第七部第五章 新たなる戦雲その二
連合の首都太陽系の地球では今不穏な空気が流れていた。
街中を制服姿の警官達が動き回る。そして何かを探していた。
「あっちにはいたか!?」
「いや」
そうしたやりとりが展開されている。
「ではそちらに回ろう」
「うむ」
そして別の道に向かう。その顔は険しいものであり明らかに普段の警官達ではなかった。
首相官邸では三人が集まっていた。そして何やら話し込んでいる。
それが終わると離れた。そしてそれぞれの場所に帰って行った。
その中の一人が帰って来た。すぐに出迎えの者が来た。
「お疲れ様でした」
「有り難う」
それは金であった。彼女は出迎えたスタッフの一人に感謝の声を送った。
「すぐに仕事に戻るわよ」
「はい」
そしていつも通り足早に執務室に向かう。中に入りディスクに着く。
「総理から御聞きした話だけれど」
彼女は共に部屋に入って来たスタッフに声をかける。そのスタッフは男である。蜂蜜色に灰を混ぜたような色の髪をした白人の若い男であった。
「あ、座って」
ここで彼に座るように言った。
「はい」
彼はそれに従い椅子に座った。金は相手を立たせて自分は座って話をすることは好まないのだ。
「では話を再開するわね」
「はい」
彼女はその言葉を受けて話を再開した。
「エウロパのスパイのことだけれど」
「どうなりましたか?」
彼は問うた。
「おおよその居場所はわかったわ。ドトール長官にも後で私から伝えるわ」
「そうですか。そしてそこは」
「ステッラの居る場所ね」
「はい」
彼は頷いた。
「この地球よ。北米エリアにいるらしいわ」
「詳しい場所は」
「そこまではわからないわ。けれど彼女の他のエウロパの情報部員をかなり抑えたわ。最後の大物ね」
「最後の。ですがその最後が」
「捕まえられないわね」
ここで扉をノックする音がした。
「どうぞ」
金は入るように促した。するとドトールが入って来た。
「長官」
彼だけではなかった。八条もいた。
「国防長官も」
彼は二人の男を引き連れていた。アラガルとンガモである。ンガモは連合の将校の服を身に纏っていた。
「急のお邪魔で申し訳ありません」
八条は彼女にそう言って頭を垂れた。
「いえ」
金は突然頭を下げられていささか謙遜した。彼に頭を上げるように言った。
「顔をお上げ下さい。如何なさったのですか」
「状況が変わりまして」
八条は答えた。
「状況が」
「はい。ステッラの詳しい居場所が掴めました」
「本当ですか」
こんな時でも彼女の冷静さは変わってはいなかった。
「はい。ニューヨークです」
「ニューヨーク」
かってアメリカが地球にあった頃に最も繁栄した都市の一つであった。今では地球のごく普通の一都市という位置に置かれている。道が複雑に入り組み迷路の様になっている。隠れるにはもってこいの場所と言えた。
「そこに潜伏している模様です」
「我々の捜査により判明しました」
ドトール達三人がそう答えた。
「今あの街の奥深くに潜伏している模様です」
「そうですか」
そこまで聞いて金の目が光った。
「それではいよいよ最後の詰めに入りますか」
「はい」
八条は声を合わせた。
「チェックメイトです」
ドトールが言った。まるで岩の様に表情を変えない。彼はチェスを嗜むことでも知られているのだ。
「では最後の詰めはドトール長官達にお任せしましょう」
「はい」
三人は金の言葉に頷いた。
「お任せ下さい」
「わかりました」
金と八条はそれを認めた。こうして狐狩りの最後の一手が打たれた。
エウロパの諜報員はその数を大幅に減らしていた。そして彼等はドトール達の捜査通りニューヨークに集結していた。
「あの戦艦の情報は一体何だったのだ」
古ぼけたビルの地下室でヒソヒソと囁く声が響いている。
「偽りだったというのか」
「まさか」
裸の豆電球の下に数人いた。彼等はそれぞれ異なった服を着ており顔もそれぞれであった。だが皆白人でありそれだけが一致していた。連合ではあまり見られない光景である。
「いや、今思うと充分考えられる話だったな」
その中の一人がこう言った。
「そうだな」
そして別の者がそれに同意した。
「おそらく我々を誘き寄せる罠だったのだろう。撒き餌だ」
「撒き餌か」
他の者がその言葉を繰り返す。
「我々、そして特に貴女を狙ったものだったのでしょうね」
彼等はそこで奥に座る一人の女性を見た。そこには金色の髪に黒い瞳を持つ中年の女がいた。特に美しいわけでもないが細面で凛とした顔である。その顔は何処か狐に似ている。服は地味で動き易いズボンであった。
「私を」
彼女はそう言われて一言ポツリと漏らした。
「今まで彼等に地団駄を踏ませてきましたからね」
「はい」
皆その言葉に頷いた。
「ステッラ大佐、これからどうしますか」
その中の一人が彼女の名を呼んだ。彼女がステッラであった。噂の女狐である。
「これから」
「はい、どうしますか」
「逃げますか」
