第七部第三章 狐狩りその五
「我がバイソングループはそちらでも名を知られておりますが」
「初耳ですな、それは」
だが他の二人はそれに対して皮肉で返した。
「まあ大きさだけは認めて差し上げますが」
「お客さんの入りも上々ですが」
だからといってカレーラスも負けてはいない。こう切り返してきた。
「しかし演劇の質が。この前の上演は酷評されてませんでしたかな」
「さあ」
カレーラスはこれには少しムッとした顔になった。
「私はそうした批評の類は読みませんので。知りませんな」
「ほう、それは」
やはりマウムの目が笑った。
「私のところは専門の雑誌まで出してもらっておりますし。批評もあれでいいものですよ」
「そうですかな」
「ええ。役者の育成にも力を注いでおりますしね。おっと、これはバイソンさんもイーグルさんも同じでしたな」
「そうですがね。まあいずれはこちらが勝ちますぞ。野球と同じように」
「望むところです。昨年もバイソンさんには痛い目に遭っておりますからな」
「ふふふ」
これを聞いてカレーラスはようやく機嫌を戻してきた。
「来年も連合一を目指しますか」
「おっと、それはどうですかな」
だがここでポートも入って来た。
「我がチームも力をつけてきております。来年は暫くぶりに勝ってみせますぞ」
「それはどうですかな」
だが二人はそれに対抗してきた。
「そちらの投手陣を我がチームは今年結構打っていますぞ」
「こちらも」
バイソンのチームとファランクスのチームはそれぞれ打線のチームとして知られている。だがイーグルのチームは投手を主体とするチームである。攻撃力に乏しそれがここぞという時での敗戦に繋がっているのだ。
「ところが今とびきりのキャッチャーが育っておりましてな」
「ほう」
「初耳ですな」
二人はキャッチャーと聞いて顔色を少し変えた。
「バイソンさんの二人のキャッチャーよりも上でしょうな」
「おや、うちのキャッチャーよりも上だと。ウェスト監督が手ずから育て上げた我がチームもキャッチャーが」
「自信を持ってそう言えますぞ」
彼は胸を張ってこう答えた。
「リードだけでなくバッティングも凄いですぞ。近いうちに三冠王を獲得するでしょう」
「では楽しみに見せてもらいましょう、その時を」
「同じく」
マウムはここではあまり話に乗って来なかった。彼のチームはキャッチャーが弱点と言われているからである。
「打線は軸があればかなり変わりますからな」
「来年のイーグルさんに期待するとしましょう」
「是非とも」
「また野球の話をやっているみたいですね」
八条はそれを遠くから見ながらアッチャラーンに囁いた。
「そのようだね。本当に好きなんだな」
アッチャラーンはどちらかと言うと球技より格闘技の方が好きである。特に打撃系の格闘技が好きだ。
「私も見ないわけではないがね。それにしてもあの三人の野球好きは少し凄過ぎる」
「ですが本当に好きなのがわかります」
「それでも度が過ぎているが。グループ同士の宣伝合戦の意味合いもあると思うが」
実際にそれぞれのグループの広告には選手達が頻繁に出る。劇団の役者達と並んで重要な看板であるのだ。これを無視することは出来ない。そうした宣伝効果も見ているのが彼等が真の経営者であるということの証でもあるのだ。
「ですがそう考えるとわかりますね」
「ふうむ」
アッチャラーンは自らの発言を受けて考え込んだ。
「そういうものかな」
「確かにそうした一面はありますね」
ここで若い女の声がした。
「その声は」
二人は声がした方に顔をやった。するとそこには金がいた。
「おお」
アッチャラーンは彼女の姿を見て思わず声を漏らした。白いドレスに身を包み、黒い髪を上げて整えた彼女は普段のそれよりもさらに美しく見えたからであった。
化粧はやはり薄くドレスも背中も肩も見せないガードの固いものであった。だがそれがかえって気品を醸し出し、えも言われぬ美しさをあらわしていた。
「ですがそれでもあの方々が野球、そして御自身のチームを心から愛しておられることには変わりはありませんよ」
「それはそうですね」
八条は金の言葉を受けてそう答えた。
「それは長官に同意します」
「有り難うございます」
金もそれを受けて感謝の言葉を述べた。
「私も野球はよく見ますから」
「おや、そうだったのですか」
アッチャラーンはそれを聞いて意外そうな顔をした。
「はい」
金はそれに普段と変わらない物腰で答えた。
「あの方々のリーグとはまた違ったリーグのチームですけれどね」
「そうなのですか」
「ええ。野球も面白いものです。感動もそこにありますから」
「ふむ」
アッチャラーンはそれを聞いて再び考え込んだ。
「では一度私も野球の試合をよく観てみることにしますか。そう言われると観たくなりました」
「ええ、どうぞ」
二人は同時にそう薦めた。
「やはり球場で直に観るのはいいですよ」
「テレビでゆっくりと観戦なさるのがよろしいと思います」
