第七部第二章 老将その七
「それは残念ですな」
彼は何時になく落胆した顔でそう言った。
「総理はどうですか」
ここで総理とは日本の総理のことを指す。首相と呼ばれることもあるがこうした場では日本の首相は総理と呼ばれることが多いのである。
「はい」
伊藤はそれを受けてにこやかに笑ってから答えた。
「私はやはり日本酒が一番好きですが」
「ほう」
実はこのグリーニスキーは和食が好きなので有名である。寿司がとりわけ好きで柔道も嗜んでいるのだ。それで日本酒のCMに出たこともある。ロシアの国でだが。
「それはいい。私はあれも好きでしてな」
やはりその目の輝きが変わってきた。
「ではウォッカはどうですかな」
「やはりそうきたか」
その場にいた者は皆内心でそう呟いた。
「ええ」
伊藤はそれに対してやはりにこやかに答えた。
「あれはやはりストレートでしょう」
「何っ!?」
それを聞いたグリーニスキー以外の全ての者が内心絶句した。
「身体が冷えた時にはあれが一番だと思います」
「全く。同感です」
彼は満面の笑みをもってこれに同意した。
「まさか総理がこれ程お酒に造詣が深いとは思いませんでした」
「主人の実家が造り酒屋ですので」
「何と羨ましい。一度紹介して頂けませんか。是非作りたての日本酒を飲ませて頂きたいです」
「はい。宜しければ次の訪日には」
「楽しみにしていますぞ」
これは心からの言葉であった。その証拠に目の光が違っていた。グリーニスキーは何時になく楽しい気持ちとなっていたのであった。
「さて」
ここで議長役を勤めるシンガポールの第一首相ゴー=シェイロンがそこにいる全ての者に対して声をかけてきた。ふくよかな外見の老人である。
「皆さんお酒のお話はそれ位にしましょう。会議に入ろうではありませんか」
「おっと、そうでしたな」
まずはグリーニスキーが話に戻ってきた。
「いかんいかん、酒の話になるとつい」
「グリーニスキー閣下の悪い癖ですな」
「全く。お恥ずかしい」
彼は照れ臭そうにそう答えた。他の者もその間に席に戻っていた。
「ではよろしいですな」
ゴーはそれを見届けて一同に再び言った。
「はい」
彼等はそれを受けて答えた。見ればアジア太平洋各国の首脳達が一同に会していた。それだけ見ても何やら重要な会議であることは一目瞭然であった。
「さて、今あのティアマト級巨大戦艦に乗ってこの地球にやって来たサハラの兵士達ですが」
「はい」
皆ゴーの言葉を受けて頷く。
「彼等についての皆さんのお考えをお聞きしたいのですが」
「それは各国の考えと認識してよろしいのですか?」
モハマドがそれに問うた。
「ええ、勿論」
ゴーはそれに答えた。
「皆さんもそのおつもりでしょう」
「確かに」
これは彼等もあらかじめわかっていることではあった。念を押す為に聞いたのである。
「ではあらためて各国の御意見をお聞きしましょうか」
ゴーはここで再度こう言った。そして円卓に座る各国の首脳達を見る。見れば大統領や首相等その国を代表する者達ばかりである。だが彼はそれでも臆するところはなかった。
「我が国としましては」
まずはマックリーフが口を開いた。
「彼等の存在は賛成です。連合軍の先鋒として思う存分活躍してもらいたいです」
「そうですな。いざという時の為の精鋭部隊というのは必要であるかと存じます。連合軍にはそれがない」
李もそれに同意した。アメリカと中国がまず賛成の意を唱えた。
「しかしですな」
だがここでタイの首相ティアン=ホア=チャクラーンが手を上げた。見れば長身の痩せた男である。元軍人でありかってはタイ軍の大将を務めていた。
「彼等は異国の兵士達です。その彼等を兵士にするというのはどうかと思いますが」
「彼等の国籍は連合のものですよ」
オーストラリア大統領ダグラス=ワイルドが彼にそう言った。黒い髪にアジア系の肌の色をしておりその青い目はかなり大きい。この人物は連合においてはかなり有名である。