「情報部員が追い詰められた時にすることは一つ」
ステッラは静かな声で語った。
「姿を隠すだけ」
「わかりました」
彼等はそれを聞いて首を縦に振った。
「ではここを去りますか」
「すぐにも」
「了解」
こうして彼等はその場から姿を消した。そしてビルを出た。
外はもう夜であった。底冷えしていた。
「寒いな」
「ああ」
そう話しながら外に出る。辺りへの警戒は怠らない。
「待て」
一人があることに気付いた。
「どうした!?」
「気をつけろ」
先頭の男が小声で仲間に囁いた。
「何かおかしい」
「何か」
周りを見回す。だが何もなかった。
「いつもと変わりはないが」
「いや」
ここでステッラが出て来た。
「気をつけろ。いるぞ」
「いますか」
「いる、それもかなりの数だ」
ステッラには周りの真の姿が見えていた。彼女は先頭に出てこう言った。
「散開してここを去る。いいな」
「はい」
「落ち合う場所はわかっているな」
「無論です」
彼等は答えた。
「ではいいな」
「はい」
そして彼等は散った。それを上から見る一人の男がいた。ンガモであった。
「散ったか」
彼はそれを見下ろしながら呟いた。そしてトランシーバーを手にした。
「私だ」
彼は電源を入れた後でこう言った。
「散った。それぞれの配置で待ち伏せしろ」
「了解」
「わかりました」
トランシーバーの奥からそれぞれ声がした。ンガモはそれを聞くとトランシーバーを切った。
「よし。私も行くか」
彼はそこから姿を消した。その目は獲物を狙う狩人の目であった。
諜報員達はそれぞれ別れ何処かへ向かっていた。その足取りは走ってはいなかったが、速く、そして目や耳は周囲への警戒を怠ってはいなかった。
何も語らない。二、三人でそれぞれ道を行き、歩く。彼等はある場所へ向かっていた。
その中の一人がニューヨークにある一つの教会の前まで来た。そして辺りを見回した後でその中に入った。
「俺だけか」
彼は礼拝堂の中で周りを見回して呟いた。だが彼は一人ではなかった。
「違いますよ」
奥から声がした。そして年老いた神父が姿を現わした。そう、神父である。
「貴方でしたか」
彼は神父の姿を見て胸を撫で下ろした。
「まさか奴等にここを知られたかと思いますよ」
「それは御安心下さい」
神父は優しい微笑みを浮かべてそれに答えた。
「彼等もここには手出し出来ませんよ」
「そうでしたね」
彼はそれを聞き緊張を解いた。
「教会でした、ここは」
「はい、教会です」
神父は思わせぶりにそう答えた。
「連合が手出しを出来ない唯一のエウロパの組織です」
ローマ=カトリック教会は長い間特殊な位置にあった。エウロパにあり、多くの信者を擁しているが、連合にもその信者を多く抱えていた。むしろ連合の方が遥かに多い程であった。宗教人口は十兆に達すると言われる連合であるがその中でもカトリックの信者は多い。当然彼等にも教え導く役割を担う聖職者が必要である。だが、それは連合の中では選ぶことはできないのだ。
彼等の総本山はエウロパにある。従ってエウロパで選ばれた者が連合に派遣されるという形になる。神父等は実際には連合にいる者が選ばれるのだが枢機卿クラスになるとそうはいかない。緋色の法衣はかっては一国の君主に匹敵するとまで言われた権勢があった。彼等はエウロパで教皇自身により選ばれ、そして派遣される。事前に派遣される場所について調べられるのは言うまでもない。こうしたことからバチカンは連合に最も詳しいエウロパの中の勢力となっていた。当然彼等は信仰の保護等を理由にあくまで表向きはエウロパ政府にそうしたことを伝えはしない。だがそれは派遣される聖職者の中に諜報員を紛れ込ませれば済むことであった。バチカンはそれに気付きながら言わなかった。下手に政治的な問題を避ける為なのが表向きの理由であるが実際には多くの政治的な理由があった。バチカンは中世においては極めて世俗的、政治的な組織であった。この時代にもそれは残っていたのだ。
「そうでしたね」
「はい。ですから彼等もここには入っては来れませんよ」
教会に公の組織が入ることはやはり好まれなかった。政教分離もあるが信仰は人の心である。だからエウロパから連合に入る聖職者のチェックも緩くなるし教会にも監視が向かわなくなるのだ。エウロパがそこに付け込んでいるのはもう言うまでもないことであった。
「ところでロマーニ枢機卿はおられますか」
「はい、こちらに」
奥からもう一人姿を現わした。いや、二人であった。
一人は緋色の法衣を着た白人の老人であった。そしてもう一人は彼に従う形でやって来た。シスターであった。
「シスターミカエラに今案内されて来ました」
緋色の法衣の男はにこやかに笑ってそう答えた。
「シスターに感謝致します」
「いえ」
その尼僧はにこやかに微笑んだ。見ればステッラであった。
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