第二十六部第四章 権威の失墜その二十二
「総督府を失い領土も失った」
「賠償金さえも」
「額こそ違えど。同じだな」
実は連合はここで実際にベルサイユ条約を参考にしたのである。あの時英仏はドイツに対してあまりにも過酷な条約を押し付けた。それがドイツ人の心に残り怨恨となった。それがヒトラーを生み出す原因の一つとなったのは歴史においてある通りである。連合中央政府の面々はそれを熟知していた。だからこそ過度に過酷なものとはしなかったのである。それでも充分過ぎる程の屈辱を彼等に与えることは忘れはしていないのであるが。ブラウベルグ回廊やニーベルング要塞の名を変えたのもそれによるものである。ただしあそこまでの過度な賠償金は要求せず名前も適度なものに考慮した。老獪と言えば老獪なのである。
「何処までも」
「全くです」
カミュは忌々しげな声で返した。
「しかも我々の中に乗り込んでまで」
「あれもな」
ラフネールはかつてキロモト達がオリンポスに入ってきて交渉にあたったことを思い出していた。あの時はペーチの命を賭けた交渉により救われた。今ではペーチは平凡な人物ではなく毅然とした救国の英雄としてエウロパでは語られている。
「してやられたな」
「特にあの国防長官に」
「そうだ、あの日本人にだ」
今度はラフネールが顔を顰めさせてきた。彼も八条のことはよく覚えていた。忘れたくとも忘れられないものがそこに存在しているのである。
「八条義統にな」
「元は軍人であります」
「日本軍だったか」
日本軍という名前はエウロパにも伝わっている。十九世紀末から二十世紀中頃までの彼らの戦いぶりは最早人類史上においての伝説とさえなっているのだ。
「あの日本軍か」
「はい。ですが今の日本軍です」
カミュは嫌悪感を見せてラフネールに言葉を返した。
「あくまで今の」
「千年以上前の彼等とは違うのだな」
「流石に。ですから」
「しかしだ。宴の場では」
カミュにとってはこれもまた忌々しい記憶であった。エウロパの貴婦人達を敵でありながら魅了した八条の美貌と気品に対して露骨に憎しみを抱いているのである。その証拠に顔がまた歪んでいた。それが何よりの証拠であった。
「かつての日本軍の軍人達のようにな」
「あの当時の彼等は我々よりも遥かに小柄でみすぼらしかったそうですが」
「今の彼等はな。むしろ我々よりも」
背が高くなっていた。これは栄養の関係が大きかった。人間というものはその摂取する栄養で体格が大きく変わるものだ。これは人種は関係あることはあるがそれ以上に個体差も関係するし何といってもやはり摂取される栄養が大きく関係するのである。なお項羽や関羽はその背丈は二メートルを超える大男であった。当然アジア系であったがそれでもこれだけの大きさがあったのだ。儒学の祖である孔子は実は身長二メートルを超える筋骨隆々の大男であったのだ。これは史実にも残っており孔子はその体格を生かして武芸にも非常に秀でていたのである。なお孔子の父はそもそも武人であり彼もまたかなりの大男であった。
「何もかもにも敗れたな」
「それは」
カミュはラフネールの言葉に反論しようとしてきた。
「全てにおいては」
「だが。あまりにも今の我々は」
ラフネールはそれでも言う。屈辱は消えていないのだ。
「護りも奪われ」
ニーベルング要塞をである。
「総督府を失い。そうして結果として」
「屈辱だけが残った」
「全く以ってあの時のドイツと同じだ。程度の差こそあれどな」
「否定できませんね」
カミュはまた忌々しげに述べた。それは残念ながら事実であった。
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