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第六部第三章 奸物その七
「カクテルとはいいものです。こうしてカウンターでゆっくりと語らいながら飲めるのですから」
「そうだな、我々はどうも酒の場となると大勢でガヤガヤと飲むのが多いが」
「たまにはこうして落ち着いた雰囲気でゆっくりと飲むのもいいものです」
 ここでジャズの音楽が聴こえてきた。
「こうした場所にはジャズが一番だな」
「ええ」
 二人はそちらに顔を向けた。
「私はどちらかというとラテンミュージックが好きだけれどな」
 そう言う彼の顔は見事に綻んでいた。
「だがしっとりと飲む時の音楽はやっぱりこれだよ」
 どうも音楽にはわりかし造詣が深いらしい。人は外見によらない。
 ここでサックスの演奏がはじまった。彼の目はさらに細くなった。
「いいな、一見地味だけれど確かな演奏だ」
「ピアノと息がよく合っていますね」
「そうだな。あの二人の奏者は見ればよく似ているな」
「兄弟ですかね」
 黒人の二人であった。確かによく似ている。
 二人は見事なまでに息の合った演奏をきかしていた。そして演奏が終わった時彼等に対して客から惜しみない拍手が与えられた。
「うん、それだけの価値はある」
 ドトールはその拍手を聞きながら頷いていた。
「それだけでは足りない位だ」
 そう言いながらカウンターにいるバーテンに声をかけた。
「あの二人だけれど」
「はい」
 バーテンはそれを受けて顔を近づけてきた。
「何というグループ名かな」
「ミッチェルブラザースといいます」
「ミッチェルブラザース」
「はい」
 バーテンはそれに答えた。
「最近売り出し中のジャズのグループですよ」
「そうだったのか」
「ええ。アメリカ出身の従兄弟のコンビです」
「兄弟じゃなくて」
「はい。彼等自身がそう言っています」
「ふん」
 ドトールはそれを聞いてふと考えた。
「ちょっとあの二人を呼んでくれないか」
「カウンターにですか」
「ああ。演奏が終わってからでいいから。いいかな」
「はい。それでしたら」
 そして暫くして演奏は終わった。ミッチェルブラザースはバーテンに案内されてカウンターに呼ばれてきた。
「こちらのお客様からです」
 見ればカウンターに二つの杯が置かれていた。それはブラッディマリーであった。
「これは」
「先程の演奏へのお代です」
 その隣にいるドトールが彼等に対して言った。
「お代」
「ええ」
 彼はにこやかに笑って答えた。もう顔が真っ赤になっている。かなり酒が入っている。
「素晴らしい演奏でした。そのお礼です」
「そうなのですか。ところで貴方達は」
「私達ですか」
「はい。見たところサラリーマンの様ですが」
 ここでドトールとコレイスキーは一瞬目を合わせて合図をした。そして決めた。
「ええ、証券会社に勤めております」
「証券会社ですか」
「はい。中々休みがとれなくて。この仕事も大変です」
「そうらしいですね」
 二人はコレイスキーの説明を疑うことなく聞いていた。二人が連合警察の長官と副長官であるとは夢にも思ってはいない。
「僕達はそちらの世界には詳しくないですが。元々そうした世界には無縁の世界で暮らしていましたし」
「そうなのですか」
「ええ。僕達はアメリカの労働者の家に生まれましてね」
「僕の親父もこいつの親父も工場に勤めていたんですよ」
「工場に」
「はい。何だったかな。確か自転車を造る工場で」
「バイクじゃなかったか」
 二人は従兄弟同士で話をはじめた。
「確か自転車だったと思うけれど」
「そうだったかなあ」
 二人は互いに以前の職場について話をはじめた。だがそれはすぐに打ち切られた。ドトール達がいたからだ。
「あ、すいません」
「いえいえ」
 ドトールとコレイスキーは温厚な表情で返した。
「アメリカ出身なのですか」
「はい、シカゴ星系出身です」
 アメリカ有数の工業地帯として知られている星系である。
「そこで小さい頃から楽器を演奏するのが好きでして」
「僕がサックス、そしてトニーがピアノでした」
「トニーと仰るのですか」
 ドトールは二人のうち奏者を紹介した方に問うた。
「はい、僕はサミュエルといいます」
「御二人共よい御名前ですね」
「そうですか?」
 二人はそれを聞いて照れ臭そうに笑った。
「名前なんて皆同じだと思いますけれど」
「まあこの名前が連合の皆が知っている名前になればいいですけれどね」
「ミッチェルブラザースとしてですね」
「はい」
 ドトールの問いに笑顔で答えた。
「今にやりますよ。今度コンサートがあるんです」
「ほう」
「ここで」
 そしてチケットを二枚取り出して二人に渡した。
「是非来て下さいね。お待ちしていますから」
「わかりました」
 この後四人は心ゆくまで杯を交わし合った。そしてそれから店を何件か回り酒を飲み続けた。
 翌朝ドトールは普段と全く変わらない様子で国防省に向かった。
 昨日の大酒の影響は全くない。どうやら酒にはかなり強いらしい。
「八条長官は来られているかな」
 彼は入口に立つ衛兵に問うた。
「はい、今しがた来られたばかりです」
「わかった」
 彼はそれに頷くと中に入った。そしてそのまま八条の執務室に向かった。
 そして二人は話をはじめた。全ては戦いの為であった。

 連合とマウリアの国境にあるアステロイド帯に彼等はいた。解放軍である。
 解放軍と名前だけはいいが実際は海賊そのものである。彼等は連合の中でもとりわけ大きな勢力を持つ宇宙海賊である。
