第六部第四章 ゲリラその一
ゲリラ
オムダーマンの南方侵攻は続いていた。今彼等は予定通りムワッハド連合に侵攻していた。
その数は二十個艦隊、アッディーン自ら指揮を執っていた。
だが彼はいつものように前線にはいなかった。後方で全軍の指揮を執っているのだ。
「ムワッハド軍の動きはどうだ」
彼は旗艦アリーの艦橋でタルジークに問うた。
「今のところこれといった動きはありません」
彼はそれに応えた。
「前線でも目立った動きはないようです」
「そうか」
アッディーンはそれを聞いて頷いた。
「やはりゲリラ戦を考えているとみてよいな、前線でそれだと」
「はい」
タルジークはそれに同意する返事を返した。
「おそらく彼等は我々のすぐ側に潜んでいるでしょう」
「側にか」
「はい。この地図を御覧下さい」
彼はここで艦橋のモニターのスイッチを入れた。そこにムワッハド星系の立体地図が映し出された。
「今我々がいるのはここです」
彼は軍服のポケットからレーザーを出して説明をはじめた。
「御覧の様に周囲は極めて複雑な状況となっております」
「うむ」
見れば上下左右にアステロイドが存在している。そして道が複雑に入り組んでいる。
「今我々はこの中を細長い列で進んでおります」
「進むだけでもえらく苦労させられているな」
「はい、そしてその周りには敵が潜むに適した場所が多々あります」
その為今彼等は慎重に哨戒を続けながら進んでいるのだ。
「彼等は間違いなく我等の動きを監視しています。それを忘れてはなりません」
「そうだな。何時何処から来るかわからない」
アッディーンはそれを受けて頷いた。
「彼等は彼等だけが知る道を持っているだろうからな」
「そうです。おそらくそれを使って攻撃を仕掛けてくるでしょう。そしてそれを使って逃げるでしょう」
「そして我々の消耗を待つ」
「はい、今までは首都を陥落させるなりして戦争は終わりましたが今回は違います」
「彼等がいる限り戦いは続くということだな」
「彼等が諦めない限りは」
「ふむ」
アッディーンはそれを聞いて考え込んだ。
「ムワッハド政府との交渉はどうなっている」
「相変わらずです。徹底抗戦を主張しています。外交部も困っています」
「そうだろうな。彼等とて必死だ」
政府との交渉で戦いを避けることは期待できなかった。あくまで戦いによって併合するしかないようである。
「市民の反応はどうだ」
「ムワッハドのですか?」
「そうだ。彼等は今どう考えている」
「それ程強硬ではないようです」
「穏健なのか?」
「どちらかというと、ですが」
タルジークは答えた。
「市民としては戦いで自らの生活が脅かされるのだけは避けたいようです。彼等もムワッハドの市民でありそれなりに抗戦の意志はあるようですが」
「それでも生活が最も大事か。そうだろうな」
人として当然であった。そしてゲリラ戦はその市民の生活を巻き込む可能性が高いのだ。
「では手段はあるな」
アッディーンは言った。
「それは」
「すぐに全軍に伝えよ。一般市民に対しては何があろうとムスリムとしての誇りを忘れるな、同じムスリムとして扱え、とな」
「ムスリムとして、ですか」
「そうだ。それなら文句はあるまい」
彼はそう言いながら言葉を続けた。
「そして何があろうとも市民の生活を保護せよとな。絶対に危害を加えてはならん。もし加えたならば軍法会議にかけ、階級を剥奪したうえで銃殺にする」
極めて厳しい処罰であった。オムダーマン軍での最も重い処罰であった。
「階級を剥奪したうえでですか」
それは軍人にとって最も残酷な刑罰の一つである。
「そうだ、それだけの重罪だということだ」
アッディーンは真剣な顔でそう言った。彼は元々軍律には厳しかったが今回はとりわけそうであった。
「よいな、市民には何があろうと危害を加えるな。そして今まで通りの生活を保護せよ」
「わかりました」
「それから全軍に伝えよ。投降した将兵はこれまで通り武装解除したうえで迎え入れよと。捕虜として丁重に扱え」
「ハッ」
タルジークはそれを受けて敬礼した。
「そして進撃は急ぐ必要はない。宙域を一つ一つ完全に掌握していくようにな。哨戒及び防衛を怠るな」
「そして補給路の確保もですね」
「そうだ。決して急ぐ必要はないからな。急いては事を仕損じる」
「わかりました。では全軍に伝えます」
「頼むぞ。ムワッハドを陥落させれば後の戦いがかなり楽になる」
ムワッハドは南方の要地の一つである。この地から東、西、南と三方に向かうことができるのだ。
「では進撃を続けよ。宙域を完全に掌握するまでは決して動くことのないようにな」
「ハッ!」
こうしてオムダーマンの作戦は決定した。彼等は何時になく慎重に軍を進めていった。そしてアッディーンの言葉に従い宙域を確実に掌握していった。それはこれまでの迅速な用兵からは考えられないものであった。
それは北のシャイターンにも伝わった。
「これは考えたな」
彼はその侵攻状況を資料で見て言った。
「どうやら彼は迅速に兵を進めるだけではないらしい。実に的確な用兵だ」
「的確ですか」
側にいた若い将校がそれを聞いて言った。
「うむ、実にな。御前もこれを見て思うことは多いだろう」