何故有名であるかと言うとまずオーストラリアという国の存在が大きい。この国はかってはイギリスの植民地であり長い間イギリス連邦の一員として存在していた。そういった意味ではカナダも同じである。
だが二十一世紀中頃にイギリス連邦から脱退し、正式に独立国となった。それまでにかなり激しい議論があったのである。カナダはそれにならってイギリス連邦から脱退している。
そしてそれからは日本等と協力してそれまでの地位をさらに強固なものにしていった。元々南太平洋の盟主的存在であり、その地位は高かった。だがイギリス連邦からの脱退によりそれをさらに顕著なものにしたのだ。
それからは環太平洋諸国のメンバーとして重要な役割を果たしてきた。連合においてはそれがさらに高まり、今ではバランサー的な存在となっているのだ。
このワイルドという男も有名であった。他の国の首脳に対しても言いたい事を思う存分言い、それでいて内政及び外交に大きな成果をあげており連合においてもかなり有名な人物となっていた。その彼が今口を開いたのだ。各国の首脳達は彼の意見に注目した。
「彼等は連合市民として待遇を受けております。何ら問題はない筈ですが」
「しかしですな」
チャクラーンも大将まで務め、一国の宰相になっている男である。だからといって引き下がるつもりもなければ彼の考えも持っていた。
「彼等はあくまで難民です。そうした者を軍に入れるというのは少し後ろめたいのではないかと思うのですが」
「道義的にはそうですね」
ワイルドはそれを受けてこう言った。
「ですがそれだけでは国は成り立ちません。そして軍にはそうした部隊も必要です。それはチャクラーン首相が最もよく御存知の筈ですが」
「確かに」
チャクラーンはそれを渋々ならがも認めた。
「あまり好きではないですがな」
「ですが必要なのは認めておられますね」
「はい」
彼はあくまで道義といった視点から見てそう言ったのである。そして政治には時としてそうした道義といったものを捨てなければならないのもわかっていた。そして彼は軍人として視点からこうした部隊が必要なのはよく認識していたのだ。所謂正規軍の前に立つべき部隊をである。
「問題は彼等が果たして望みどおりの活躍をしてくれるかどうかですね」
ここでゴーがこう言った。
「チャクラーン首相はそれも御心配なのではないでしょうか」
「ええ、その通りです」
そしてチャクラーンはそれを認めた。
「彼等はやはりサハラの者です。果たして我々の為に戦うかどうか。それも不安なのです」
「ならば彼等が戦う状況にすればいいのですな」
ワイルドはやはり突き放した様子でこう語った。
「色々と方法はありますが」
「それは一体何でしょうか」
ゴーがそれに質問した。
「例えば彼等の待遇をさらに良くするとか。給料を上げるのがその最たる例でしょうね」
「しかしそれだと他の将兵との間に溝ができますぞ」
チャクラーンはそれに反論した。
「そうなれば元も子もありません」
「危険な任務に対する当然の報酬です。パイロットや特殊部隊がその分の報酬を別に受けているのと同じではないですか」
やはりワイルドは落ち着いてそう返した。
「むう」
チャクラーンはそれを受けて考え込んだ。彼も頑迷なわけではないのだ。
「そういう考えもありますな、確かに」
「そうでしょう、こう考えるとやりやすいのではないですかな」
「そうですな。ただ彼等にはその分頑張ってもらわなければならなくなりますが」
彼等が火事場に飛び込むのは最早規定路線であった。それを踏まえての発言であった。
「その分の装備は充実させる予定らしいですがね」
「まあそれは当然でしょう」
彼には彼等も納得した。
「損害は軽微に抑えなくてはなりませんからな。それで連合国防省も動いているようです」
「それは何よりですな。ところで」
ここでゴーは話題を変えにかかった。話が大体済んだと見たからだ。
