第二十八部第五章 優位性その十八
「どうなるかな」
「それはこれから次第ですね」
秘書の言葉は決して楽観してはいなかった。むしろ冷たい響きを持っていた。
「どうなるかは」
「そうだな。それにしても」
「何でしょうか」
「我々は。少し平和に浸り過ぎたか」
太子の目は過去を悔やむ色があった。
「それが今こうして出ているのかもな」
「平和ですか」
「平和になるのはいい」
それにいいに越したことはない。しかしそれには時と場合が大きく関係する。太子はそれもまたわかっていた。そのうえでの言葉なのだ。
「だが。周りが剣を研いでいるならば」
「それは死に直結しますか」
「そうなる可能性は高い」
そういうことであった。
「これが連合ならばいいのだ」
「連合ならば」
「そしてマウリアも」
話はマウリアにも及ぶ。
「力があり周りに敵がいない。いても」
「充分に防げる相手ならば」
「平和に浸っていてもいい。それでやっていけるのだからな」
「しかしそうでない場合は」
この場合はハサンに他ならない。それはこれまでの言葉のやり取りからわかることであった。
「言うまでもない。今の我々だ」
「今の、ですか」
「平和ボケだったか」
当然ながらいい意味の言葉ではない。
「この言葉は好きではなかった」
「そうなのですか」
「平和は尊い」
誰であってもこれは同じだ。これを否定できるとすればそれこそ何かおかしな考えや利権の持ち主であるがそうした人物は滅多にいない。平和であった方が産業等が栄え利益を生じ易いからだ。連合において軍需産業が振るわないのもこkに大きな理由があるのである。
「しかし。それに慣れあまりにも浸かっていると」
「溺れてしまいますか」
「そうなる。剣を持つことすら忘れてしまってな」
「剣さえも」
「そんなつもりはなくともだ」
それを自覚できればいい。しかしそれが出来ないならば敵を前にした時にただ切りつけられるだけである。それが戦乱に覆われた場所ならば尚更のことである。
「そうなってしまうのだ」
「今の我々もですか」
「ハサンの兵だが」
自分達の兵である。他ならない。
「彼等についてどう思うか」
「やはりオムダーマン、ティムールに比べて弱いものがあります」
「そうだな」
これもまた大きかった。何時の時代にも兵の強さは大きなものを持っているのである。例えばプロイセン軍が恐れられたのは総司令官であるフリードリヒ大王の軍略によるものであるがそれと共にプロイセン兵の強さもあったのだ。その軍律と訓練が支えていた強さである。そこに後に実戦経験と勝利による自信も加わってそれはさらに強いものになるのだ。
「やはり長い間戦争をしていなかったせいですか」
「それに浸っていてな」
太子は言う。
「やはりそれもまたあるな」
「はい。弱兵ですか」
「その弱兵で果たして凌げるかどうか」
彼のその整った顔が曇る。
「それが問題だ」
「凌ぐしかありません」
それに対する秘書の言葉はここでも現実的であったが冷たいものであった。
「そうでなければ我々は」
「そうだな。ここは」
そうして言うのだった。
「彼等に期待しよう。それでもな」
「はい、他ならぬ我々の同志達なのですから」
この場合の同志とは同じ国の人間という意味である。間違ってもかつての共産主義国家内で使われていた意味ではない。
「我々が信じなければ」
「彼等の力もわかっている」
これが大きかった。
「それならばだ」
「信じますか」
「その全てをな。それでは」
太子はここでようやく顔をあげるのであった。
「ここで指揮にあたる。いいな」
「はい、それでは」
秘書はようやく言葉をそのまま感情のない事務的なものにすることができた。その言葉でまた述べるのであった。
「これからまた」
「何かあればすぐに知らせてくれ」
太子も言う。
「対処にあたる。いいな」
「はい、ハサンの為に」
「そう、ハサンの為に」
太子も応える。
「存分にやる。それでいいな」
「それでは」
こうして彼等も首都に留まりながら戦いにあたるのであった。戦いは激しさを増していく。それに生き残るのはどの国か。それを知るのはアッラーのみであった。
第二十八部 完
2007・12・31
人気サイトランキング
小説・詩ランキング
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。