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第七部第五章 新たなる戦雲その一
                  新たなる戦雲
「そうか、やはりな」
 シャイターンは自身の宮殿のテラスにおいて南方でのオムダーマンの勝利の報告を聞き頷いた。
「予想通りだったということですか」
 ハルシークがその側にいる。そしてそう問うた。
「そうだ」
 彼は黄色の薔薇を手にしながら答えた。
「負ける筈がない」
「どうしてでしょうか」
「戦力も確かにある」
 彼は言った。
「そしてもう一つ重要な要素がある」
「アッディーン提督ですか」
「彼の存在が最も大きい」
 そこでこう言った。
「いや、むしろ彼でなければ出来なかったと言うべきかな」
「やはりそうですか」
「そしてその功績はこれまでにも増して大きくなった」
 シャイターンはまた言った。
「今後どうなるか楽しみだと思わないか」
「といいますと」
「彼の今後だ。最早一国の宇宙艦隊司令長官に収まる状況ではあるまい」
「それはそうですが」
 それはハルシークにもよくわかっていた。
「それでは彼はその功績によりさらに上にあがると」
「そうだ」
「ですが彼にはあれ以上の野心はないようですが。元々そうした意識が稀薄な人物のようですし」
「彼自身はな」
 シャイターンはそれにはそう答えた。
「しかしアッラーがそれを御許しにはならない」
「御導きがあるということですか」
「どういう形になるのかまではわからないがな」
 彼は答えた。
「今の地位に留まってはいないというのはまず間違いない」
「そうですか」
 シャイターンはここで薔薇の一つを手にとった。そしてそれを胸にさした。白い服によく似合っていた。
 椅子に座る。そしてそこに置かれているワインを一口飲んだ。白であった。
「ふむ」
 彼はそれを飲んだ後で呟いた。
「白はあまり飲まないのだが」
「そういえばそうでしたね」
 彼がよく飲むワインは赤、そしてロゼである。白は普段から飲むことが少ない。魚介類に合うのだがサハラではそれはあまり食べられない。とりわけ鱗のない魚は食べない。だから彼も白ワインはあまり飲むことがないのだ。これはサハラ全体で言えるかも知れないことであった。
「だがこうして飲むと美味いものだな」
「はい」
 ハルシークもそれに同意した。彼も白ワインは嫌いではない。
「どこの産だ」
「エウロパ総督府のハッサン星系のものだそうです」
 彼はラベルを見てそう答えた。
「商人達の献上品と思われますが」
「そうか」
 彼はそれを聞いて頷いた。
「この様な酒を造れる場所があちらにはあるのだな」
「はい」
「そこを我等の地にしたいものだな」
 シャイターンはそう呟いて微笑んだ。悪魔的な匂いのする笑みだった。
「いや、違うな」
 言葉を言い換えた。
「我等の土地を奪回しようか」
「そうですな」
 ハルシークもその言葉に笑った。
「本来は我がサハラの土地なのですから」
「そういうことだ」
 彼は頷いた。
「返してもらうだけだな。それを拒めば」
「力づくで」
「そういうことになる」
 彼は不敵な笑みに変えた。
「どちらにしろ機が熟せばこちらから出向こう」
「はい」
「その時は近い。整えておくようにな」
「わかりました」
 ハルシークはそう答えて敬礼した。
「総督府は今も手強いがな」
「マールボロ元帥が健在ですし」
「それだけではない。タンホイザー司令もいる」
「彼ですか」
 ハルシークはそれを聞き意外そうな顔をした。
「どうした、何か思わしくないことでもあるのか」
「いえ」
 とりあえずは首を横に振った。それから答えた。
「モンサルヴァート提督と比べるとやや落ちるかと」
「少なくとも彼には政治的なことはない」
 シャイターンはそれを聞きそう語った。
「そういったことには一切興味がないようだな」
「そのようで」
「だが軍人としてはまた違う。タイプこそ違うが彼も有能であることに変わりはない」
「はい」
「むしろその才はモンサルヴァート元帥より上かも知れないな。軍人としては」
「軍人としてはですか」
「私はそう思う、彼の軍事的才能は天才の域にあると思う」
「天才ですか」
「あれは独特のものだ。まさに軍事的才覚だけで戦っている。正面から戦っては私も勝てはしないだろう」
「それ程ですか」
「ああ」
 シャイターンはそこで頷いた。
「だから彼が総督府にいる間は攻撃は控えたい」
「左様ですか」
「彼を相手にせずに他の戦線で勝利を収めることも可能だがな。だがやはり彼の存在が大きい」
 シャイターンはタンホイザーの将としての力量を正確に把握していた。だからこそこう言えた。そしてそれを純粋に脅威と受け止めていた。
「では以後は牙を研ぎつつ待ちますか」
「そうだな」
 彼はまたワインを一口飲んだ。
「この美酒を味わうのに焦りは禁物だ」
「はい」
「今は待とう。そして機が来たならば」
「来たならば」
「動く。その時までは雌伏だ」
「わかりました」
「総督府はこれでよいな。ところで」
「はい」
「アッディーン提督は今どうしているか」
 彼は質問を変えてきた。
「アッディーン提督ですか」
「そうだ」
 シャイターンの目が光った。
「まだ南方に留まっているのか」
「彼でしたらもう本国への帰路についていると思います。戦いは終わり南方は完全に併合されたのですから」
「そうか」
「戦後処理には多くのスタッフが派遣されているようです。これから本国と南方の一体化が推し進められていくことだと思われます」
「ミドハドやサラーフの時と同じようにか」
「はい」
「これでオムダーマンはこの西方でハサンと比肩する大国になったな」
「はい」
 そうであった。西方と南方を完全に掌握した今オムダーマンはサハラにおいて屈指の国家になったのである。
 気がつけばサハラは三国となっていた。オムダーマンとハサン、そしてこのティムールである。ついこの間まで多くの国家に分裂していたサハラが三国にまとめられてきたのだ。
「これからどうなると思う」
 シャイターンはまた質問を変えた。
「これからですか」
「そうだ。面白くなると感じないか」
「面白くですか」
「これから時代が動く感覚があるのだ」
 シャイターンの笑みが凄みを増してきている。何かを楽しんでいるようであった。
「だが私が動くのはまだ先だ。そしてサハラが大きく動くのもな」
「全ては閣下の思われる次第」
「そうなる。そして動く時は・・・・・・わかっているな」
「はい」
 ハルシークは頷いた。シャイターンはそれを聞き終えるとまたワインを飲んだ。そしてボトルを一本完全にあけた。
「実に美味かった。勝利の際にはより美味いのだろうな」
「勝利の美酒ですか」
「勝利の際に飲もう。そしてそれは」
 言葉を続けた。
「次への勝利への迎え酒となる」
 その整った顔がまるで悪魔の様な顔になる。邪悪ではなかった。知性を感じる。しかしその知性こそが悪魔的なものであった。
 彼等はその場から去った。後には黄色い薔薇と空けられたボトルが日の光を浴びて輝いていた。

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