパは卿等にかかっているからな」
「ハッ」
 二人は敬礼してそに応えた。そして部屋を後にした。
 官邸の廊下を進む。壮麗な装飾が所々に見られる。その中に溶け込むようにしてエウロパの美麗な軍服が見られる。連合の軍服が機能性を重視しているのに対してエウロパのそれは華麗さを強調しているのである。これはとりわけ将官の軍服がそうである。
 准将以上の者の軍服は丈が長くなっている。くるぶしまでかかる程長く赤と黒だけでなく金や銀も入っている。そして大将以上になると身に纏うのは軍服だけではなくなる。マントも羽織るのである。大将は白、上級大将は黒、そして元帥は赤となっている。シュヴァルツブルグもモンサルヴァートも華麗な軍服の上にマントを羽織っている。
 見れば官邸にも最近軍服の者が増えていた。それも丈の長い軍服の者が。マントを羽織っている者もやはりいた。
 二人は彼等の敬礼を受けながら廊下を進んだ。そして車の中に入った。モンサルヴァートはそれからシュヴァルツブルグに対して言った。
「軍服の者が多くなりましたね」
「そうだな」
 彼はそれに答えた。
「今の状況だとな。致し方あるまい」
「はい。それだけエウロパが困難な状況に置かれているということです」
「ところで前の情報部長のことは聞いているか」
「フィレンツォ=ディ=シリアーニ大将ですか。確かステッラの件の責任をとり辞任したのでしたね」
「そうだ。彼はその後故郷に帰っていたが」
「はい」
「今日自ら命を絶った。朝にその報告を受けた」
「そうですか」
 モンサルヴァートはそれを聞いて暗い顔になった。
「優秀な人物でしたが」
「自責の念に負けたのだろう。気の毒だが」
「誰よりも責任感の強い者でしたからね」
 モンサルヴァートも彼をよく知っていた。
「後日彼の送別式が執り行われる。だが参加者は身内の一部の者だけに限るらしい」
「密葬ですか」
「本人の生前からの願いでな」
「そういうことですか。ですが我々も」
「わかっている。何時ヴァルハラに行くかわからないからな。その覚悟はしておいてくれ」
「はい」
 ここで軍務省に着いた。二人は車を降りた。
「さて」
 出迎えを受け中に入る。そして軍務相の執務室に入った。
「総動員令だが。一体どれだけの兵が集まるかな」
「無駄に徴兵しても意味がありませんからね」
「そうだ。一千年前ならともかくな」
 世界大戦の折には学徒動員や果てには中学生にまで銃を持たせて戦場に送った。ナチスやソ連などは中学生にまで銃を持たせていたのだ。無論女性の兵士もいた。そういった極限の状況であったのだ。
 これに対して総動員令を出しながら窮地に陥るまで学生や子供を戦場に送るのに躊躇していた国があった。日本であった。アメリカですら開戦と同時に学徒動員を行ったのだが日本は躊躇った。学生や子供を戦場に送りたくはないという考えが確かにそこにはあった。甘いと言えば甘い。日本軍も決して鬼ではなかったのだ。その甘さは常に何処かに現われていた。それが為に敗れることとなっても。
「今何も知らない若者を戦場に送ることは出来ない。ましてや平民達を」
「はい」
 ここで平民と言ったがシュヴァルツブルグには平民に対する差別意識はなかった。ここでは彼はそうした者達を守ることこそが貴族の務めであり一般市民を戦場に出したくはないという思いがあったのだ。
「産業は確かにそう移行されるべきだが。それでも人となるとな」
「無駄に数が多くとも戦力になるとは限りませんしね」
「そういうことだ。兵士になることができるのはやはり限られた者達だけか」
「でしょうね。そちらは実質的には選抜徴兵制になります」
「うむ。技術者やとりわけ屈強な者達だけを選ぶとしよう。それでどれだけ集まるか」
「五百個艦隊規模程かと」
「あとは地の利を生かすか。これで何とか守りきるしかない」
「はい。非常時には総督府の兵を本土に向けられるようにしておきましょう」
「それもあるな。いざという時にはな」
「動かさねばならない。これはマールボロ元帥の仕事だな」
「あの人ならそれについては心配ないですが」
 マールボロは温厚ながら冷静沈着な指揮bホならない。これはマールボロ元帥の仕事だな」
「あの人ならそれについては心配ないですが」
 マールボロは温厚ながら冷静沈着な指揮で知られていた。だからこそ総督府を任されているのである。伊達に元帥になったわけではないのだ。
「タンホイザー上級大将もいる。だが要塞の防衛も強化しておかなければならないぞ」
「やはりあの要塞群が最初の防衛ラインとなりますからね」
「サハラ方面から来ない限りはな」
 シュヴァルツブルグもそれを考えないではなかった。ハサンを通過し総督府から攻め入るルートだ。だがこれはいささか非現実的なのはもう言うまでもないことであった。
「あの要塞群には兵も集められるだけ集めておきたいな」
「はい。百個艦隊程が宜しいかと」
「うむ。それは卿に任せよう」
「ハッ」
 モンサルヴァートは敬礼してそれに応えた。
「まずはそこで食い止める。そしてだ」
「はい」
「その間に一般市民を安全な場所に避難させながら我々が戦う。そして最終的には然るべき場所で決戦を行いたい」
「それまでに出来るだけ敵に出血を強いていきたいですな」
「そうだな。決戦の場が何処になるかだ」
「そうですね。それはおそらくオリンポスの前になります」
「首都の前になるか。やはりな」
「このオリンポスだけは敵に譲り渡すわけにはいきませんから」
「その際は私も出撃する」
