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第八部第一章 軍人と騎士その六
「彼等が手を結んだか」
 シュヴァルツブルグはそれを軍務省において聞いた。とある大貴族から寄贈された宮殿を利用したものであり、その壮麗さはエウロパにおいてもよく知られている。
「はい」
 モンサルヴァートはその前に立っていた。そしてそれを報告して頷いた。
「これで我々は東と南から包囲された形となりました」
「そうだな。表面上は不戦同盟であるようだが」
「実質的には軍事同盟と見て宜しいかと思います」
 少なくともエウロパにとってはそうであった。
「司令」
 ここでシュヴァルツブルグはモンサルヴァートの横にいるマントを羽織った男に声をかけた。彼の名はキーン=バルバロッサ=ローズという。栗色の髪に緑の瞳を持つ細面の美男子である。イギリスにおいて公爵の爵位を持つ大貴族であり、代々名のある軍人を輩出している武門の家の嫡男である。彼もまた騎士道精神を尊び、能力にも恵まれた人物でありまだ三十代半ばながら宇宙艦隊司令長官という要職に就いている。階級は元帥である。
「はい」
 ローズはそれを受けて応えた。
「艦隊の方はどうなっているか」
「ハッ」
 敬礼をした後で答える。
「既に三百個の艦隊の配置は終えております」
「そうか」
「その武装も整っております。連度、士気もかなりのレベルにまで達しております」
「何時でも戦うことができるということか」
「はい」
「ならばそちらはよいな。統帥本部長」
 今度はモンサルヴァートに声をかけてきた。
「ハッ」
「防衛計画の進展はどうなっているか」
「全てを整え終えました」
「そうか」
「首都を中心として。迎撃態勢は万全です」
「それではそちらも問題はないな」
「はい」
 彼は力強い声でそう答えた。
「それでは迎え撃つ態勢は整ったということだ。だが」
 シュバルツブルグの声はここで変わった。
「彼我の戦力差はよく認識しているな」
「無論です」
「はい」
 二人はそれぞれの言葉でそれに頷いた。
「手強い相手であることに変わりはありません。ですが」
「我等もエウロパの武人、逃げるわけにはいきません」
「そうだ」
 シュヴァルツブルグは強い声で頷いた。
「わかっているならいい。若し彼等がブラウベルグ回廊を越えここに来たならば」
「はい」
「私も戦場に向かう。よいな」
「わかりました」
 エウロパでは国防相が現役の軍人である場合も多い。だからこそ認められることであった。連合においては文民である。こういったことは出来ない。
「この度の戦いはエウロパの存亡を決する」
 シュヴァルツブルグの声はやはり強いものであった。
「だからこそ卿等にも一層の奮闘を期待する」
「はい」
「頼んだぞ」
「お任せ下さい」
 二人の声も強いものとなっていた。双方は来たるべき戦いの日に備えて着々と矛を磨いているのであった。
 モンサルヴァートはシュヴァルツブルグの部屋を出ると自身の執務室に戻った。暫くするとプロコフィエフが入って来た。彼女は敬礼をした後で答えた。
「連合の者がハサンとティムールにいたようです」
「やはりな」
 これはモンサルヴァートも予想していた。
「それも軍人が行っていたようです」
「連合にしては珍しいな」
「はい。しかも元帥クラスが行っていたとか」
「誰かわかるか?」
 連合には元帥は二十人しかいない。容易に特定できるのだ。
「そこまでは」
 だがプロコフィエフにもそれはわからなかった。
「ただそれにより我々の情報が彼等に伝えられた可能性があります」
「だろうな」
「それには防衛計画も入っていると思われますが」
「それは計算済みだ」
 だが彼は落ち着いていた。
「連合も馬鹿ではない。その程度は掴んでくるだろう」
「ですね」
「問題はそれでも彼等を防ぐことだ」
 その声が強くなった。
「わかるな」
「はい」
 プロコフィエフもそれは同じであった。
「では計画の最終段階も予定通り進めて宜しいですね」
「うむ」
「タンホイザー上級大将は何と言っていますか」
 彼女は元帥に昇進していた。タンホイザーとは階級が上になったのである。
「不平はないらしいな。マールボロ元帥も」
「それは何より」
「だがこれはいざという時の切り札だ。わかるな」
「はい」
 彼女は答えた。
「それまでに防がなくてはいけない」
「それはわかっております」
「では他の部分を詰めていこう。いいな」
「はい」
 彼女は頷いた。そして彼女は部屋を後にしようとする。だがここでモンサルヴァートが呼び止めた。
「待ってくれ」
「何でしょうか」
 彼女はそれを受けて振り向いた。
「式は何時だったかな」
「一週間後です」
 彼女は既に婚約者がいるのである。貴族の家らしく幼い頃から決められていた許婚である。
「そうか。相手は確か」
「ヤゲロー家です」
「そう、ヤゲロー家だったな」
 ポーランドの名家の一つである。侯爵の爵位を持ち学問の分野に大きな影響を持っている。
「夫君は確か学者だったな」
「はい。大学の教授です」
 彼女は答えた。
「そうか。幸せにな」
「はい」
 また答えた。いささか事務的と言えば事務的な返答であった。
 プロコフィエフも部屋を出た。モンサルヴァートはそれを見ながら考えた。
「私もそろそろだが」
 彼もまた婚約者がいるのである。
