第七部第一章 流浪の民その三
軍服のデザインも気に入った。黒のスーツの様なものに金のモールがある。どちらも彼の好きな色であった。
「元帥までの昇進もあるのか。だがこれはどうでもいいな」
所詮自分達は難民である。しかも連合にとっては余所者だ。どれだけ昇進しても中枢に就くことができないのはわかっている。言うならば傭兵であるからだ。
だがそのアガデス軍とは比較にならない程の給与と待遇が気になった。これについては考えさせられた。
「入ってみるのも悪くないか」
そう思った。だが今は決断を下すのはやめた。
見れば募集の期限はまだまだ先だ。ゆっくり考えてもいいと思った。
その日はそれからネットをした後でベッドに入った。翌日の仕事に備えて早めに眠りに入った。
起きて朝食、そして身支度を整えて仕事場に向かった。作業服に着替えて早速仕事に入る。
「おうい」
今日の仕事場であるオリーブ畑に来ると後ろから誰かが声をかけてきた。
「おお、あんたか」
見れば同僚の一人である。彼はまた別の国の軍人であった。やはり難民である。やけに大きな武骨な感じの男だ。
「昨日メールが来なかったか?」
「あんたもか。こっちもだよ」
グータルズは答えた。
「連合軍の募集のやつだな」
「ああ、かなり待遇はいいな」
彼もそちらに目がいったようである。
「連合軍ってのは太っ腹だ。あれだけもらえるなんて俺のいた国じゃ夢みたいな話だ」
「こっちでもだ。普通軍人ってのは財布は軽いものだからな」
これはサハラ各国の特徴である。軍人は名誉を食べて生きていると言われている。生活に必要なだけあればよいという考えもある。
「で、どうするんだ?」
彼はここで尋ねてきた。
「どうする、というのは?」
「いや、志願するかどうかだよ。例えば俺だと軍曹になるがあんたは少尉からだろ、階級は」
「ああ」
「軍曹でもかなりいい暮らしができる。ここでの生活も悪くないがな」
「そうだな。少なくとも今の生活に不満はない。難民とは思えない位だ。だがな」
グータルズはここで目の色を変えた。
「待遇よりも銃を持ちたい理由がある」
「それは俺も同じだ」
彼はここで頷いた。
「あいつ等に復讐して祖国に帰る為にな」
「そうだ」
グータルズはそれに頷いた。
「サムディさん」
「ああ」
彼はここで目の前の同僚の名を呼んだ。
「あんたは確かマラケシ共和国の出身だったな」
「ああ、そうだ」
彼はそれを認めた。
「陸戦部隊にいた。この体格を買われてな」
「そうらしいな」
「俺の祖国もモンサルヴァートの軍にやられたよ。ある時急に攻め込まれてな」
「こっちは謀略で内戦を起こされてからだ。どちらにしろ同じだが」
「そうだな。俺達は奴等に国を追われた。それは同じだ」
その大男トゥース=サムディは言った。
「そしてここまで流れ着いた。死ぬような目に遭ってな」
「ここにいる者は皆そうだな」
「連中のせいでな」
サムディは吐き捨てるようにして言った。
「その恨みは忘れられるもんじゃない。それは国に帰るまで変わらないだろうな」
「こっちもだ」
グータルズはそれに同意した。
「帰りたいな、サハラに」
「そうだな。その為なら何だってするぜ、俺は」
「こっちもだ」
これはここにいる者の多くが同じ考えであった。
彼等はやはりサハラの者であった。連合にいても心はここにはなかった。やはりサハラで生き、サハラで死にたいと思っているのだ。
「だが入ったからといって帰れるとは限らないな」
「それはわかっている」
グータルズは答えた。
「これは多分連合の宣伝だろう、エウロパ向けの。そして何らかの理由でより多くの兵が欲しい」
「正規軍とはまた違った意味でか」
「そうだろうな。言うならば正規軍が楯や鎧、兜で剣となる軍が欲しいのかもな」
「つまり使い捨ての部隊ということか」
「悪く言うとな。何かあったら先頭に行ったり後詰をしたりする。そうした部隊が欲しいのだろう」
「あの長官はそうしたのを求めるタイプだとは思わないがな」
「八条長官か。日本出身の」
「ああ」
彼のことは彼等も聞いていた。悪い印象はない。
「確かにあの人にはそうした考えはないだろう。だが軍としてはどうだ」
