第二十七部第四章 嵐が迫りその四
「そうして準備に取り掛かっている筈だ」
「そのままにして宜しいのですか?」
「いい」
しかもそれもいいと言う。
「好きにされてばいい」
「ですが閣下」
参謀の一人が焦りを抑えられずにシャイターンに問うた。
「質問をお許し下さい」
「言っている筈だ」
シャイターンは自信に満ちた声で彼に言葉を返した。
「私に言いたいことがあるならば何時でも誰でも言っていいとな」
「はっ、それでは」
シャイターンは他者の言葉を遮ったりはしない。よい意見ならば好んで採用する。そうした度量も併せ持っているからこその国家主席であるのだ、
「それでは相手に先を制されてしまいますが」
「そうだな」
シャイターンはそれも認めた。
「一日の差は実に大きな」
「それではだからこそ」
「だが」
しかしここで彼は言った。
「既に私が先を制していればどうか」
「既に先を!?」
「そうだ」
パンをその手で千切った。エウロパ風の白い柔らかいパンだ。彼はパンはそちらの方を好んでいた。敵のものをあえて征服しているのだと言わんばかりの態度で食べていた。
「そうならばどうか。それならば」
「既に敵を手の中に収めていると」
「私はそのつもりだ」
口元に悪魔的な笑みを浮かべて述べるのだった。
「だからだ。焦ることはない」
「左様ですか」
「そしてだ」
シャイターンはまた部下達に問うた。
「先に向かわせた別働隊はどうしているか」
「既にコムに接近しています」
グータルズが答えた。
「敵に発見されないように予定地点で潜伏しています」
「ならばいい」
彼の言葉を聞いて満足して笑うのだった。
「それで勝利は確約されたものだ」
「そうなのですか」
「それで」
参謀達はそれを聞いてそれぞれ言葉を出す。中にはまだ信じられないといった感じの声もあったがシャイターンにとってはそれもまた自身の勝利への輝かしい前奏曲であった。
「見ているのだ」
落ち着いた声でまた述べた。
「我が軍の勝利を。そして」
「そして?」
「華麗な滅亡をな」
右手で頬杖をついた。左手にグラスを持ち。ロゼのワインが妖しい光を放っていた。
「それはもうすぐだ」
「左様ですか」
「滅亡といっても様々なものがある」
シャイターンは笑みを浮かべて何かを見ていた。その何かが彼に言わせていたのだった。
「だが。それは華麗でなければならない」
「滅亡もですか」
「では聞く」
問うた参謀達に問い返した。
「ただ滅亡するだけでは。どうか」
「ただ滅亡するだけでは」
「味気ないな。華が散る時は美しく散るもの」
それは彼の美学だった。華を愛する彼の。
「国もまた華だ。それならば」
「美しく、ですか」
「私も然りだ」
急に自分についても述べた。
「そうでなければ意味がない」
「ティムールもですな」
「それは言うまでもないと思うが」
不敵な笑みを浮かべる。自信に満ちた笑みを。
「全ては華麗に勝つことにこそ意味がある。いいな」
「はっ」
「では今より」
「しかしだ」
焦りを見せていた部下達に対して告げた。
「焦ってはならない」
「むっ」
「見たところ貴官達は焦っているな」
彼は部下達もよく見ていた。既にそれを見抜いていたのである。
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