ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
第八部第三章 異邦人その六
「そうですね。やはり見積もりではエウロパ全土を占領、維持できるだけの額が必要だとのことですが」
「膨大なものになりますね、それは」
「実際に全土を制圧しなくともそれだけの資金は必要だとの見積もりです」
「そこまで出せるかどうかといいますと」
「難しいですか」
「残念ですが」
 サックスはそう言って断った。
「それの八割程ならいけると思いますが」
「八割ですか」
「そうです。それで妥協して頂けないでしょうか。申し訳ありませんが」
「そこを何とか」
「いや、しかし」
 ここから静かであるが熾烈なやりとりがはじまった。財務省にも財務省の計画があるし、国防省にも国防省の計画がある。従って双方共退くわけにはいかなかった。
 やがて話は終わった。双方は妥協案を出し合った。
「では要求の予算の九割ということでどうでしょうか」
 二人はほぼ同時に同じ提案を切り出した。
「ムッ」
 それを聞いてお互い眉を上げた。
「決まりですね」
「はい」
 二人は頷き合った。こうしてシャリアピンは予算を何とかかくとくしたのであった。そしてそれはすぐに八条に報告された。
「九割ですか」
 八条は執務室でその報告をシャリアピン本人から直接聞いた。
「はい、申し訳ありませんが」
「何、それだけあれば充分です」
 しかし彼はそれを咎めようとしなかった。
「むしろ私が予想したより遥かに多い額で嬉しい限りです」
「そうなのですか」
「ええ。私が以前日本軍にいたことは知っていますね」
「はい」
「治安がいいせいか軍にはあまり予算を回してくれなくて。やりくりにはかなり苦労していたのですよ」
「そうらしいですね」
 日本の軍事費にかける割合の少なさは連合においても有名であった。少数精鋭、清貧と言えば聞こえがいいが歴代政権が軍事に対していささか手を抜いていたという側面は否定出来ない。実際に予算は少ないのに兵器は全て国産にこだわり輸出もせず、少しずつ作っていくので異常に高い兵器となっていた。その皺寄せはしっかりと他の分野に及んでいた。
「時には要求した額の三割程しか貰えなかった時もあります」
「それで何か出来るのですか?」
「やらなければ仕方ないので。いつも何かしていましたよ」
「そうなのですか」
 彼はそれを聞いて何故八条が予算の配分に長けているかを知った。過去の経験からだったのだ。
「私は大尉で退官しましたがね」
「はい」
「それでも色々とやりくりには苦労しました。しかも補給担当でしたので」
「補給担当でしたか」
「ええ。経理とね。これは以前お話しなかったでしょうか」
「いえ」
 これは流石に初耳であった。
「そうですか。なら仕方ないですね。それで船の会計等を担当していたのですが」
「大変でしたか」
「ええ、それはもう。とにかく予算がなくて」
「しかしそうしたことはある程度裏帳簿があるものでしょう」
 軍にもそうしたものは存在する。褒められたものではないがそれを持っており、上手く使うのもまた補給関係の人間としての力量の一つであった。
「それが我が国の会計はそうしたことへの監視が厳しくて」
「できませんか」
「はい。それにそれは邪道ですよ」
 ここで八条の潔癖症が出て来た。
「そういうことをしても結局は同じですよ」
「そういうものですか」
「はい。そうした努力をするよりやはり限られた予算を上手く使うことですね」
 それは正論であった。
「それが出来ないと同じことですから」
「それはそうですが」
 だが彼のそうした生真面目さにやはり戸惑いを覚えずにはいられなかった。よくないことは事実であるがそれを上手くするのもステータスと見られる風潮が確かにあるからだ。
「それで私はそういう考えで補給長をやってきました」
「上手くいきましたか」
「何とか。やろうと思えばやれるものですよ」
「左様ですか」
 だが相当な苦労があっただろうと予想できた。しかも容易に。だがあえてそれを選んだのはやはり金銭に困ったことがないという彼の独特の金銭に対する考えからくるものであろうと思った。そして同時にやはり彼はそうした裏の道を歩くことはできない人間だと思った。
「九割もあれば充分ですよ。ここは私に任せて下さい」
「充分ですか」
 これは彼にとっては致命的なリスクであったが八条はそうは考えていなかった。
「充分過ぎる程です。まあお任せ下さい」
「わかりました」
 シャリアピンは頷くしかなかった。彼のその微笑を見てしまったからだ。
 八条の魅力の一つとしてその微笑みがある。整った顔で優美に微笑むのだ。これにより多くの者の心を捉え選挙にも有利に進めてきた。政策や演説以外にもそうした魅力も政治家にとって必要なのだ。彼はごく自然にそうしたことができる人間であったのだ。
「それではお願いします」
「はい」
 これでこの話は終わった。ここでディカプリオが部屋に入って来た。
「あ、次官もおられましたか。これは都合がいい」
「私も?」
「はい」
 ディカプリオは彼に対しそう答えた。
「今しがた面白い情報が入りました」
「面白い情報」
「それは一体」
 八条もそれに興味を覚えた。
「宜しければお話してくれませんか」
「勿論です。その為にここに来たのですから」
 彼はそう答えて二人に話をはじめた。
「ティムール連合のシャイターン主席に妹がいるのは知っていますね」
「そうらしいですね」
「しかも絶世の美女だとか」
 二人はそれに答えた。
「しかしそれが一体」
「あちらの芸能界にデビューでもしたのですか」
 確かにそうなっても不思議ではない美貌ではあった。
「残念ですが違います」
 だがディカプリオはその問いを笑って否定した。
「もっと面白いお話です」
「もっと」
「はい。何だと思われますか」
「ううむ」
 二人はそれを受けて考え込んだ。
「婚約したとか」
 八条はポツリと呟いた。
「だとしたら婚約された御仁はかなりの幸せ者ですね。あれだけの美人はそうそうおりませんよ。私の妻程ではないでしょうが」
 ここでさりげなくのろけているがこれは他の二人になかったこととされた。実際に彼の細君は中々の美人として知られている。
「ご名答」
 ディカプリオはまた微笑んでそれに答えた。
人気サイトランキング site_access.php?citi_id=254078182&size=200小説・詩ランキングcont_access.php?citi_cont_id=343008101&size=200


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。