「成程、そういう意味か」
サムディはそれを聞いて頷いた。
「軍としてはそうした部隊も必要ということか」
「言うならば二十世紀のアメリカの海兵隊みたいな存在なのかもな」
「海兵隊か。あの」
アメリカ海兵隊は連合軍の統合まで存在していた。また今も海兵部隊は存在する。独自の機動力と豊富な火力を誇り有事の際には最初に動く部隊である。常時戦闘状態にある精鋭部隊だ。
「そうした部隊が欲しいのだろう、何かあった場合に」
「それを俺達に任せるということか」
「そういうことなのかもな。これはあくまで予想だが」
グータルズはそう語った。
「だからこそそうした話を我々に持って来たのだろうな」
「そうか。宣伝の他にもそうした狙いがあってか」
「俺はそう考えるがな。普通に宣伝だけでやるとは思えない」
「ふうむ」
サムディはそこで考え込んだ。
「入ったからといって国に帰れるというわけでもない」
それは彼にもよくわかることであった。
「だが奴等に一泡吹かせることはできるかも知れないんだな」
「これからの状況次第ではな。殆ど可能性はないにしろ」
「待遇はいい」
「それも魅力ではあるな」
「どうするかだな。ここでの生活も悪くはないが」
二人はそう話し合い考え込んだ。そうしているうちに昼になった。
食堂に向かう。そして同僚達と食事を採る。
「おい、そっちにも来たのか」
「ああ」
どうやらここにいる者全てにメールが送られてきたようである。連合軍はどうやら本気のようだ。
「間違いないな」
「ああ」
グータルズとサムディはそれを横目で見ながら頷き合った。そして連合の考えがわかった。
午後の仕事も終わり家に帰る途中で二人は喫茶店に入った。コーヒーを飲みながら話をする。
「どうする、これから」
グータルズが話を切り出した。
「どうするか、か」
「そうだ。入るのか入らないのか」
彼は単刀直入に入ってきた。
「ここで平和に生きるか、それともまた銃を手にするか」
「二つに一つか」
「今サハラではシャイターンという男が北で勢力を築いている。彼ならエウロパの連中をサハラから追い出せるかも知れない」
「そうしたら俺達は国に帰ることができる」
「そうだ。だがそれは自分達の手で勝ち取りたい」
「つまりエウロパを倒したいということか」
「さっきも言ったが可能性は殆どないにしろな」
彼はそこで言った。
「この手でサハラに帰りたい、その気持ちはあるだろう」
「当然だ」
サムディは強い声で答えた。
「一日たりとも忘れたことはない」
「それは俺も同じだ」
タルジークは言った。
「それならばサハラに帰るか」
サムディは問うてきた。実際にそうする者もいる。そして傭兵になるのだ。難民は傭兵の供給源でもあるのだ。
「悪くはないな」
タルジークは答えた。
「しかし俺は別の方法を取りたい。そちらの方が明るい気がする」
「つまり連合軍に入るということか」
「そうだ。そちらの方がエウロパに確実に復讐を果せる気がするからな」
「気がする、か」
「あくまで直感でしかないがな」
「ふむ」
サムディはそこで考え込んだ。この様な外見であるが彼は思慮深いのである。
「ではそうすればいい。俺も入ろうと考えていたところだしな」
「そうか」
「ああ、今のサハラではエウロパと正面きって戦える国はない。ハサンでも役不足だ」
「エウロパに対抗したいのだな」
「そうだ、あの時にはっきりそう思った」
彼はここでアガデスにいた頃を思い出した。あの時彼は為す術もなく敗れ国を追われた。その屈辱は今でも忘れてはいない。
「何時の日かこの連中を倒してやると。連合ならばそれが可能だ」
「確かにな。連合の力ならば」
連合とエウロパの力の差は歴然としていた。圧倒的なものでありタルジーク達もそれはよく認識していた。
「では志願するか」
「ああ」
タルジークは頷いた。
「連合軍に入る」
「よし」
これで決まりであった。後日彼等は連合軍に志願した。そして連合は彼等を受け入れた。こうして多くの難民達が連合軍に参加したのであった。
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