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第六部第二章 害虫その七
「それは一体?」
 八条も気になった。そして彼に問うた。
「たまに当たるのです。それもとんでもない内容で」
「馬鹿馬鹿しい。あの新聞は日付まで次の日のものだから全部作り話なんだよ」
「それがそうも言えないようでして」
「それが私と彼女の話だって!?冗談じゃないよ」
 彼はいささかムキになっていた。
「閣議でも話す時以外はそっぽを向いているし会っても無視してくれる。挨拶にも返さない。それでよくそんなことが言えるものだね」
「話としては面白いからでは」
「話としてはね。可能性はないけれど」
 彼は渋い顔で言った。
「よりによって私と彼女が。何故そうなったのか不思議だ」
「ゴシップですから」
「そう言ってしまうと楽だね」
「まあ。面白おかしく書くものですから」
「やれやれだ」
 彼は溜息をついた。
「私にとっては迷惑以外の何者でもないな」
「しかしそうもばかりは言っていられないのでしょう?」
「そうだった」
 彼はさらに顔色を悪くさせた。
「内務省に要望があるのだった。すぐに先方に電話をかけてくれないか」
「わかりました」
 木口は頷き電話を手にした。そしてすぐに電話をかけた。
「あ、内務省でしょうか」
 彼は話を続けた。そして暫くして頷き挨拶をして電話を切った。
「わかりました。では後程」
「どう言っているんだい?」
 八条はすぐに彼に尋ねた。
「今すぐお会いできるとのことです」
「内務大臣直々に、か」
「はい。そう言っておられました」
「やれやれ。あの人と卵豆腐は勘弁してもらいたいな」
 彼は卵豆腐が食べられなかったのだ。昔から好きではない。
「卵豆腐は食べなくてもいいがあの人とは会わなくてはいけませんよ」
「わかっているよ」
 木口に対して苦い顔で答えた。
「だから嫌なんだよ」
「それにしてもいつも思うのですが」
「何だい?」
「長官がそこまで嫌がられるのも珍しいですね」
「向こうも私を嫌っているからね」
「はあ」
 木口は八条の顔を見て応えた。
「それにしてもあの人のあれは異常ですね」
 八条は少なくとも女性からは嫌われるタイプではない。それでここまで嫌われるというのも木口にとっては実に不思議なことであったのだ。
「人には好みというものがあるけれど」
「でしたら運がなかったというだけですね。たまたま相性が悪い人が側にいたということで」
「そう思うことにするよ」
「それが宜しいかと」
 こうしたやりとりの後八条は国防省を後にした。そして車で内務省に向かった。
 内務省は国防省から少し離れている。その距離が彼をかえって彼を憂鬱にさせた。
「何か会うまでの時間がかかるというのも嫌なものだ」
 運転手に気付かれないような小声で言った。
「仕事とはいえ気が進まない」
「?長官、何か仰いましたか」
 隣にいた秘書が声をかける。彼の秘書は一人ではないのだ。
 今横にいるのは由良美一という。大柄で筋骨隆々の身体をしている。だが顔は眼鏡をかけ知的な印象を与えている。
「あ、何も」
 八条はそれに対して打ち消しの言葉を述べた。彼は木口とは違い秘書になってから日が浅い。ここは慎重に対応した。
「そうですか」
 彼はそれを受け安心したように微笑んだ。大柄だが怖い印象はない。むしろ優しい印象である。
 そして内務省に着いた。彼は車から降りると由良を伴ってその中に入っていった。
 入口で向こうの者の出迎えに遭う。そしてそれに案内され中を進む。エレベーターに乗り上へ昇る。辿り着いた階の奥にその部屋はあった。
「こちらです」
 そこが内務長官の部屋であった。八条はそこまで来ると息を飲んだ。
「では私共はこれで」
 案内してくれた役人は後ろにさがる。由良もである。
「はい。御案内有り難うございます」
 彼は礼を言うと扉の前に来た。そしてその扉をゆっくりと開けた。内務省では扉は怪我等の事情がない限り自分で開けるものと決まっている。これも長官が決めたことであった。
(地獄への扉だな)
 彼はその扉を開けながら思った。そして中に入った。
「入ります」
 部屋に入る時そう言った。
「はい」
 そこはあまり広くないオフィスルームであった。こじんまりとして内装はあくまで機能的なものであった。冷暖房やコンピューターの他に目立つものはない。机も極めて質素なものであった。とても三兆の人口を擁する勢力の中央政府の閣僚とは思えないものであった。