だがここでは考えが違っていた。八条は球場を、金はテレビを主張したのだ。
「むっ」
二人はここに思うところがあったがそれはとりあえずは収めた。そして金はテーブルの上にある料理に目を移した。そこには菓子や果物が置かれていた。
「首相」
そしてアッチャラーンに問うた。
「はい」
彼はすぐにそれに答えた。
「テーブルの上の料理ですが」
「おや、これですか」
アッチャラーンはそれを受けてテーブルの上に置かれている菓子や果物に目を移した。
「はい。宜しければ頂いてもよろしいでしょうか」
金は何時に無く物欲しそうな声であった。見ればその目も普段のそれとは違っていた。
「ええ、どうぞ」
元々パーティーの会食である。止めるいわれもない。アッチャラーンは笑顔でそれを薦めた。
「有り難うございます。では」
金は皿とフォークを手にした。そして菓子や果物を皿に入れ口に運ぶ。まるで子供の様に屈託のない朗らかな顔になった。
「やはりここのお菓子は美味しいですね。それに果物も」
「え、ええ」
はじめて見るその顔にアッチャラーンはいささか驚いていた。
「私もそう思います」
「そうですね。果物も新鮮で」
そう言いながら洋梨をかじっていた。
「本当によく選んでありますわ。それにこのアイスクリームも」
バニラのアイスクリームも皿に入れられていた。
「とてもよろしいです。カバリエ外相も褒められていただけはあります」
「はあ」
アッチャラーンは肝を抜かれた様な声を漏らした。だが金はそれに気付かずお菓子や果物を食べていた。
「八条長官」
彼はそれを横目に見ながら八条に囁いた。
「はい」
「彼女はもしかして甘党なのか。何時になく楽しそうに食べているが」
「ええ、そのようですね」
そして彼はそれに答えた。
「ケーキもお好きなようですよ。この前も美味しそうに食べておられましたから」
「それはまた意外だな」
アッチャラーンはそれを聞いて言った。
「だがいいな」
「宜しいのですか」
「うむ。こういったところに人間味が出て来るからな。いいことだ」
「はあ」
「首相、長官」
菓子を食べ終えた金はここで二人に声をかけてきた。
「ん、何だね」
これを受けてアッチャラーンはすぐに顔を向けた。当然話は中断となった。
「シェフはどちらにおられるでしょうか」
「シェフ!?ええと」
問われた彼はすぐに辺りを見回した。だが会場にシェフがいる筈もなかった。
「キッチンだと思うが」
「わかりました。では暫く席を外します」
「あ、うん。どうぞ」
アッチャラーンにそう言われると彼女は席を外した。そして何処かへ向かった。
「何処に行くのかな」
「キッチンでしょう」
八条はそれに答えた。
「まさか」
「いえ、本当に。あの人は自分で出来ることは何でもしなければならないと考えておられるのは御存知でしょう」
「ああ」
「だからこそです。御自身で謝礼を述べに行かれたのですよ」
「それはまた」
普通はないことであった。今は休憩中とはいえこうしたパーティーの席での食事でシェフに直接謝礼を述べるとは。しかも本人が行ってである。
「それが違うのでしょうね。あの人は他人を呼びつけることは好まれません」
「それは聞いているが」
「自分から行かれるのです。それだからこそあの厳格さでも多くの人に慕われるのでしょう」
「成程」
アッチャラーンはそれを受けて頷いた。
「だからか。ふむ、納得した」
「でしょう。私も驚いていますよ。少なくとも傲慢ではありません」
「そうだな。しかしだ」
「はい」
アッチャラーンの声の色が変わったのを聞いて八条もその声の色を変えた。
「その几帳面さと気配りがかえって彼女にとってマイナスになるかも知れないぞ、今後は」
「何故ですか」
「あくまでそういうケースもあるということだがな」
アッチャラーンはそう前置きしたうえで話しはじめた。
「それを付け込まれかねないということだ」
「ですがあの人にはこれとってスキャンダルもありませんし。付け込まれる要素は」
「そういう話ではない。また別だ」
「と言いますと」
「そのうちわかるかも知れない。それを逆手にとられかねないということだ」
「はあ」
「だがもっとも」
彼はここでにやりと笑ってみせた。
「あの彼女に付け込むというのは相当な能力があっても無理だろうがな。そんな人間はそうそういない」
「ですね。あのステッラでさえ」
「そうだな、あの女でさえ。ところで」
「はい」
アッチャラーンの声の色がまた変わった。今度は仕事の時の色になった。
「あの女のことは宜しく頼むぞ。そこから何が出て来るかわからないからな」
「わかりました」
八条は答えた。そしてそれからはパーティーを心ゆくまで楽しんだ。金はキッチンに姿を現わしシェフ達を驚かせた。そしてこの話は女性誌でも話題になった。
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