第七部第三章 狐狩りその一
狐狩り
環太平洋各国の会議の結果はすぐにその他の諸国の首脳達にも伝えられた。これを受けて中南米やアフリカ各国も会議を開いた。そして義勇軍の地位の承認とステッラの排除が決定された。
義勇軍のことは中央議会でも可決された。だがステッラのことはあくまで極秘であった。
「それも当然だな」
話を聞いたキロモトは迷うことなくそう答えた。
「スパイの排除をわざわざ議会で言うような者はいない」
「はい」
隣に座るアッチャラーンがそれに同意した。
「自らの行動を伝えていては何にもなりませんからな」
「そういうことだな。だがかなり厄介な獲物だな」
「そうですね。今まで捕まえるどころか尻尾すら中々掴ませなかった女です。いや、そもそも女であるかどうかすら疑問ですぞ」
「変装、か」
「その可能性はあるかと。変装にも長けておりますから」
「ますます厄介だな。どうやって捕まえるか」
「それはもう内務省と国防省の話になりますな。総理府としても出来る限りのことはしますが」
「そうか。では今回のことは首相に任せたいのだがいいか」
「喜んで」
アッチャラーンは鋭い目をしてこう答えた。
「ステッラには我が祖国も痛い目に遭っておりましてね」
彼の目はさらに険しいものとなった。
「何としても捕らえたいと思っていたのですよ」
タイはかってステッラに潜入されていたことがある。国家の中枢にまで入り込まれ国王の側にまで近寄られたことがある。そしてタイの機密を全て掴まれたのだ。
気がついた時には逃げられていた。自分の側にまでいたことを聞いた国王は絶句し、時の政権は責任をとって総辞職した。タイの政界は暫く混乱状態に陥ったのは言うまでもない。
その時のことが彼の脳裏にあった。だからこそこう言ったのである。
「では頼むぞ」
「お任せ下さい」
アッチャラーンは頭を下げた。そして部屋から退出し総理府に帰った。
「お帰りなさいませ」
「おう」
出迎えた職員に彼はにこやかに手を振って応えた。彼は上司としては気さくで飾らない、鷹揚な人物として知られている。部下には優しいことで有名である。
執務室に入るとすぐに電話を手にした。まずは内務省、そして国防省にかけた。
暫くして二台の車がほぼ同時に総理府に到着した。そして一台からは八条が、もう一台からは金が出て来た。
「また来たよ」
総理府の者は金が来たのを見て溜息をついた。総理府の者にとっても彼女は厳格で融通の利かない人物であった。彼等の怖れる未来として彼女が総理になることであった。
「大統領になるよりましだろ」
こうした意見もある。それも恐怖である。だが大統領府は総理府ではない。これだけで充分であった。総理府に彼女が降臨したならばそれだけで総理府は鉄の城になってしまうと言われているのだ。
金は車から降りると挨拶を受け中に進んだ。やはり案内役はいなかった。彼女自身がそれを拒否するのだ。
「一人でできることは一人でしなければなりません」
これが彼女の持論であるのは言うまでもない。従って内務省ではお茶にしろコピーにしろ雑用はそれを必要とする者がするようになっている。それは彼女自身もである。
その彼女が総理府に入ったらどうなるか、言わずとも知れたことであった。そして誰もがそれを恐れていたのだ。
「八条長官ならいいのだが」
これは全ての者の統一見解であった。
八条は自分自身の服装や行動はしっかりとしているが周りの者には多くを求めない。最低限のことだけしていれば服装や行動には文句を言わないのだ。その為国防省の空気は比較的穏やかなものであった。無論それは金の批判材料であった。
「八条長官は甘過ぎます」
それが彼女の意見であった。だが宗教家ですら辟易するような厳格な彼女の基準なのでこれはあまり納得できるものではないのが多くの者の意見であった。
だからといって彼女が嫌われているわけではない。彼女自身の人間性は清潔であり、公平であった。そして人を褒める時は褒める。それもあくまで公正であった。その為嫌われるということはなかったのである。ただ怖れられているだけである。
「あれで結婚できるのだろうか」
「旦那さんは大変だな」
そう噂されることもあった。とかく彼女はそうして厳格な女性として見られていた。無論甘いものには目がないことも有名であった。連合でもう一人甘党といえばグリーニスキーであったが彼は菓子を酒のつまみとするだけであるので少し違っていた。彼の場合は近いうちに成人病になるという説もあった。
金はそれに対して均整のとれた身体をしていた。常に地味で面白みのないスーツを着ているが彼女の美貌は確かなものであった。それはどちらかというと女性に好かれる容姿でありそれにまつわる噂もあった。だが実際には彼女は同性愛者ではない。これについても彼女はコメントしている。
「噂は噂、真実ではありません」
それだけであった。あまりにも生真面目と言えば生真面目であった。これがかえって女性達の支持を受けているのである。
これに対して八条の人気は違っていた。連合らしくないと言えばらしくない貴族的な容姿と物腰に加えてその穏やかな性格である。そして次々に仕事を的確にこなしていることからも高い評価を受けていた。金がロシアの女帝エカテリーナや女裁判官だとすれば彼は光源氏や貴公子であった。
「あれは貴族だよ」
誰かがこう言った。するとすぐにこうした反論がやって来た。
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