 そこに一人の女性が座っていた。黒い髪を後ろで束ね背中の中央まで垂らしている。黒い瞳は大きくまるで琥珀の様である。それは銀縁の眼鏡により知的な印象を与えていた。その顔は面長で白く二重の瞳とあって実に美しかった。知的な印象がその顔からも伺えた。だが何処か余裕がなく刺々しい印象も与えていた。
 薄い紫にさらに白を混ぜた様な大人しい色のスーツを着ている。それは堅苦しく、一目で動きにくいとわかる。だがその堅苦しいスーツも彼女にはよく似合っていた。
 だがやはりきつい印象は否定できなかった。身体全体から刺々しい印象を与えているのである。
 彼女の名は金桃姫。韓国出身である。祖国では女性達の希望の星だという。
 韓国で最も権威があるという国立大学の政治学部を主席で卒業している。そして韓国内務省に入り忽ち頭角を表わす。特に風紀に厳しく彼女の手で首を切られた汚職役人やセクハラをした者は男女問わず実に多かった。
 風紀だけでなく政策にも長けていた。次々と政策を立案し、それを内相に上奏する。受け入れられない場合はあくまで説き伏せる。その粘り強さと気迫に内相も認めざるを得なかったという。事務処理能力も卓越しており他の追随を許さなかった。韓国においては百年に一度の逸材とまで謳われた。内務省に入って二年で事務次官になり、そして翌年には内相に抜擢された。韓国では大統領が自分の政権の閣僚を自由に任命できる。スポイルズ=システムが最も顕著な国だからこそ出来ることであった。
 そしてそこでも辣腕を振るった。緩んでいた韓国の内政を完全に復活させ首相にも匹敵する力を見せた。このままいけば韓国の長い歴史でも最年少の大統領になるのは確実と思われた。
 だが内相就任後一年程で彼女はキロモトにスカウトされたのだ。この時前任者が急な病で政界を退いたのだ。困った彼が金に白羽の矢を立てたのだ。だが韓国政府もそれだけの逸材をむざむざ手放すわけにはいかない。結果として韓国政府と中央政府の間で激しいやりとりがあったが結局キロモトが韓国政府を説き伏せた。そして彼女は連合中央政府内相に就任した。八条とほぼ同時期であった。実は年齢も近い。彼女の方が一つ上であるが。
 中央政府内相に就任してもその仕事は変わらなかった。的確な分析と判断により政策を立案、決定し実行に移す。風紀にはことの他厳しく汚職やセクハラには極めて厳しい。これは連合においては実に珍しいことであった。
 連合はセクハラには厳しい。この時代のセクハラは異性に対してのものだけでなく同性間のものも含まれる。女性が男性に対して行うものも当然入る。
 だが汚職等にはエウロパと比べると比較的ルーズだ。当然罰則はあるがある程度までは容認される風潮があった。これは別に政治家や企業家だけでなく個人同士の付き合いでも見られることであった。贈り物等そうしたお目こぼし的なものが多かった。そうしたことには連合は寛容なのである。それが個人の能力と関係あるか、というとそうではない。もらえるものなら受け取るのは本人の自由だ。あくまで贈り物や謝礼なら良いだろうと殆どの者が考えている。政治や経営、業務に差し支えなければいいのだ。流石に極端な腐敗は批判されるが程度というものがある連合においてはその程度を見極めることも重要なのだ。これをエウロパは腐敗と批判するがここでも連合は反論する。
「エウロパではそうしたことがないのか」
 と。当然ある。それで逮捕される話も多い。エウロパの自慢は『綺麗な政治』だが元々特権を認められている貴族達が多いのでこれは説得力がなかった。連合においてはそうした特権階級は一切存在しないからだ。
 こうした風潮があり連合ではそうした話にはあまり過敏ではないのだ。八条はそうしたことはないがこれは彼の家が裕福であり、そうしたことをする必要がないからである。
 だが金は違った。彼女はあくまで潔癖さを追及していたのだ。
 その為内務省はいつもピリピリとしていた。部下虐めなぞはしないが極めて厳格であった。彼女はどの様な役職の者にも等しく接していた。厳格に、ではあるが。
 八条に対しても厳しかった。それが為に彼等は中央政府内でことあるごとに対立しているのだ。最も金が一方的に攻撃を加えているのであるが。
「ようこそ、長官」
 金は立ち上がって彼を出迎えた。
