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第七部第三章 狐狩りその三
 これ程日本、いや他国の特定の国ばかり見ている国はない。これは明らかに韓国の国益に影響しているが彼等はそれでも止めようとしない。そういう関係が一千年も続いているのだ。
 最初は金と八条もそうした関係であると誰もが思っていた。だがどうやら事情が違うのだ。
「金内相は誰かを特定して批判するような方ではありませんよ」
 内務省の金専属秘書はこう語る。彼女は日本出身でありその側に常にいるからこそ言える言葉であった。
「むしろ個人としましては本当に公平で潔癖な方です」
 流石に厳格だの融通が利かないだのは言わない。しかしそれは真実であった。八条に対して色々と言ったのもやはり中央政府に入って間がなかったのと国防省の雰囲気がいささかまとまりを欠いているように見えたからである。だがそうではないとわかると批判は減った。それでもあることにはあるが。
 金はとりたてて日本に対する感情はない。八条をどう思っているかどうかは不明であるが。彼女自身が言う筈もない。結局この二人のことは憶測、いや妄想のうえで語られるだけであった。
 八条も中を進む。彼は案内を穏やかに断り首相の執務室に向かっていた。
 扉をノックする。そして中には入った。
「おお、来たか」
 アッチャラーンは彼を笑顔で出迎えてきた。その微笑は穏やかでありこれに魅かれる者も多い。
「でははじめるとするか」
 見れば金は既に来ていた。彼が来ると腕時計をチラリと見た。時間通りだ、と見たようであり何も言わなかった。
 三人はテーブルに着いた。ここでアッチャラーンは二人に言った。
「ステッラのことは覚えているね」
「はい」
「ええ」
 金と八条はそれぞれ答えた。
「なら話は早い。彼女がまた動いているという話が各国の首脳から出ているんだ。これも聞いているだろうか」
「小耳には挟んでいます」
「私のところにも来ています」
 少し金の方が返答が早かった。
「どうもまた動きを開始しているらしい。何を企んでいるかまでは詳しくはわからないが」
「やはりあの時取り逃したのが痛かったですね」
 八条は観艦式の前の捜査及び追跡で彼女を取り逃したことを悔やんだ。
「だがあの時は仕方がない」
 しかしアッチャラーンはそれを宥めた。
「あの時はそれよりも式を成功させることを優先させるべきだったし彼女を追い払うことには成功したからよしとすべきだ」
「有り難うございます」
「だが今回は事情が違う。そろそろ彼女を捉えたいのだ」
「そしてエウロパのスパイ網も一掃するのですね」
 金はアッチャラーンが次に言うであろう言葉を先にとってこう問うた。
「そういうことになるな」
 そして彼はそれを肯定した。
「今のエウロパのスパイ網に彼女の存在が大きいことはもうわかっていると思う」
「はい」
 今度は二人同時に答えた。
「頭を潰さないと何度でも甦るからな。今回はその頭を潰す」
「頭をですか」
 八条はそれを聞いてふと呟いた。
「そうだ」
 アッチャラーンはそれに答えた。
「君の国の神話にあるヤマタノオロチの話と同じようにな。まずは頭を切る」
「今度はその頭が一つであるのが救いですね」
 八条はそう言って微笑んだ。
「もっとも本当に一つなのかどうかはわかりませんが」
 ただしここでこう付け加えた。ステッラは変装の名人である。そしてその影武者もいる可能性も否定できなかった。全てが謎の存在であるからだ。
「そうだな。しかもその頭は恐ろしく狡猾だ。それもヤマタノオロチとは違うな」
「はい、その通りです」
 八条はそう答えた。
「しかも今回はオロチを誘き出す酒もありません」
「グリーニスキー大統領ならすぐに来るだろうがな」
 アッチャラーンはそれに合わせてこう言った。顔は笑っていたが目はあまり笑えなかった。
「それに彼女は蛇というよりは」
 ここで金が話に入ってきた。
「狐ですね。これも八条長官のお国に出ていますね」
「はい」
 八条はそれに頷いた。
「九尾の狐ですね。あれは本来中国の妖怪ですが」
「そうらしいですね。何でも王に取り憑き惑わしたとか」