「近頃またあの女が動き出したようですぞ」
彼の目の光が変わった。先程までの温厚なものとは違っていた。
「あの女ですか」
それを聞いた一同もすぐに態度を変えた。
「やはりエウロパに逃げ帰ってはいなかったのですな」
「はい。どうやらそのようで」
ゴーは暗い声でそう答えた。
「この連合領内で再び活動を活発化させようとしております」
「懲りませんね、あの女も」
李は不快感を露にしてそう言った。
「今度は何をしてくるやら」
「それですが」
ここでゴーは机の下から何か取り出した。それはファイルであった。丁度人数分あった。
「これを御覧下さい」
そしてそれを円卓にいる一同に渡させた。皆それに目を回した。
「ふうむ」
彼等はそれを見て考え込んだ。深刻な顔であった。
「これは本当ですか!?ここまで調べているとは」
「ええ。本当です」
ゴーは答えた。それは連合軍の細かい配備状況、部隊状況等であった。主要な指揮官の名前まで記載されている。それがエウロパに渡ったという証拠であった。
「まさか」
と誰もが思った。しかしこれは事実であった。
「あの女らしいと言えばそうなりますが」
「しかしそれでも信じられませんな」
「はい。私もそう思います」
ゴーはこれに答えた。
「問題はまだ調べられているということです。このデータは中南米の他の国々やアフリカ諸国、新興諸国にも渡す予定です」
「そうですな。それがいい」
これには誰もが賛成した。
「しかしステッラが動いているということをよく見つけられましたね。一体どのようにして」
「ふふふ」
マックリーフの言葉にゴーは微笑んでみせた。
「シンガポールの司祭からお聞きしたのですよ」
「司祭から」
「ええ、カトリックの。これだけ言えばおわかりでしょう」
「確かに」
そうであった。カトリックの本拠地バチカンはエウロパにある。連合にはないのだ。司祭等高位の聖職者の任命はバチカンが行う。そして連合とエウロパの間の直接の移動は司祭のみが行える。その為カトリックの関係者に化けて連合に潜り込む者が多いのだ。
「その司祭様が仰ったのでう。とある人の懺悔として」
「まさかその人物がステッラと関わっていたと」
「そのようで。司祭様が私に仰ったのですよ。彼女が動いている、とね。それで私は捜査を命じまして。結果としてこれだけのことがわかったのです」
「左様でしたか」
「はい。残念ながらその懺悔をした者が誰かはわかりませんが」
「そうでしょうな。その者自身が何かある可能性がありませ」
「それは否定できません。ですがこれだけのことがわかったのは事実です」
「はい」
「最早放ってはおけないでしょう。至急にステッラを排除すべきです」
「ええ」
「そうですね」
皆それに賛成した。これで彼等の考えはまとまった。
「我が国のFBIやCIAを使うべきでしょうか」
マックリーフはここでふと呟いた。
「彼等ならあの女を捕らえることができますよ」
「それなら我が国の中央警察でしょう」
李がまるで対抗するようにこう言った。
「数も違いますし」
「それは有り難いですが」
だがゴーはそれには賛同はしなかった。
「それだけではあの女を捕らえることはできないでしょう」
「何故ですかな」
マックリーフも李もこの言葉に不快感を少し見せた。
「今まで各国の警察や軍が彼女を追跡しました。ですが一度たりとしてその影すら掴むことはできませんでした」
「はい」
それを聞いた各国の首脳達は苦虫を噛み潰した顔になった。事実だからである。
「これは中央政府に協力しましょう。それでいいですね」
「わかりました」
それを言われるとこう言うしかなかった。ゴーはそれを見てにこやかな笑みを戻した。
「それではこれで決まりですね。皆さん宜しいでしょうか」
「はい」
彼等は答えた。これで会議は終了した。
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