第八部第三章 異邦人その五
「ほう」
二人はそれを見て思わず声をあげた。生春巻きとビーフンに大蒜を効かせた肉団子、ベトナム風のお好み焼きであった。それに白い御飯もある。米は細長い米であった。
「この米とは有り難いですね」
シャリアピンはその米を目にして目を細めた。
「長官は日本の方でして」
「それは知っていますよ。ならば」
「はい。長官は日本の米がお好きでしてね。私の舌には今一つ合わないのです」
「私もですよ」
サックスはそれに相槌を打った。
「どうもベタベタしているような気がしますね」
「そうです。それがどうも苦手でして」
彼はその顔を微かに苦いものにさせた。
「長官や秘書官の木口君はそれがいいのですけれどね。私は生憎」
「カレーなんかでもあの米ですよね」
「ええ。よく御存知ですね」
「日本に行ったことがありますから」
サックスはここでそう答えた。
「あそこで日本のカレーを食べたことがあります。やっぱりあの米でしたよ」
「そうでしょうね」
「ところがあのルーにはあの米が合ったりします」
「そうなのですか」
「はい。まあ料理に合ったということでしょうね」
「そうですか」
「ベトナム料理にはこの米が一番ですが」
「はい」
「和食にはあの米です。国防次官もそうは思われませんか」
「言われみれば」
彼はここで八条や木口達と共に食べた和食を思い出した。煮魚や野菜の煮付け等である。
「そうかも知れませんね。やはりあの米は今一つ好きにはなれませんが」
「米も料理を選ぶということですよ。では今は」
「このベトナム料理を楽しむとしますか」
「はい」
二人は箸を手にした。そして料理を口にしながら予算の話を再開した。
「この話八条長官は御存知ですよね」
「当然です」
シャリアピンはそう答えた。
「ですからここに来たのです」
「ですか。ならいいです」
サックスはそれを聞いて納得したようである。答えながら生春巻きを口に入れた。口の中に生野菜と海老の味が拡がっていく。
「私から提案して通してもらいました。とにかく今後エウロパと戦えるだけの戦費を調達しなければならないと。直訴でしたよ」
「直訴ですか」
それを聞いたサックスの箸が一瞬止まった。
「はい」
シャリアピンは眉一つ動かさずそれに答えた。
「直接申し上げなければ意味がないでしょう」
「確かにそうですが」
「長官は話のわかる方ですから。すぐに認めて下さいましたよ」
「よかったですね」
やはりワンマンな上司やリーダーはいるものである。サックスは企業におりそうした者を多くみてきた。そしてそれに反論する者が更迭されたり追い出されたりするのを見てきたのである。
「言われましたよ。それならお願いがありますと」
「お願い」
「充分な予算を貰って来て下さいとね」
「成程」
ここでサックスは肉団子を口に入れた。
「鳥、いや違うな」
「雉ですね」
シャリアピンがそれに答えた。
「雉」
「ええ、この味は」
シャリアピンも肉団子を口に入れていた。そして味わっていた。
「鳥と少し違うでしょう」
「確かに」
「そしてこれはカウナス星系の雉です」
「よくそこまでおわかりですね」
「私の出身地ですから。それに雉は好きで子供の頃からよく食べていました」
「そうだったのですか」
「はい」
彼は淀むことなくそう答えた。
「他にも鴨や鶉等もよく食べました。何しろ鳥が多い星でしたから」
「そうだったのですか。道理で」
「次官の故郷でも鳥はよく食べられますね」
「ええ」
彼はそれに答えた。
「鶏が主流ですけれどね」
「鶏ですか」
「はい。私はその中で軍鶏が好きですね」
「軍鶏。ああ、闘鶏で使われる」
日本やタイにおいてよく行われる競技である。鶏同士を戦わせるのだ。当然のようにそこでは賭けも行われる。競馬や競輪、同じジャンルで言うと闘犬と同じである。
「はい。年をとり引退した軍鶏の肉が好きですね。少し固いですが」
「固い肉はヨーグルトに漬けてくとよいですよ」
「そうなのですか」
「はい。これはマウリアでよく行われることですけれどね。そうすれば肉がかなり柔らかくなります」
「ふむふむ」
彼はまた団子を食べながら頷いていた。
「よい勉強になりました、それは」
「牛ならパパイアの酵素がいいそうです。アメリカ人でもなければ食べられないようなゴムの様な肉もそれで食べられるようになります」
「ゴムですか、アメリカ人の食べる肉は」
「私の顎にとってはそうです」
どうやらこのシャリアピンという人物は外見に似合わず意外と食道楽のようである。
「もっとも私が一番お勧めの肉料理はパパイアを使ったものではありませんが」
「といいますと」
「私の名を冠したステーキです」
「あれですか」
そう言われてサックスもすぐに気付いた。
「はい」
シャリアピンは頷いた。それはシャリアピン=ステーキである。二十世紀初頭に活躍したロシアのバス歌手フョードル=シャリアピンは美食家としても知られ、彼が日本に来た際とある料理人が彼を唸らせる為に作ったという。玉葱を利かせたワイルドなステーキである。
「あれは最高ですね」
「そうですね、確かに肉と玉葱は合う」
「はい。玉葱の辛みと実によく合って」
「そう言われると食べたくなってきましたよ」
「ははは」
二人はそんな話をしながら食事を進めていたが食べるものが少なくなってくると話をまた仕事の方に戻した。
「ところで予算の方ですが」
「わかっておりますよ」
サックスはそれに答えた。
「そちらも大変でしょう。ましてや今回は国家の大事」
「ならば」
「私としては予算を回すことにやぶさかではありません。議会もおそらく承認するでしょう」
「左様ですか」
「長官もおおむね了承して下さるでしょう。後は大統領と首相の裁決だけです」
「ならば大丈夫ですね」
「ところがまだ問題がありますよ。額です」
「額」
「それの如何によっては認められない場合もあります」
「国民にも、ですね」
「そうですね。今は開戦すべきだという意見が支配的ですしそれにより予算も通ると思いますが」
「予算の額によってはそれも変わると」
「はい。ですから私としてはあまり多くの額を要求されることはお勧めしません」
これは当然であった。国家の予算は軍事費だけに使われるものではない。連合のように多くの国家、市民で構成される国家において軍事費だけに予算を集中させるということは今までなかったことである。これは連合が長い間他国との戦争を行ってこなかったことも要因であるがやはり開拓やインフラ、植民、福祉に多くの資金を割く必要があるからである。それは連合にとって軍事より遥かに重要な事柄であるのだ。そしてシャリアピンも連合にいるからこそそれはよくわかっていた。
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