「はい」
「そしてそこで彼等を倒すぞ。よいな」
「わかりました」
 彼はそれを受けて再び敬礼した。
「無論私も戦場に赴きますので」
「そうでなくてはな」
「はい」
 彼はまた応えた。
「その前に卿はしなければならないことがあるな」
「それは」
「卿はまだ結婚していなかったな」
「それですか」
「うむ。戦場に行く前に式を挙げてはどうかと思うのだが」
「それには及びません」
 しかし彼はそれをやわらかに拒否した。
「何故かね」
「戦いが終わってからにしようと考えておりますから」
「戦いの後でか」
「はい。勝利の女神に祝福されながら式を挙げるのがよいかと思いまして」
「わかった。ならばそうするがいい」
「はい」
 彼は答えた。彼はこの戦いに勝つ自信があった。そして生きる自信があったからこそこう言えるのであった。
「敵は数で押してくるだろうな」
「それはわかっております」
「あとは敵の国防長官である八条義統だが」
「かなり優秀な男であるようですね」
「元々は軍人だったそうだな。それも補給担当の」
「そうだったのですか」
「だから戦略も補給を重視したものになるだろう」
「補給路を攻撃するのはあまり効果がないかも知れませんね」
「それはあるな。まして八条長官は慎重な男だと聞く」
 彼等も八条についてはおおよそのことは調べていた。
「侵攻は速度自体は緩やかなものとなるだろうがな」
「しかし的確に進んでくるでしょうね」
「うむ。その間に何度か攻撃を仕掛けるぞ」
「はい」
「もう一つ問題もあるが」
「彼等の装備ですか」
「かなりの重装備だそうだからな。とりわけ」
「ティアマト級巨大戦艦」
「それだ。我が軍の将兵達にもかなりの脅威を与えているのがわかるな」
「はい」
 これはモンサルヴァートもよくわかっていた。
「あの戦艦を何とかしたいのだが」
「一隻沈めることができれば違うのでしょうが」
「それすらも可能かどうかわからないな」
「はい。ですがやらなければなりません」
「うむ」
 その言葉には悲壮な決意すら漂っていた。
「あの戦艦は連合軍の象徴なのですから」
「それを沈めることが出来れば士気も大きく変わるということだな」
「はい。その通りです」
 彼は答えた。
「だができるか」
「やらねばなりませんが」
 モンサルヴァートの顔は深刻なものであった。
「要塞の主砲で何とかなるといったものでしょうか」
「ううむ」
「それを考えるとかなり難しいかと思います。後はコロニーレーザーで撃つ位です」
「将に要塞だな」
「はい」
「それが千隻単位で来る。よくもまあそんなことができるものだと感心すらするが」
「それを何とかしなければならないのも事実です」
「そうだ」
 シュヴァルツブルグも顔も深刻なものであった。
「我が軍の戦艦は連合の戦艦に比して小さい。いや」
 彼は言葉をあらためた。
「軽巡と同程度か、向こうの」
「少なくとも火力や防御力、艦載機のデータ上ではそうなっております」
「敵は速度よりも攻撃力、防御力に重点を置いた設計をしている。おそらく生存能力に重きを置いたのでしょう」
「だろうな。我が軍のそれとは設計思想が異なる」
「はい」
 エウロパの艦艇は速度、すなわち機動戦に重点を置いている。その為か艦艇の形も連合のそれのように武骨なものではない。優美なものとなっている。宇宙空間においては空気抵抗なぞなく形は関係ないのであるが速度を重んじるのが形になって現われたのであろうか。
「我々としては機動力で挑むか。そして」
「兵士それぞれの強さで対抗しましょう。最低限戦意を保ちながら」
「口では簡単でも言うには難し、だな」
「はい」
 それはモンサルヴァート自身が最もよくわかっていることであった。
「戦意は本土防衛ということもあり高いのが救いですが」
「それが何時まで続くかはわからないな」
「ですね。それに連合がどのような工作をしてくるかわかったものではありません」
「工作は彼等は得意ではなかった筈だが」
「今までは。これからはわかりません」
「連合内部では産業の分野において各国で熾烈な工作があるというがな」
 連合においては武力の衝突は絶えてないことである。設立当初から参加国間での武力衝突や紛争はなかった。だがそれは武力の面においてだけであり、産業や外交においては熾烈な争いが常にあった。裏では足を引っ張り合い、陥れ合うのもよくあることであった。これを調整するのもまた中央政府の仕事であった。連合は決して一枚岩の組織ではないのだ。とりわけ大国の間ではそうである。日米中露、トルコ、ブラジル等の大国の間では常に激しいやりとりが行われる。大抵は二国間の争いに他の国が仲裁し、その見返りを受けるという形になる。これは小国の間でも頻繁にある。とかく一つの絶対的な権力というものが強いて言うならば中央政府以外にないということが大きく関係していた。その中央政府にしろ設立からかなり長い間はそれ程権限が強くはなかった。それでもここまで連合がもったのはやはり紛争が起こっても当事者達を納得させられるものが連合にはあったからである。それこそが開拓地であった。領土や資源、産業、経済での問題は新たな開拓地を負けた側に提供することで収まるからだ。これはサハラやエウロパにはないものであった。そういう意味では連合は非常に恵まれているのだ。人というものは物が手に入ればそれで矛を収めるものであるからだ。
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