ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
第七部第五章 新たなる戦雲その六
 その声も顔も落ち着いたものであった。
「だが我々がやらなければどうなるかはわかるな」
「はい」
 それは容易にわかることであった。オムダーマンがサハラを統一しなければ滅亡しかないのだ。最早生き残りの意味も含んでいた。
「生き残りたいな」
「はい」
 それを否定する者もいなかった。
「無論です」
「よし」
 アッディーンはそれを聞いて満足そうに頷いた。
「それならばよいのだ。近いうちにまた戦う時が来る」
 彼は静かな口調でそう語った。
「サハラを統一するのは我等だ。わかっているな」
「はい」
「その為に私がするべきことは」
 彼は言葉を続けた。
「勝つことだけだ。それ以外には何も必要はない」
 軍人として語った。彼はあくまで軍人であった。しかし最早それだけではなくなってきていた。最早アッラーは彼に軍人以上のものを求めていたのである。
「憲法の改正案はどうなっているか」
 ブワイフは自身の執務室においてハラーイブに質問していた。
「はい」
 ハラーイブは一呼吸置いたうえで話しはじめた。
「国民の世論調査によりますとかなりの高支持率であります。七割を優に越えております」
「そうか」
 彼はそれを聞いて満足そうに頷いた。
「ならば問題はないな」
「はい」
 ハラーイブはまた頷いた。
「この副大統領制ですが」
「現役武官にも道を開く。非常時の為にな」
 ブワイフはそう語った。
「だがそれはあくまで非常時の為だ」
 だがその口調は普段のそれとは違っていた。
「これからはハサン、そしてティムールが相手だ。これまでの相手とは違う」
「はい」
「強国だ。油断はできない、決してな」
 険しい声であった。どちらかというとざっくばらんな普段の様子は何処にもなかった。
「その為の補佐官の意味もあるのだ」
「そうだったのですか」
「うむ」
 ブワイフは頷いた。
「シビリアン=コントロールは確かに優れたシステムだと思う」
 彼は文民統制について語りはじめた。
「しかし硬直させていいものではないのだ。軍人の考えも取り入れなくてはな」
「はい」
 ハラーイブもそれには賛成であった。だが彼女の考えは少し違う。
「しかし軍人はあくまで専門職です。軍人だけでは偏りが生じるかと」
 彼女の懸念はそれであった。だがブワイフはまだ考えがあった。
「わかっている」
 すぐにそう答えを返した。
「副大統領はもう一人置く。二人だ」
「二人ですか」
「そうだ。もう一人は」
 ここでブワイフはハラーイブを見据えた。強い視線であった。
「君だ」
 そしてその強い視線を浴びせながら彼女にそう言った。
「私ですか」
「そうだ」
 彼はそう答えた。
「首相には副大統領も兼任してもらう。席次は軍人より上とする」
「わかりました」
「それならば問題はあるまい。政治と軍事、両方の意見が出る。大統領はそれをまとめるのだ」
「成程」
「そして軍事の副大統領だが」
 ブワイフは視線を動かさせた。
「誰がいいと思うか」
 そして再びハラーイブを見据えた。問う目であった。
「それはもう答えが出ているかと思います」
 彼女はそれに対してそう返した。
「彼しかいないでしょう」
「そうか」
 ブワイフはそれを聞いて頷いた。
「やはりそう思うか」
「はい」
 ハラーイブは答えた。
「他に適任者は思い当たらない程です」
「わかった」
 彼は答えた。
「では法案が通過したらすぐ彼に要請するとしよう」
「それが宜しいかと」
 彼女は薦めた。
「全てはこれからのオムダーマンの為です」
「オムダーマンの為だけではない」
 だがブワイフはここでそう反論した。
「といいますと」
 ハラーイブはその言葉に少し疑念を感じた。
「サハラの為になるかもな。彼の力は」
「サハラですか」
「そうだ」
 彼は答えた。
「最早一司令官に留まっていいものではなくなっているからな。存分に活躍してもらおう」
「わかりました」
「どのみち私はそろそろ引退だ」
 ブワイフは悟った声で呟くようにして言った。
「後を受け継いでくれる者も必要だ」
「はい」
「それは君にとも思ったのだが」
「残念ですが」
 だがハラーイブはそれを拒絶した。
「私は国家元首には向いてはいないかと存じます」
「そうなのだ」
 ブワイフは残念そうに答えた。
「君は確かに優秀だ。しかしそれだけではないのだ」
「はい」
 国家元首には政治家としての能力以外のことが求められる。それはハラーイブ自身が最もよくわかっていた。
「何かあったら彼が」
「うむ」
 ブワイフはまた頷いた。
「彼の補佐を頼むぞ」
「わかりました」
 二人はこうして来たるべき時に備えていた。やがて新しい憲法が出された。副大統領を二人置くといったものであった。それは国会及び国民の投票を経て通過した。そして施行されることになった。
 アッディーンは副大統領に任命された。軍の最高司令官は大統領、そしてその代理が国防長官であるのには変わりはなかったがその権限は国防長官に次ぐものとなった。そしてその地位はオムダーマンにおいては第二となった。遂に彼は政治家にもなったのである。
「難しいな」
 新しく設けられた副大統領に執務室に座るとこう言った。服装は軍服のままである。
「軍事担当の副大統領とはな。今まで聞いたことがない」
「そうでもありませんぞ」
 参謀総長であるマナーマは彼に対して笑いながらそう言った。
「中世には結構そういった官職がありました」
「しかし今は」
 時代が違うのでは、と言おうとした。しかしマナーマの方が先であった。
「いや」
 彼は言った。
「根幹は同じです。人の作ったものなのですから」
「そうでしょうか」
 今ではアッディーンの方が役職は上である。だがそれでも対応は変えることはなかった。マナーマに敬意を払っているのだ。これはアジュラーンに対しても同じである。なお彼は宇宙艦隊司令長官の役職をそのまま兼任している。その権限はかなりのものであった。
「それに指揮権は大統領、国防長官の下になっていますね」
「系統上では」
「シビリアン=コントロールは徹底されています」
 そうであった。確かにその権限も地位も高いがそれはあくまで文民統制の中においてであった。むしろオブザーバーといったところであった。
「ですからそれについては特に気にやまれることはありません」
「はあ」
 アッディーンはそれに頷いた。まだいささか納得していなかった。
「そういうものですかね」
「それはすぐにわかってきますよ」
 マナーマはまた笑った。
「さて、今閣下が為されることは」
「はい」
「お仕事です。山の様な書類が閣下の決裁を待っておりますぞ」
「やはり」
 それを聞いて顔を顰めた。デスクワークは好きではないのだ。
「早速取り掛かって下さい。よろしいでしょうか」
「わかりました」
 宇宙艦隊司令長官の頃からデスクワークには奔走していた。だが今執務室に運ばれてくる書類はその時よりさらに
多かった。しかも宇宙艦隊司令長官の仕事はそのままであった。
「これも仕事ですね」
「そういうことです」
 彼は溜息はつかなかった。ただ目の前に次々と運ばれて来る書類に目を通しサインをはじめた。彼には休んでいる暇は
なかったのである。そして彼の休息は何時訪れるのかわかったものではなかった。


第七部    完


           
                                2005・1・22
人気サイトランキング site_access.php?citi_id=254078182&size=200小説・詩ランキングcont_access.php?citi_cont_id=343008101&size=200


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。