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第六部第三章 奸物その六
「そして実は解放軍にも南アフリカ出身が多いのです」
「それは聞いております」
「その仲介のブローカーもまた南アフリカ出身のムノウム=ネゴロツキーです」
「確か人権派弁護士でしたね」
「そういう経歴の者が一番怪しいのは連合では常識ですが」
「それはよくわかっております」
 八条は少し苦い顔をした。それを最もよくわかっている連合中央政府の部署の一つが他ならぬ国防省であるからだ。
「その裏の顔はやはり海賊と結託して私腹を肥やす悪徳弁護士なのです」
「そのうえで山口と海賊の仲介をしているのです。実際に彼は山口の顧問弁護士でもあります」
「そうだったのですか」
「これは洗っておいた方がよろしいかと」
「おそらくとんでもない話が出て来ますぞ」
「わかりました」
 八条は話を聞いたうえであらためて頷いた。
「では連合警察に話をしておきます」
 既にこの作戦における指揮権は彼に委ねられている。安心して指示を出すことができた。
「そうするべきでしょう。何しろ我々は内務省が苦手でして」
「長官程ではありませんが我々はあの大臣にどうも嫌われておりましてな」
「おや、そうなのですか」
「はい、幸か不幸か」
 彼等は少し悲しそうな顔を作って答えた。
「どうも我々の港にいかがわしい店があると。何かと目をつけられているのです」
「それはまた」
 八条はそれを聞いて苦笑した。
「確かに風俗関係の店もありますがな。ですがこれはその」
「人の世というものは清濁あるものでして。我々はそうした方面には手をつけてはおりませんが」
 それはまた別系統の産業である。
「それでも関係はやはりあると」
「それを否定したら嘘になりますな」
 彼等は苦笑してそう言った。
「実際にあるものはあるのですから」
「はあ」
 八条はそうした方面には疎い。元々興味がないのだ。
「言うならば社会の必要悪でしょうか。だからといって蔑視もできぬものでしょう」
「それはわかっているつもりですが」
 八条でもそれはわかる。世の中というものは決して杓子定規にはいかないものである。
「ところがあのお人は違いまして」
「そうしたものも決して許すことは出来ないと考えておられるのです」
「そうでしょうね」
 金桃姫はそういう女性であった。彼女はそうしたいかがわしいものの存在を決して許しはしないのだ。内務省として議会に風俗の厳格かつ大がかりな規制及び取り締まりの強化を定めた法案を提出したこともある。流石にこれは厳し過ぎるとして通過しなかった。この時は連合を巻き込んだ論争となっていた。
 ここで一つ複雑な問題が議論になった。風俗というと男性の為のものというイメージが強いが実際はそうともばかり言えないのである。女性が利用するものもあるし同性愛のものも存在するのだ。一概にはとても言えない。
 だから議論になったのである。純粋に不要なものならばこの世からとうの昔になくなっているものだ。だがこうした産業は人類の歴史ある限り存在するものだ。男性だけでなく女性も利用する。多くの趣味の人間が利用する。連合においては十八歳以下の者はそうした産業には就くことはできないが裏にはやはりそうした幼女や少年を対象としたものもある。だがこれは当然ながら厳しく取り締まられている。
 問題は金はそれを異常に厳しくしようとしたのである。最早それは連合の風俗産業に止めを差しかねない程のものであった。だがそれをしてしまうとやはりまずい。
「普通の恋愛さえあれば不要な筈です」
 彼女のそれに対するコメントはこのようなものであった。あくまで『良識的な意見』を主張した。確かに正論である。だが世の中は正論だけで動くものではない。
 その為にこの法案は否決された。かなり薄められたうえで裏の風俗への取り締まりを強化する法案に替えられ議会に送られ通過した。実際にこれでよかったという意見が主流であった。
「非常に残念なことです。まだ連合には良識が足りないということでしょうか」
 金はその結果に対して憮然とした顔でそう答えるだけであった。そうした彼女を世間では『鉄の処女』とまで揶揄した。だが彼女はそれを受けても怯まなかったのは言うまでもない。
「ですから我々に対しても実に厳しいです」
