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第七部第四章 名将と老将その五
 連合がステッラを捕らえる用意とその後の国家戦略を練っている頃サハラ南方ではいよいよ最後の戦いが行われようとしていた。
 戦っているのはアッディーン率いるオムダーマン軍とハイヤーン率いるリヤド軍であった。彼等は陣を置いた互いの惑星からの睨み合いを止めそれぞれ軍を動かしていた。
「オムダーマン軍の動きはどうなっているか」
 ハイヤーンは乗艦であるホラズムの艦橋において周りの者に問うた。
「ハッ」
 参謀の一人がそれに答える。
「今はハイヤッドからかなり離れているようです。一路こちらに向かって来ております」
「そうか」
 彼はそれを聞くと頷いた。
「ではこのまま決戦を挑むつもりのようだな」
「そのようで」
「ふむ」
 それを聞き終えると暫し考え込んだ。
「数のうえでは我が軍は圧倒的に不利だ」
「はい」
 今彼等は九個艦隊である。一個はハルーンに置いている。
「敵はおそらく我等の三倍近くはいるだろう」
「三倍ですか」
「そうだ。幾ら地の利があるといっても正面から戦っては勝ち目は薄い。オムダーマンの兵は強く、しかもアッディーン司令の力量も確かだという」
 彼は今までのアッディーンの戦いについて知っていた。何も学ぼうともせず数を頼んで戦場に向かったサラーフの愚かな提督達とは明らかに違っていた。
「やはりここは地の利を生かした機動戦を仕掛けるとしよう」
「はい」
 これで彼の考えは決まった。
「各艦隊に伝えよ。それぞれ独自のルートを通り敵に攻撃を仕掛けよと」
「ハッ」
「敵が反撃して来たならばすぐに退却せよ。そしてそれを繰り返せ」
「わかりました」
 その参謀はそれを受けて敬礼した。
「そして彼等が戦力を消耗した後に全面攻撃を仕掛ける、よいな」
「はい」
 これは彼のいつもの戦い方であった。まず敵に戦力、精神両面から消耗を強い、そしてそれが極限に達した時に攻勢に出て破る。そうして今まで勝利を収めてきたのである。
「それでは作戦を開始する。我々も行くぞ」
「はい」
「敵が誰であろうと負けるわけにはいかぬ。負けるわけにはな」
 その声には強い決意が宿っていた。そしてその言葉が兵を動かしたのである。
 対するオムダーマン軍の動きはあまり速くはなかった。彼等は周囲に警戒を払いながら慎重に動いていた。
「まさに迷路だな」
 アッディーンは旗艦アリーの作戦室で三次元地図を眺めながらそう呟いた。
「今はここか」
 そして地図のある部分を指差した。
「随分な場所にある。近くにはブラックホールと赤色巨星が存在している。少しでも艦隊の動きを誤ると大変なことになるな」
「はい」
 それに同席しているハリージャが頷いた。
「将に迷宮です。我々はその中を進んでいるのです」
「そう、迷路だ」
 彼はそれを受けてこう言った。
「エウロパの神話であったな。ラビリンスだ」
 古代ギリシアに実在した地下迷宮である。そこには牛頭人身の怪物ミノタウロスが棲んでいたという。この怪物は人を喰らい、毎年多くの若者がこの怪物の生け贄となっていた。クレタにある話である。
「我が軍はその中にいるのだ」
「ではミノタウロスがリヤド軍ですね」
「そういうことになるな」
 彼はそれに応えた。
「だが一つ違う点がある」
「といいますと」
「我々は生け贄の若者達ではないということだ」
 そして続けてこう言った。
「テーセウスなのだ」
 そのミノタウロスを倒した英雄である。糸を使い迷宮を潜り抜けた知恵者でもある。ギリシア神話においてはヘラクレスやペルセウス等と並ぶ英雄である。
「ミノタウロスを倒したあの英雄だ」
「成程」
「そしてその為の剣もある」
「それは」
「これを見てくれ」
 彼はそこで地図のある部分を指し示した。今彼等がいる場所から少し行った地点である。そこは珍しく何もない平坦な空間であった。だが四方八方に路がある。言うならば交差点である。
「ここには我々が先に辿り着くことは間違いない」
「はい」
 既に目と鼻の先である。リヤド軍の予想現在地点からはかなり離れている。
「まずはここを押さえる」
「それからまた動くのですね」
「そうだ。各艦隊をそれぞれ分散して各地に派遣する」
「えっ!?」
 それを聞いたハリージャは思わず声をあげた。
「各艦隊をですか」
「そうだ」
 アッディーンは微笑んでそれに頷いた。
「各方面にな。だが私と数個艦隊はその地点に留まる」
「何故ですか?」
「囮だ」
 彼はいささか素っ気ない声でそれに答えた。
「囮」
「そう、囮だ。我等がここにいるとなると敵はどう動く」
「勿論集中して攻撃を仕掛けるでしょう」
「それを迎え撃つ。そしてここで各艦隊を呼び戻す。これならどうだ」
「面白いことになるでしょうな」
 ハリージャも彼の作戦を理解した。
「わかったようだな。では各艦隊の提督達と参謀達を集めてくれ」
「はい」
「会議を行う。そして作戦を開始するぞ」
「ハッ!」
 こうしてアッディーンはリヤド軍を斬る剣をその手に握った。そして程なくその予定された地点に到着し、そこから各方面に向けて移動を開始した。アッディーンと数個の艦隊がそこに残った。偽の情報を流しながら。
「オムダーマン軍も動いたか」
 それはハイヤーンの下にも届いていた。
「それも各方面に向けてか。おそらく我々のゲリラ戦術に対抗してのようだな」
「そうやらそのようですね」
 副官がそれに応えた。
「数個艦隊ずつ行動しております。ただ船足は遅いですが」
「そうだろうな。我等の動きを警戒しているのだからな」
 ハイヤーンはそう睨んでいた。
「そして司令部は残っていると」
「はい」
 副官はまた答えた。
「そうだ。これはどういうことだと思う」
「そうですね」
 彼はハイヤーンに問われて考え込んだ。
「統制をとっているのではないでしょうか」
「統制か」
「ええ。あの場所は丁度四方八方に道が開けていますから。それぞれのルートを通る艦隊へ指示を出すには好都合だと思われます」
「ふうむ」
 ハイヤーンも考え込んだ。
「これはチャンスだと思いますが」
 副官はここで気付いていなかったが彼は勝利に焦っていた。
「オムダーマン軍を討つ」
「はい」
 それはハイヤーンも一緒であった。従ってオムダーマン側の意図には気付かなかったのだ。
「すぐさま攻撃を仕掛けるべきです。奇襲で」
「ここにいる全ての艦隊でか」
「はい、勿論です。頭さえ潰せば後はどうにでもなります」
「そうだな。アッディーン司令を倒せば彼等の指揮系統は崩壊する」
 これは事実であった。
「では攻撃を仕掛けるとするか」
「ええ、そうなさるべきです」
「よし、わかった」
 彼は意を決した。
「すぐに各艦隊司令及び参謀達を集めよ。そして作戦を決定するぞ」
「ハッ」
「それからすぐに動く。よいな」
「わかりました」
 副官は敬礼した。そしてすぐに艦隊司令と参謀達が招集された。彼等も異論はなかった。やはり焦っているか、ハイヤーンに絶対の信頼を置いていたのだ。
「ハイヤーン提督なら問題はない」
 彼等はそう信じて疑わなかった。その信頼はよい。ハイヤーンもそれを嬉しく思っていた。だがそれが仇となる時もあるのだ。そして今がそれであった。
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