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第三十一部第五章 三本のワインその四
「三倍はな。それだけ置いておけば」
「勝てますか」
「少しでも勝利の可能性を高くしていく」
 バンダルは言う。
「出来る限りだ。だから」
「より以上の守りをですか」
「コムでの守りを越える」
 はっきりと言い切った。
「そして今度こそティムールを破るぞ。いいな」
「はっ、それでは」
「このことをブルコルジ陛下にも」
「すぐにお伝えする」
 バンダルの目の光が強くなった。決意の目であった。
「すぐにな。それではだ」
「行かれるのですね」
「暫くこの場を頼む」
 ここまで言うと踵を返した。それと共に背中のマントがたなびく。ハサン軍もまた将官はケープ若しくはマントを羽織っているのだ。これに関してはオムダーマン及びティムールと同じであった。マントはエウロパ軍が有名だがサハラ各国においても採用されている。採用されていないのは連合軍及びマウリア軍である。彼等はスーツ型の軍服の為にマントを採用しにくいのだ。またエウロパ風なのを嫌っていると理由、それに機能性を鑑みてのことでもある。
「それではな」
「はっ、それでは」
「どうぞお任せを」
「ギーヴ中将」
 しかし彼はここで参謀の一人としてここにいたギーヴに対して声をかけたのであった。先のコムでの戦いにおいても共に戦った二人だ。
「共に来てくれるか」
「はっ、それでは」 
 ギーヴ自身もそれに応えてきた。
「御一緒させて頂きます」
「頼む。陛下に進言したいことがあるからな」
「だからですか」
「そうだ。だからこそだ」
 また言うのであった。
「共に来て欲しい。いいな」
「わかりました。それでは」
「この戦いだ」
 またこのアッサルームでの来たるべき戦いについて述べた。
「この戦いに全てがかかっている」
「今後の西部戦線がですね」
「下手をすれば西部戦線だけではない」
 今ハサン軍ではティムールとの戦いを西部戦線と呼んでいる。それに対してオムダーマンとの戦いは南部戦線と呼んでいる。戦略的に分けて考える必要がある為にあえてこう分けて呼んでいるのである。
「ハサン全体にとってもな」
「危機になると」
「時として一つの敗戦が連鎖的に続く」
 今の彼等がまさにそれだった。
「それは何処かで止めなければならない」
「止められなければ」
「破滅だ」
 今度は一言であった。
「それでな。全てが終わる」
「だからこそこのアッサルームでなのですね」
「首都の攻防はできるなら避けるべきだ」
 誰も心臓の側で争おうとはしない。その中ならば尚更だ。首都の荒廃はそのまま経済や流通だけでなく政治、行政に悪影響を与えるからだ。
「しかし。最早な」
「そうも言ってはいられませんね」
「残念なことにな。こうなってはだ」
「しかしなってしまったからには仕方がありません」
「その通りだ。そしてその為に勝利を手に入れる為に」
「今は陛下の下に」
 ブルコルジのことである。
「参りましょう。それでは」
「参ろうぞ」
「はい」
 こうして二人はブルコルジのところに向かった。ブルコルジはこの時己の宮殿にいた。宮殿とはいっても質素かつ武骨でありただ広いだけでそこには何の装飾も贅沢もなかった。クリスタルの窓もシャンデリアもなくただのガラスのそれしかない。絵画も飾られてはおらずカーテンは木綿だ。そんな質素極まりない宮殿のトレーニングルームで。女王は若い将校達を相手に今はフェシングに励んでいたのだった。
「遅いっ!」
「くっ!」
 すばやい一突きが一方の膝に入った。これで一本だった。
「これで五本ですね」
「その通りです」
 突きを入れた方は女の声でもう一方は男の声であった。しかも若い男の声である。周りにはフェシングの白い服を着た若い青年達がいる。彼等こそ女王の相手を務めているアヤグーズ軍の若手将校達なのだ。皆若く精悍であり非常に整った顔をしている。
「御見事です」
「貴方は脚に隙があります」
 女は言いながらここでまずは剣を収めた。そのうえでマスクを脱ぐ。そこから顔を露わにさせたのはブルコルジその人であった。白いフェシングの服が実によく似合っている。似合っているだけではなくその見事なスタイルをも現わしそこには艶さえあった。
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