「彼女ならそうでしょうね」
「困ったことですが。我々は直接は関係ないというのに」
「間接に関係があるというのが問題なのでしょう、彼女にとっては」
「それを言ったらお終いですぞ」
 三人は相変わらず顔を苦いものにさせていた。
「そもそもこうしたことに全く縁のない者も殆どいないでしょうからな」
「そうしたものですか」
 実は彼はその全く縁のない例外である。
「少なくとも我々自身はそうです」
 彼等は若い頃はそちらでも名を知られている。今では流石に衰えてはいるが。
「ですからあの方には少し寛容になって頂きたいですな」
「折角綺麗な顔をしておられるのに」
「綺麗な薔薇には棘があるといっても」
「棘しかありませんね」
 八条は彼にしては珍しくジョークで返した。
「仰るとおりです。長官は話がわかっておられますな」
「軍には縁の深い話ですから」
 軍とこうした産業は切っても切れない関係にある。かっては軍と一緒に娼婦が同行していたりもしていた。第二次世界大戦の頃の日本軍でも同じである。当時は公娼制度があったので問題はなかった。間違ってもごく普通の少女を強制的に娼婦にするようなことはなかった。そうする必要すらないのであった。
 この時代でもそうである。軍の高官は将兵がそうした犯罪を犯さないように気を配らなくてはならない。従ってそうした産業が発達する。丁度男の多い江戸で吉原が栄えたように。
 本質的に男社会であるからそうした問題は必ずついて回るものなのだ。連合軍は女性もかなりいるがやはり少数である。
もっとも中には同性愛もあるがこれは少し例外といってよいだろう。
「少なくとも軍がそちらの港を利用させて頂く場合にはそうした産業をあって欲しいですね」
 これは軍を預かる者としての意見であった。
「さもないと不安なのは事実です」
「わかりました」
 彼等はそれを受けて頷いた。
「それは御安心下さい。ありますので」
「我々も何処にそれがあるかは把握しております」
「それはつまり貴方達も関係があるということでは?」
 八条はそれを聞いて思わず問うた。
「先程も言いましたが」
 だが三人はそれに対してはしれっとした顔で返してきた。
「あくまで間接的に、です。おわかりでしょうか」
「はい、まあ」
 やはり金に目をつけられるのも当然だと思わずにはいられなかった。清濁併せ呑むとはいうがこれは少しやり過ぎという気もしないではなかった。
 だがこの話もつつがなく終わった。そして三人は国防省を後にした。
「まさかあの御三方がここまで来られるとは思いませんでしたね」
 木口は執務室に帰ってきた八条を出迎えて言った。
「まあ私は予想していたけれどね、ある程度は」
 八条はそれを受けながら言った。
「ただ思いもよらぬ話も聞けたよ」
「思いもよらぬとは」
「解放軍のことでね。これついて今から話をしたい」
「わかりました」
 八条は自分の執務用ディスクについた。木口はその前に椅子を持って来てそこに座った。
「解放軍と闇商人と繋がっていることは聞いているね」
「はい」
 木口はその言葉に対して頷いた。
「その元締めについての情報を聞くことが出来たんだ」
「誰ですか」
「山口だ。山口義彦」
「あの男ですか。胡散臭い男だと思っていたらやはり」
「そしてその仲介ブローカーがネゴロツキーという男だ」
「ネゴロツキー、申し訳ないですがその男は知りません」
「山口の顧問弁護士だよ。これだけでわかるね」
「ああ、成程」
 木口はそれを聞いて頷いた。
「大体はわかりました」
「うん。彼等は裏で彼等と繋がっているらしい。それで巨万の利を得ているという」
「いかにも、という話ですね、本当に」
「そう思うか、君も。ではこれからの対策はわかっているな」
「勿論です」
 木口は即答した。迷ってはいなかった。
「よし、ではすぐにスタッフを集めようか」
「アラガル長官とンガバ准将ですね」
 ンガバは前のテロリスト掃討の功績を受け准将に昇進していたのであった。
「そう、そして連合警察長官も呼ぼう」
「わかりました」
 こうして二人はすぐに行動を開始した。そして捜査がはじまったのであった。

 連合中央政府内務省は常にピリピリとした空気が漂っていると言われている。それは長官である金桃姫のせいであるのは言うまでもない。