「わざわざ来ていただき感謝しております」
 高く、澄んでいるがやはり硬い声であった。何処か機械的な響きすらある。
「いえ、こちらも重要な用件でお伺いしたので」
 八条は言葉を返した。そして立ったまま話を続けた。
「実はこの度マウリアとの境に勢力を持つ解放軍を討伐することになったのですが」
「その様ですね。それは聞いております」
「そのことで内務省にお願いしたいことがありまして」
「こちらに」
 金の細く整った形の眉がピクリ、と動いた。
(まずいか)
 八条は危険を感じた。だがそれは杞憂であった。
「内務省の管轄のお話のようですね。先程のお電話ですと」
「はい、そうなります」
 彼は言った。
「どうやら彼等と繋がっている闇商人がいるらしくて」
「闇商人」
「はい。既にこれは商務省にも話をしています」
「早いですね」
「ええ、まあ」
「そしてあちらからは何と言っていますか」
「既に関係があると思われる組織のリストアップに入っているようです。ただそれに内務省の協力が必要だと」
「というと連邦警察ですか」
「はい。今日はそれをお願いに来たのです」
 八条はあらためて言った。
「解放軍と結託しているであろう組織の調査をお願いしたいのです」
「そうしたルートからも彼等を攻めるわけですね」
 金も戦略を知らないわけではなかった。
「ええ」
 八条はそれを認めた。
「彼等の存在を考えるとそれも一つの戦略かと思いますが」
「確かに」
 金はそれに頷いた。
「では協力して頂けますね」
「はい」
 彼女はそれを了承した。
「解放軍と関係のある組織の調査を連邦警察に命ずることにします」
「それは有り難い」
 本音からの言葉だった。思ったより遙かに順調に進み安心していた。何か言われるかと内心ヒヤヒヤしていたのだ。
「では早速お願いします」
「ただし条件があります」
 ここで金の声が急に険しいものとなった。
(来たか!?)
 八条は心の中で呟いた。
「何でしょうか」
「シビリアン=コントロールの原則をお忘れなく。彼等のこの作戦における指揮は貴方に委任致しますがそれだけは忘れないで下さい」
「わかりました」
 軍に対して釘を刺してきた。だがこれは予想されていたことなので驚きはなかった。
 ただこれで終わるとは思えなかった。
(どうでる)
 次の言葉を待った。だが彼女の言葉はそれで終わりであった。
「御用件はそれだけでしょうか」
「!?」
 流石に声には出さなかったがこれにはいささか驚いた。
「他にはありませんね」
「え、ええ」
 これには頷くしかなかった。
「では私からのお話はこれで終わりです。長官からはありませんか」
「私もこれで」
 それだけで話は終わりであった。後は商務省等との調整だがそれはまた別であった。
「ではお話は終わりですね。御苦労様でした」
「は、はい」
 八条は頷いた。そして半ば追い出される様な感じで内務省を後にした。
「意外と呆気なく終わりましたね」
 車内で由良が彼に対して言葉をかけてきた。
「ああ、意外とね」
 八条自身が最も驚いていた。
「まさかあの金内相が殆ど何も言わないとは」
「何かあったのでしょうか」
「そうだな。もしかすると既に何か掴んでいるのかも知れない」
「何かとは?」
 由良はそれについて問うた。
「解放軍と関係のある組織をだよ。既にある程度察しているのかも知れない」
「だとしたら流石ですね」
「うん。だとしたらだけれどね。今はあくまで仮定の段階だ」
「はい」
 由良はそれに頷いた。
「だとするとどういった組織が関係があるかだ」
「また自称市民団体では」
「いや、彼等ではないだろう」
 八条はその考えを否定した。
「もっと力のある存在だろうね」
「では何でしょうか。普通の闇商人でもないですね」
「うん。おそらく連合でも特に黒い者達だな」
「それは一体」
「そうだな。例えば」
 ここで彼の脳裏にある男の姿が浮かんだ。
「・・・・・・有り得るな、大いに」
 彼は一人呟いた。
「何かおわかりなのですか!?」
 由良はその独り言に気を向けた。
「うん、まだ断定はできないが可能性は高い」
 八条はそれに対して答えた。
「帰ったらすぐに連邦警察のスタッフを招き会議を開こう。いいね」
「はい」
 由良は頷いた。そして次の会議が早速開かれることとなった。
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