第二十五部第三章 名もなき批評家その七
「実はだ。卿を次の総統に望む声もあるのだ」
「初耳ですが」
「インターネット等でだ。出て来ている」
「はあ」
それを聞いて少し面食らった顔になっていた。不本意であるのがすぐわかる顔であった。政治家という地位には関心がなく武人でありたい彼には当然のことである。
「そうなのですか」
「しかし関心がないのならいい」
シュバルツブルグはそれを聞いてこう返した。特に表情は見せはしない。
「しかし。あの侯爵は違うようだ」
「ギルフォード侯爵がですか」
「そうだ。彼は野心家でもある」
モンサルヴァートにはなくてギルフォードにあるものがそれであった。別にそれが悪いことではない。人間には大なり小なりそれがあるものだ。特に政治家という存在はその野心が大きいものだ。これはギルフォードもまた同じである。
「その野心が彼を動かしているのだ」
「総統になるつもりですか」
「間違いない」
モンサルヴァートの問いに頷いてきた。
「その為に今各国、各界の貴族達の間を動いているらしいからな」
「資金も集めているらしいしな」
「資金ですか」
「何をするにしろこれは必要だろう」
こう述べてきた。
「特に政治においてはな」
「それはよく言われていますね」
「どうしてもそうなるものだ」
それは連合でもエウロパでも変わりはしない。だがエウロパは貴族社会であり貴族出身の政治家達はその資金を家の資産に頼ることがもっぱらである。連合の政治家達は資金調達に四苦八苦しているが彼等は違う。家にその資金があるのだ。このせいでエウロパでは汚職が少ないとされている。もっとも連合から見ればそれは階級社会のせいであり汚職が少ないことの言い訳にはならないということになる。それにエウロパにおいては何かしらの贈り物が多い。これは賄賂にあたると連合ではよく指摘される。実際に連合では賄賂にあたるものである。
「ギルフォード家は資産家だがな」
「イギリスの名門でしたね」
「そうだ。かなり古い家らしいな」
モンサルヴァートもシュバルツブルグもその名からわかる通り『フォン』がつくドイツの貴族である。だがギルフォードは『サー』なのである。即ちイギリスの貴族であるのだ。
「資産もかなりだ」
「千年前のイギリス貴族は相当没落したのに元に戻って久しいですしね」
「あれはまた異常だっただろう」
シュバルツブルグはモンサルヴァートのその言葉に顔を曇らせた。二十世紀後半のイギリスはかなりの高額の相続税と累進課税がかけられた。貧富の差をなくす為であった。階級社会への反発もあった。これにより多くの貴族が没落した。だがこれにより購買力や投資力のある資産家が減り経済自体を停滞させたりもした。社会主義にその原案がある政策であるがかえってデメリットも多かったのだ。同じく二十世紀後半の日本もそれを行っている。この時の日本は世界で最も成功した社会主義国家であると言われており本質的に社会主義的性格の多い国家であったからイギリス程のデメリットはなかったようである。もっともその社会主義的性格から脱するのにかなり苦労した経緯もあるが。
「今ではそれはないしな」
「貴族の復権以降は」
「イギリス貴族は粘り強い」
今度はこう評してきた。
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