 その数は一千万、艦艇は十万程である。殆どが連合各国やマウリアの旧式艦や改造した艦艇であるがその複雑な地形に適応したものであり彼等もまた地の利を心得ていた。そしてその操艦技術も優れたものであった。
 彼等の首領は田代勝広という。南アフリカ出身だが日本に不法入国してそこから人権派を自称する悪徳弁護士と結託して日本人国籍を習得した。この弁護士こそネゴロツキーであった。
 黒い髪に卑しい顔立ちの小柄な男である。原色を適当にまぶした悪趣味な軍服を着ている。彼は今本拠地である
アステロイド帯の中の一際大きな星の中にいた。
「連合軍が来るのか」
「はい、どうやらそうのようで」
 傍らに控える柄の悪い男が答えた。
「規模はどの位だ」
「そこまではわかりやせんがかなりの数を送り込んでくるようですぜ」
「フン、性懲りもなく」
 田代は下卑た笑いを浮かべながら言った。
「なあ、小泉さんよお」
 そして隣にいる薄汚い蛸の様な顔をした頭の禿た中年の男に声をかけた。
「山口さんのルートさえ知られてなきゃどうとでもなるんだが」
「それは安心しろ。知られる筈がない」
 その男は酒瓶を口から離して答えた。彼の名は小泉哲也、山口の腹心である。
「あのルートは誰にもわかる筈がない、例え連合軍でもな」
「それならいいんだ」
 田代はそれを聞いて安心したようである。
「いざとなったらそこから逃げればいいだけだしな」
「その後は任せておけ」
 小林は空になった酒瓶を床に放り投げて言った。
「山口先生が全てフォローして下さるからな」
「持つべきものは友達だな。山口には昔から世話になっている」
 彼等は同郷出身であり昔から交遊がある。山口の悪事の実行部隊を率いていたのが彼であり山口の裏の仕事を斡旋したのも彼であった。二人は持ちつ持たれるの関係なのである。
「ネゴロツキーもいるしな」
「ああ。あいつはこうしたことには本当に頭が回る」
 彼は山口だけでなくこの解放軍のブレーンでもあるのだ。
「とりあえず考えることはあいつに任せておこう」
「ああ。俺達は動けばいいだけだからな。ところで」
 田代は小泉に顔を向けた。
「まだ飲み足りないだろう。一緒に飲まねえか?ブランデーのいいのが入ったんだ」
「ブランデーか」
「ああ、密輸でな。とびきりの上等のやつだぜ」
「美味いか?」
「この前一本飲んだがいける。御前も飲んでみたらいい」
「わかった。じゃあ飲ませてもらうか」
「おう、遠慮する必要はねえぞ」
 そして彼等は奥に入って行った。そして二人でそのブランデーを楽しむのであった。
 飲んでいると手下が一人入ってきた。
「どうした」
 二人は赤い顔でその手下に顔を向けた。
「山口社長からです」
「社長から」
 小泉がそれにすぐに反応した。
「はい。どうやらこちらに向けられてくる連合軍のことでお話があるとか。すぐに指令室に来て下さい」
「わかった」
 二人はすぐに指令室に向かった。そこには各種の通信機器が揃っており、巨大なモニターも置かれていた。そのモニターに山口の姿が映っていた。
 目付きの悪い男であった。白い肌がまるで病人の様である。そして歯並びの悪い口を見せていた。その歯には煙草のヤニまで付いている。
 彼が山口義彦であった。表向きは正義派の連合議員であり連合政府の暴走に目を光らせている、と言われているがその素性は闇金である。それで巨大な利益を貪っているのだ。
 また土地転がしも得意である。そして株を操作し、そこからまた利益を手に入れる。手癖も悪く新入社員に手をつけたり裏の風俗で幼女を相手にしたりと非道の限りを尽くしている男である。
「おう、久し振りだな」
 田代は彼に対して声をかけた。
「そうだな。暫くそっちにも行っていないが元気そうじゃないか」
 山口はそれに返事を返した。
「おかげさまでな。ところで話ってのは」
「ああ、わかってるとは思うが連合軍のことだ」
「やっぱりな」
 田代はそれを聞いて酒で赤い顔を歪めさせた。
「それでどうなんだ?奴等の動きは」
「どうやら連合警察まで動かしているらしい」
「あそこなら怖くはないだろう。金が八条に手を貸す筈がねえ」
 八条と金の関係は連合においては誰でも知っているとこであった。
「確かにな。まあそれは大丈夫だろうが」
 山口もそう信じ込んでいた。彼はそのことには全く疑いを持っていない。
「ただ連合軍はそちらにはかなりの数を送り込んでくるようだぞ」
「フン、どれだけ来ても同じだよ」
 田代はあくまで強気だった。
「ここは俺達の庭だ。他の奴等には戦うことすらできねえよ」
「ほう、自信があるようだな」
「勿論だ。それはあんただって同じだろう」
「フフフ、確かに」
 山口はその下卑た顔をさらに下品なものにさせて笑った。実に卑しい顔であった。
「そう簡単には捕まるつもりはないからな」
「それは俺もだ」
 田代はそれに応えた。
「もっともっと楽しまなければな。折角生きていることだしな」
「それは私も同じだ」
 山口はそれに対して言った。
「金が欲しい、今よりもな」
「それだけ儲けていてまだ欲しいのかい、御前さんは」
「それは君も同じだと思うが」
「違いねえ。だが俺はちょっと違うぜ」
「女か」
「まあな。それもあるし酒もある。やりたい放題やれりゃあいいんだよ」
「他の者がどうなろうとな」
「おう、これからもそうやって生きようぜ、楽しくな」
「うむ」
 二人はモニターを通じて下品な笑みを浮かべ続けていた。そして品のない笑いが部屋の中に木霊していた。
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