第二十九部第五章 北上開始その九
「防衛施設の強化は間に合いません」
「致し方ない」
彼もそれは諦めた。そう判断を下すしかなかった。
「それは中止せよ。直ちに総員戦闘配置につけ」
「わかりました」
ハッサームのその決定に従って頷くのだった。
「それではそのように」
「それでオムダーマン軍はどう展開しているか」
「まだ我が軍の前に姿を現わしただけです」
アルコルドの報告はハッサームにとってはまずは安心すべきものであった。
「そうか。まずはそれは助かったな」
「そうかと。ですが」
「今言った通りだ。総員戦闘配置につけ」
「はっ」
これは変えようがない。目の前に敵がいてこの指示を出さない愚か者もいない。
「わかったな」
「はい、それではすぐに」
「目標は一割だ」
ハッサームはここで数値としての目標を提示してみせた。
「敵の数を一割減らせればそれでよしだ」
「そうですね。そしてどちらにしろ」
ここからの方針も既に軍の上層部で決められていることであった。それをあえて言う。
「この要塞が危うくなれば下がりましょう」
「そうだ。後ろにな」
「思えば楽な話です」
彼等の話は奇しくも自軍の兵士達のそれと同じものになっていた。
「敵を止めるのでなく減らしていけばいいのですから」
「そうだ。とにかく減らすことを考えるのだ」
こう考えれば実に楽であった。敵を完全に止めるのならば絶対にそうしなければならないとの強迫観念が生じるが減らせばいいだけではそうはならない。心理的にかなり楽になる。そういうことであった。こうした心理的に負担をかけさせないのもハサン軍上層部のこの戦線での戦略であった。
「それで行く。いいな」
「はい。それでは」
こうして彼等は配置についた。彼等は勝利を確信していた。だがそれはオムダーマン軍も同じだった。敵の予想よりも早く前線に姿を現わしてみせたアッディーンはその前においてこれからの攻撃について居並ぶ提督達を集めて話をするのであった。
「さて」
彼等はアリーの会議室に集まっていた。円卓に座りそこでアッディーンの話を聞くのであった。
「まずは迅速に敵の前まで来ることができた」
「はい」
「しかしそれははじまりに過ぎない」
こう前置きしてきた。
「問題はこれからなのだ」
「それでは司令」
カーシャーンがアッディーンに対して言ってきた。最初に口を開いたのは彼であった。
「このまま攻めますか」
「そうだ。あれを使う」
アッディーンはここで『あれ』と言うのだった。
「あれをな。それでいいな」
「はい、それでは」
「ここまで持って来ただけではないのだからな」
こうも言う。
「使わなければ意味がない」
「そして同時に」
次に口を開いたのはアルマザールであった。
「使わなければ勝利はおぼつきませんな」
「そういうことだ。勝利を手に入れる為に持って来たものだ」
アッディーンは今度はアルマザールに応えて言うのであった。
「だからこそ使わせてもらう。いいな」
「はい、それでは」
アルマザールもそれに頷くのだった。
「そのように」
「持って来るのはいささか骨が折れましたが」
カトラナの顔が苦笑いになっていた。
「まさかあれを艦隊と一緒に動かすとは思いませんでした」
「確かにな」
アッディーンもそれは否定しなかった。さもあらん、といった肯定の顔をそこに見せている。
「普通は誰も考え付かない。しかし」
「しかし?」
「時としてな。思いつくこともあろう」
「それが今回だったというのですね」
「私もどうしたものかと考えていた」
ハサンの防衛ラインをどのようにして突破するかということをだ。彼もまた悩んでいたのだ。しかしそれを見つけることができるかどうかで大きく変わるのだ。
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