「だがどうなるかな」
 それが問題であった。戦争が近いのだ。
「終わらせてからだな、全ては」
 彼は式の延期を申し出ていた。理由は明白である。
「避けられないとすれば」
 彼は呟いた。
「勝つまでだ」
 そう呟くと机に向かった。そして仕事を再開するのであった。

 エウロパ軍はこの時全軍激しい訓練を行っていた。それは総督府においても同じであった。
「よし、行け!」
 タンホイザーは自ら陣頭に立ち訓練にあたっている。今は艦載機による攻撃の訓練だ。
 二つのチームに分かれそれぞれを攻撃する。だが実際に攻撃をするわけではなく、あくまで訓練である。だがその内容はかなり激しいものであった。
 艦載機が入り乱れる。そして互いに動く。その中で一際素晴らしい動きをする機があった。
「ムッ」
 タンホイザーはすぐそれに気付いた。
「あれに乗っているのは誰だい?」
 そして傍らにいる参謀の一人に尋ねた。
「あれは」
 問われたその参謀はモニターに映る赤いエインヘリャルを見ながら答えた。
「あれはエリザベート=デア=アルプ少佐の機ですね」
「エリザベート=デア=アルプ」
 それを聞いたタンホイザーの顔が考えるものになった。
「彼女がか」
 そしてこう呟いた。彼女のことを知らない者はエウロパ軍にはいなかった。
 エウロパ軍での伝説的なエースである。赤いエインヘリャルを駆り、多くの戦場で活躍してきた。まだ若いながらその撃墜機数は既に百を越えている。総督府軍においても右に出る者はいないとまで言われるパイロットである。
「はい。そういえばこの訓練に彼女の乗る母艦が参加しておりましたな」
「そうだったのか」
 タンホイザーはそれを聞いて頷いた。
「本人がエインヘリャルを駆るのははじめて見るな」
「そうなのですか」
「うん。こうして見ると」
 アルプの機の動きに目をやる。まるで流星の様である。
「素晴らしいな。まるで芸術だ」
「芸術ですか」
「うん。彼女の様なパイロットが増えることを期待するよ」
「わかりました」
 訓練は順調に進み終わった。タンホイザーは自室に戻りそこで一人くつろいでいた。そこに扉をノックする音がした。
「どうぞ」
 彼は素っ気無い声でそれに応えた。それに応えて一人のエウロパの軍服を着た女性が入って来た。
「んっ」
 それを見たタンホイザーは思わず声をあげた。小柄で金髪碧眼の美しい女性であった。金髪は長く後ろに波打っていた。
「エリザベート=デア=アルプ少佐です」
 彼女は敬礼をしてそう名乗った。
「この度司令の呼び出しに応じ参りました」
「呼び出し?」
 彼はそれを聞いて一瞬不思議そうな顔をした。だがすぐ元に戻した。
「ああ、うん。よく来てくれたね」
 彼は席を立ってそう答えた。
「では座って。話したいことがあってね」
「はい」
 彼女はそれに従った。タンホイザーに薦められるまま席に座った。
「今日の訓練のことだが」
「はい」
「凄かったね。いつもああなのかい?」
「今日ですか」
 だがアルプはそれを聞いて急に不機嫌になった。
「今日のあれは全く駄目です」
「全く!?」
「はい」
 彼女は素っ気なく答えた。
「あれでは戦死してしまうでしょう」
「戦死か」
「はい。パイロットは常に死と隣り合わせです」
「死か」
 だがタンホイザーはその言葉に反応した。
「それは戦場に立っていれば誰でも同じではないかい」
「はい」
 彼女もそれは認めた。
「ですがパイロットはそれが一際高いのも事実です」
「確かにね」
 彼もそれは認めた。
「では聞きたい」
「はい」
「卿は何故パイロットになろうと思ったんだい?」
 タンホイザーは事前にアルプについてある程度調べていた。その結果彼女は志願してパイロットになったという。それを知ったうえで問うたのだ。
「私の家は代々軍人でした」
「それも知っているよ」
 エウロパの貴族の家ではよくある話である。
「そしてその家訓にあります」
「家訓」
「はい。アルプ家の者は戦場においてっは常に死地に赴け、と」
「それがパイロットだったということか」
「それもあります。ですが他にもう一つ理由があります」
「それは」
「私の宿命だと思うからです。エインヘリャルに乗ることこそが私に定められた宿命だったと」
「宿命か」
「はい。これははじめて乗った時に感じました。私は乗るべくして乗ったのだと」
「そして戦場にいる、と」
「少なくとも私自身はそう考えます」
 彼はそう返した。
「私はワルキューレの生まれ変わりだとも思っています」
「ワルキューレか」
 タンホイザーはワルキューレという言葉を聞いて微かに笑った。エウロパの神話にある戦を司る乙女達である。嵐の神オーディンに付き従い、共に戦い、死者を運ぶ者達だ。
「それはいい。では卿は我が軍にとってのブリュンヒルデか」
「そうなりたいと考えております」
 そのワルキューレ達の中でも一際名のある者である。
「ではこれからも奮闘を期待する。近いうちに我がエウロパは未曾有の戦いに入る」
「はい」
「その時には」
 彼は言葉を続けた。
「加護を頼むよ。敵を思う存分屠ってくれ」
「期待通りに」
 彼女はそう答えて敬礼した。こうして話は終わった。
 エウロパもまた牙を研いでいた。そして連合にその牙を向けようとしていたのであった。
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