「はい」
その若い将校は彼の言葉に頷いた。
「兄上もそれは同じでしょう」
「否定はしない」
シャイターンは弟に対して答えた。
「だが御前にはかなり学ぶべきことが多い筈だ」
「それはわかっております」
見れば黒い髪と瞳の中性的な顔立ちの美少年である。背は高い方でありスラリとしている。
「あのアッディーンという方には只ならぬものを感じますから」
「御前もそれはわかっているか」
「ええ。今までの戦いを見ていると」
「ならばよい」
シャイターンはそれを聞き微笑んだ。
「それならば言うことはない。兄としてはな」
「有り難うございます」
「だがアブーよ」
「はい」
「御前はまだ若い。学ぶべきことはまだまだある」
見れば彼はまだ十代の後半といったところである。シャイターンの言うことはそれから見ても妥当と言えるものであった。
「このシャイターン家の三男としてやるべきことはわかっているな」
「無論です」
彼はそう言って頭を垂れた。
「私はシャイターン家の剣となる定めですから。兄上がシャイターン家の主」
「そしてフラームが法」
法皇である彼には当初からそれが求められていた。
「最もあの男は宗教家や政治家にしか向いていないか。戦場には立てぬ」
「人には向き不向きがあるということでしょうか」
「そうだな。私に法衣が似合わないように」
「私が軍服しか着ることができないように」
「そうだ。我々はそれぞれの果すべき役割がある。御前には私の下で思う存分働いてもらう」
「ハッ」
アブーはそれを受けて敬礼した。
「シャイターン家の剣として」
「では姉上は」
「マルヤムか」
「はい」
アブーはシャイターン家の末弟であった。彼と次兄フラームの間に姉がいるのである。
「そうだな」
メフメットはそれを受けて暫し考えた。そして答えた。
「クイーンといったところか」
「クイーンですか」
「そうだ、クイーンだ」
メフメットは笑いながら答えた。その笑みは妹に対して語る場合の笑みではなかった。
「わかるな、その意味が」
「はい」
「問題はこのクイーンを何時使うかだ」
「もう既にそれは決められておられるのでしょうか」
「いや、まだだ」
彼は弟の言葉に首を横に振った。
「父上とフラームにも話をしておかねばな。クイーンは大事な宝だ」
「はい」
「使い方を誤れば我等にとっても危うい。いや、誤ってもそれはそれで面白くなるかもな」
「といいますと」
「何でもない。こちらの話だ。忘れろ」
「わかりました」
「ところで話は変わるが」
メフメットは話題を変えてきた。
「はい」
「エウロパの軍拡はかなり大規模なもののようだな」
「はい、これまでの兵の倍以上を集めているようです。目標は二百個艦隊、そして三億を超える兵を揃えているとか」
「またかなり大規模だな。一度に二倍以上にするとは」
「おそらく連合を意識したものかと」
「そうだろうな。それ以外は考えられぬ」
それはメフメットにはすぐにわかった。
「だがそれだけではないだろうな」
「はい」
「総督府の軍もかなり増強しているそうだな」
「ええ、これまでの十個艦隊から二十個艦隊になりました。そして本土との航路を整備しております」
「いざとなったらその航路で一挙にこちらへの侵攻も可能だ」
「動くでしょうか」
「いや、それはないだろう」
だがメフメットは弟の危惧を否定した。
「そこまでの余裕は今の彼等にはない」
「そうでしょうか」
「国力の問題ではない。精神的な問題でだ」
彼は弟に対して語った。
「今彼等の目と心は連合に向けられている。とても我々に向ける余裕はないだろう」
「そうでしょうか」
「その証拠に最近総督府の目立った軍事行動はないだろう」
「それはそうですが」
「今はそれどころではないのだ、彼等も。だが我々がそれで気を抜いていいわけではないぞ」
「はい」
「わかっているな、軍備は常に備えておかなければならない。そしていざという時に動かすのだ」
「わかっております。既に傭兵の募集に当たっております」
アブーはにこやかに笑って答えた。
「早いな。だがそれでいい」
「はい」
「だがそれだけでは足りない。徴兵の方はどうなっているか」
「そちらも順調に集まっております。このままいけば二十個艦隊は組めるようになるかと」
「そうか。ではあとは艦艇だな。そちらはハルシークに任せてあるが」
「参謀総長には私からお話しておきましょうか」
「いや、それには及ばない」
メフメットはアブーを制止した。
「私が話そう。だがその場には御前も同席するようにな」
「わかりました」
「これも勉強だ。近い将来の為にな」
「ハッ」
アブーは再び頭を垂れた。
「やることはまだまだある。事を進めるのはそれからだ。その時にはアブー」
メフメットは弟をその黒い目で見た。琥珀の様でいてその中に深い闇をたたえた瞳であった。
「御前には十二分に働いてもらうぞ。我が軍の将の一人として」
「承知」
彼は兄の前に片膝を折った。
「この命、我がシャイターン家に捧げましょう」
そして頭を垂れる。メフメットはその弟を琥珀の瞳で見下ろしていた。
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