 多くの者は彼女のそのあまりもの融通の利かなさと厳格さに辟易している。だが上司としては有能かつ公平で清潔な為彼女を嫌う者は皆無であった。畏怖すら受けていた。
 それでもその厳格さに馴染めるものではなかった。人には限度というものがある。彼女はその限度を遙かに越えた存在であったのだ。
 だがここに一人その空気をも適用させている男がいた。
 黒い髪を持つ長身の男であった。日に焼けた肌に紫の瞳をしている。その顔付きは険しくまるで猛禽の様である。そして漆黒のスーツに身を包んでいる。
 彼の名をフィデル=ドトールという。キューバ出身であり今は連合警察長官を務めている。
 彼はまるで猫科の生物の様に足音を立てることなく進んでいく。硬い床に皮の靴なので音がする筈だが不思議な程それはなかった。
 そしてそのまま進んでいく。やがて彼は長官部屋に辿り着いた。
 その扉をノックする。すると中から返事が返ってきた。
「どうぞ」
 それを受けてドアに手をかけた。
「入ります」
 そう言って中に入る。そこには金が待っていた。
「只今戻りました」
「はい」
 金は頭を下げて報告する金に対して返礼した。
「御苦労様でした」
「はい」
 ドトールはそれに対して言葉を返した。低く重い声であった。
「今後連合警察はどう動くことになりましたか」
「特別対策チームが作られることになりました。国防省のスタッフと協同です」
「国防省とですか」
「はい、そしてその責任者は私になりました」
「長官ご自身がですか」
「はい。今回は規模が違います故」
 ドトールは淡々とした口調で語った。
「私が陣頭指揮を執らないとならないでしょう。少なくとも連合警察のチームに関しては」
「しかしドトール長官が陣頭指揮を執られるとなると暫く連合警察も人手が足らなくなりますね」
「そのことに関しては御心配なく。既に副長官に全権を全て委任しております」
「副長官に」
「はい」
「彼なら問題はないでしょう」
 連合警察副長官はベニョーコフ=コレイスキーという。実務派の人物として知られ、その安定感のある仕事ぶりには定評がある。
「そうですか、それならいいです」
 金はそれを認めた。
「あの方なら問題はないでしょう」
「はい」
「ではお願いしますね。容赦する必要はありませんから」
「それはわかっております」
 彼はことは徹底的にやる人物として知られていた。
「それでは早速取り掛からせて頂きます」
「はい」
 金はそれを了承した。
「では宜しくお願いします」
 それからドトールはその足で国防省に入った。そしてすぐに八条等と会談し対策チームを編成した。スタッフも連合警察から何人か連れて来ていた。
 仕事が一段落つくと国防省をあとにした。そして酒場に向かった。
「どうも」
 そこに赤い髪に濃い青の瞳を持つ男が待っていた。
「では早速一杯やりますか」
「うむ」
 ドトールはそれに頷いた。そして二人は酒場のカウンターに向かった。
「では乾杯」
 ドトールが音頭をとった。二人は杯を打ちつけあった。
 そして杯の中の酒を飲む。見ればオレンジの色をした酒である。
「スクリュードライバーはやはりいいな」
 ドトールは酒を飲み終えてにこやかな顔で言った。
「そうですね。私もこれは好きです」
「コレイスキー君はウォッカが好きだったな、確か」
「ええ。他の酒もいける方ですけれどね」
 彼がコレイスキーであった。
「ただ一番好きなのはやはりウォッカです。これが一番馴染みがあります」
 彼はもう顔が赤くなってきていた。どうやらこのスクリュードライバーはウォッカの割合がかなり多いらしい。
「長官もお好きでしょう」
「うん、確かに」
 ドトールの口調も普段とは違い明るいものとなっていた。
「ただ今は長官じゃない。ドトールという一人の男だ」
「おっと、そうでした」
 コレイスキーはそう指摘され思わず恐縮してしまった。
「申し訳ありません」
「いや、わかってくれればいいさ。それよりも」
 彼はここで朗らかな笑みを作った。
「今日は飲もう。心ゆくまでな」
「はい」
 すぐに次の酒が来た。今度はジントニックだ。
「これもいいな」
 ドトールはそれを一気に飲み干した。
「スクリューとはまた違った味がある。柑橘類を使っていても」
「そうですね」
 コレイスキーもそれに同意した。
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