第七部第一章 流浪の民その六
ハサン上層部の予想は当たっていた。エウロパはこの時確かに連合に対する諜報を強化させていた。
「ステッラからの報告があがってきているか」
総統官邸でラフネールは情報部長であるチェーザレ=デ=シリアーニと会っていた。
「はい。ハサンを経由して届いております」
アイスブルーの瞳に金色の髪を持つエウロパの将官の軍服を着た男が敬礼の後そう報告した。
顔立ちはまるでルネサンス時代の絵画の戦士の様に整っている。背も高いがそれ程筋肉質ではない。均整のとれた身体をしている。
彼の名はチェーザレ=デ=シリアーニという。三十代の若さにしてエウロパの情報部を統括する男である。その能力はエウロパだけでなく連合やサハラ各国においてもよく知られている。
「アイスブルーの悪魔」
それが彼の通り名であった。これは連合のある国の情報部の者が名付けたものである。
士官学校を卒業後情報部に入った。そしてすぐにサハラ担当に配置されたのだ。
サハラ北方のある国に潜入するとそこの軍の上層部の一人を買収して軍事機密を次々に入手していった。そしてそれをそのままエウロパ総督府に回し軍の侵攻を促した。これによりこの国はエウロパに滅ぼされた。一人で一国を滅ぼしたのである。
それを伝え聞いた連合の情報部員がそう言ったのだ。その他にも彼は多くの功績を挙げ今に至る。時として姦計も用いる油断ならない男とされている。だがそれは情報戦においてだけであり普段の彼は乗馬やポロを愛するごく普通の貴族の男であった。子爵の爵位を持ち裕福な暮らしを送っている。妻や子供達に対しては良い夫であり優しい父であった。部下や使用人達に対しても寛容であり穏やかな良い上司であり主人である。教養も高く公平な人物としても知られている。その姦計はあくまで軍人としての責務であり本人の人格とはまた別であったのだ。
「今現在彼女は地球に潜入しているようです」
「地球にか。また大胆だな」
ラフネールはそれを聞いて思わず声をあげた。
「彼女の行動は我々をよく驚かせるな」
「本当に優秀な情報部員とは死地に入っても落ち着いたものです。彼女もそうです」
シリアーニはここでこう言った。
「ですからそれについては特に驚かれることもないかと思いますが」
「そういうものか」
ラフネールはそれについては今一つ納得できなかった。彼は情報部に勤めたことはないのである。
「だがここは彼女に任せるか」
しかし本当に能力があるかどうかを見抜く目は持っていた。そしてその者に思い切って任せることもできた。その時彼はそうした。
「そして卿にも」
ここでシリアーニにも声をかけた。
「ハッ」
シリアーニはそれに敬礼でもって返した。
「それではお任せ下さい。必ずや連合の細部まで調べて参りましょう」
「頼むぞ。ところで今のところ連合軍のことでわかっているのはこの数枚のディスクにあるだけか」
彼の机の上には数枚のディスクが置かれていた。ステッラの入手した連合軍の情報が入っているのは言うまでもない。
「はい」
シリアーニはそれに答えた。
「ですがそこにかなりの情報が入っております」
「どの程度だ」
「どの艦隊が何処に配置されているか。その艦隊の編成と艦長クラスまで」
「またえらく細かいな」
「それでもまだ足りないかと。連合軍の規模は何しろ巨大ですから」
「そうだな。今の時点で我が軍の二十倍だ。軍備を急がなくては」
モンサルヴァートの進める軍備増強は認めていた。今エウロパはそれにならい急激な軍備増強を行っているのだ。
「そうですね。ですが幾ら増強してもやはり限界があります。三百個艦隊程が限度かと」
「そうだな。財政を考えてもそれが限度だ。それ以上は」
「はい」
軍にだけ金を回すことはできなかった。福祉や教育、インフラにも回さなくてはならないのは言うまでもないことであった。今の時点でエウロパの財政はそれ等に加えて軍備の増強がかかり余裕のない有様であった。財相であるローズマンが頑張っている為赤字だけは避けられているが余裕のないことは変わらなかった。
「十倍の敵に如何にして対抗するかだ。普通に戦ってはとても太刀打ちはできない」
「連合軍は装備もかなりのものですし」
「とりわけあの巨大戦艦だ」
「ええ。やはりあの艦はかなりの脅威です」
ティアマト級巨大戦艦のことは彼等も念頭にあった。
「あれだけではない。艦艇や艦載機、陸上兵器の質は我々のものより遙かに上のようだな」
「そうですね。それは前の報告の通りです」
「あれは見た。あそこまで強力な兵器を造るとは思っていなかった」
「特に攻撃力と防御力に優れています。通信及び探索能力も我が軍のものより遙かに上です」
「我が軍の艦艇や兵器が勝っているのはどうやら機動力だけしかないな」
「そのようです。これ等は将兵の質でカバーするしかないと思われます」
「連合の将兵の質はどうか」
「そちらはごく普通のようです。訓練もさして厳しくはないようです。軍律は極めて厳しいですが」
「そうか」
「彼等にとって軍人というのはあくまで職業の一つに過ぎないものですから」
「それは昔からだな。我々とは違う」
「はい」
連合においては『高貴なる者の義務』として考えられている。従って貴族は軍に入ることが多いのだ。このシリアーニもそうであった。
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