「それから我が国に来て帝を惑わしたのです。恐ろしい妖怪だったと言われています」
 殷、そして周を滅亡、そして衰退に導きインドを混乱に陥れたと言われている伝説の九尾の狐である。我が国においては鳥羽天皇に憑いたと言われている。帝の御身体が悪くなられたのを見た周りの者はそれに対して陰陽道等を使い彼女の影を突き止めた。そして武士の力により遂に討ち滅ぼしたのだ。だがそれでもその魔力は残り石となってその上を飛ぶ鳥を落としたと言われている。
「狐か。ならばさらに厄介だな」
「そういうわけでもありません」
 しかし金は平然としてこう答えた。
「狐にしろ弱点はあります」
「それは何だね」
「蛇と同じです」
「蛇と!?それは一体」
 アッチャラーンと八条はそれを聞いて首を傾げさせた。
「まさかとは思うが酒ではないだろうね」
「はい、それではありません」
 金は微笑みもせずそう答えた。そして言った。
「狐もまた好物がありますね」
「狐の!?それは一体。鳥とでも言うのかね」
 アッチャラーンには言葉の意味がよくわからなかった。タイは地球にあった頃からあまり狐とは親しくはないのである。どちらかというと温帯や寒帯に住む生き物だ。今もタイの領有する星系はどちらかと言うと暑い星ばかりである。従って狐やそういった類の生き物にはあまり縁がない。
「いえ、違います」
「ううむ、わからないな。狐というと何だ」
「それは八条長官ならよくお解りだと思いますが」
 ここで八条に話を振った。嫌味のない口調であった。
「成程」
 彼はここで頷いた。そしてそれから微笑んだ。
「それならわかりました。揚げですね」
「はい」
 金はその問いに頷いた。アッチャラーンはそれを聞きようやく理解した。
「揚げ!?ああ、あれか」
 和食の一つである。豆腐を油で揚げたものだ。非常にポピュラーな和食の一つとして知られている。
「あれは狐の好物だったのか」
「はい。日本では狐はあれに目がないと言われています」
 八条はここで説明した。
「これがあると聞くと他のものは目に入らなくなrます。それでの失敗する話や笑いものにされる話は数多くありますよ」
 どちらかと言うと日本の狐は恐ろしい存在ではない。頭の回転が早くよく悪戯をするが何処か間が抜けていて愛される存在である。これは狸も同じであるが彼等は人間に勝てずよく懲らしめられるのである。
「ふむ、そうだったのか」
 アッチャラーンはそうした話は知らなかった。狐にあまり縁がないのでこれは無理もないことであった。
「それにしても金長官はよくこんな話を知っていたな」
「いえ」
「どうしてこの話を知ったのかね。よかったら教えてくれないか」
「子供の頃本で読んだのです」
「本でか」
 アッチャラーンは金の言葉に頷いた。
「はい、日本の話だとはその時は知りませんでしたが」
 ここで二人に気付かれないようにちらり、と八条を横目で見た。
「面白い話だと思いましてよく覚えているのです」
「そうだったのか。だがこれでやり方が決まったな」
「といいますと」
 二人はここで同時に尋ねた。
「誘い出すんだ。その揚げでな」
「揚げで」
「そうだ。スパイが最も好きなものは何だ」
「機密」
「そう、それも新しくて大きなものをな。これだけ言えばわかるだろう」
「はい」
 二人はそれに頷いた。
「ではすぐにその揚げを作ってくれ。そして猟師も用意してくれ。狐に悟られないようにな」
「わかりました。それでは」
 八条と金はここで互いを見やった。
「すぐに取り掛かりましょう」
「うむ、頼むぞ」
 こうして三人の会談がはじまった。それによりおおよその計画が決められた。
 だがこれで終わりではなかった。今後もアッチャラーンを中心として話し合いが進められることとなり総理府と内務省、そして国防省はステッラに対して特別捜査チームを作ることも決められた。アッチャラーンが責任者となり、内務省からはドトールが、国防省からはアラガルとンガバが派遣されることも決められた。こうしてステッラを捕らえる猟師達も決められたのであった。
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