第六部第二章 害虫その一
害虫
マウリアとの交渉を含め解放軍と討つ準備を着々と進める八条であったが彼には今一つの悩みが生じていた。
「またあの男か」
中央政府議会の放送を見ながら苦い顔をした。そこには一人のアジア系の男が演説をしていた。
「何故今中央政府はこの様に性急な軍備拡大を執り行うのか私は深い疑念を覚える」
かん高い声でまるで喚く様に言っている。アジア系の顔だが肌は白い。髪は灰色だ。ドブ鼠の色そのままのスーツに身を包み、卑しそうな顔立ちに血の気のない顔色をしている。
この男の名を山口義彦という。日本出身の中央政府議員である。所属する政党はない。
おそらくこの男程評判の悪い男もいないであろう。金融業を営んでいるがその本質は闇金融である。規格外の利子で貸し付け、暴利を貪っているらしい。裏での話なのでそれは誰にもわからない。あくまで噂である。だがこれで多くの者が首を吊ったと言われている。他にも色々と営んでいるがどれも極めて汚い商売で知られている。職業ではない、やり方が汚いのだ。金の亡者とまで言われている。
手癖も悪く採用したばかりの女性の秘書を個室で押し倒したとも言われている。社員へのセクハラの日常茶飯事だという。
議員になったのも金を使ったと言われている。以前から買収や癒着の噂が耐えなかった。今も闇商人の大元締めとまで言われている。
そうした男だが今どういうわけか八条の解放軍への掃討作戦を批判している。しかも軍備拡張まで叩いているのだ。
「この男は確か裏で武器の密売もしているのだろう?」
後ろに立っている秘書の木口に問うた。
「あくまで噂ですよ」
木口は答えた。
「証拠はありません」
「そうだったね、証拠はない」
八条は不機嫌そのものの顔で言った。
「限り無く黒でも黒だという証拠はない。悔しいことだが」
「ただ一つ不思議なことがあります」
「何だい?」
「彼は何故解放軍との戦いをここまで頑強に反対するのでしょう。理由がわかりません」
「そうだな」
八条はそう言われ考え込んだ。
「その解放軍とでもつながりがあるのじゃないかな。これも証拠がないが」
「まあそんなところでしょうね。しかしそれでよくもまあ正義面ができるものです」
「悪人程正義の仮面を被りたがるというけれどね」
八条は憮然とした顔で述べた。
「それも卑しい悪人程」
彼はこの男が嫌いであった。同じ日本人であるがそれだからこそ許せないと考えていた。
「第二次世界大戦の後日本には卑しい人物が知識人やマスコミ、社会主義政党に雨後の筍の様に姿を現わしたそうだけれど」
「はい」
木口もそれは知っている。
「恥ずべき歴史ですね。敗戦はどの国でもあることですが」
「うん」
八条はその言葉に頷いた。
「むしろああした輩共の跳梁跋扈を許した方が問題です。おかげで我が国は今だにマスメディアの横暴と腐敗、知識人の危険性について語られるうえで不可欠の存在になっています」
「それはおそらく今後も続くだろうね。人類の歴史がある限り」
「残念なことです」
「だがその時はそうは思われなかった。マスコミは正義で政府は悪だった」
「またえらく単純な二元論ですね。そんなもの子供でも笑い飛ばしますよ」
「マスコミとは本来そうしたものだろう。自分達に絶対の正義があると確信して報道する。しかし」
「それが腐敗のもとなのですね」
「そういううことになるね」
八条は答えた。
「彼等は自分を疑うことがない。そうすればそこに驕りが生じる。しかも情報を独占し、僅かな者達の間に金が集中する。そのうえそれをチェックする存在はない」
「腐敗しない方が不思議ですね」
「我が国のあの時のマスコミは特にそうだった」
彼はさらに苦い顔になった。
「しかもリーダーは老害と化していたしね」
「確か独裁者とまで揶揄されていたそうですね」
「仇名まで貰ってね」
本来民主主義の砦である筈のマスコミの、しかもそのトップが独裁者とまで揶揄されていたのである。ある異常な独裁国家の国家元首と比較され『将軍様』とまで呼ばれていた者もいた。この男はあらゆる分野に介入し、己の私利私欲に邁進した。最後は真の意味で正義に燃える者達に裁かれ、生きたまま八つ裂きにされた。そして死体は曝され、彼の汚い仲間共も同じようにされた。国民はこの男の死を祝い、大規模な祝賀会を開いた程であった。それまでに犯した星の数よりも多い罪をそうして償わされたのである。
「私はそれについて読む度に不思議に思います」
「何故だい?」
「いえ、確かに敗戦の反動という事情があるにしろ何故マスコミや知識人がここまで権力を握ったかです。彼等に力や権威があるのは事実ですがあまりにも肥大化し過ぎです」
「それだけ当時の我が国は民主主義として未熟だったのかな。いや、違うな」
八条は考えをあらためた。
「当時はそうした状況だったんだ。情報を彼等だけが独占する。知識もね」
「神の様な存在だったのですか」
「権力はね。だがそれだけの権力を持つとどうなるか。神ならざる我々が」
「それに溺れます」
「そういうことだね。だから彼等は腐敗した。そしてそれは何時の時代でも言えることだ」
「はい」
木口は頷いた。実際に今でも力のある場所には腐敗がつきまとう。これは人間の悲しむべき宿命の一つである。
「当然我々もね。それは人それぞれだけれど」
少なくとも八条にはそうした腐敗はない。元々裕福な名家に生まれ軍人として育ったせいだろうか。そうしたこととは無縁であった。
「中には彼のような者もいるのも事実だ」
そう言ってテレビに映る山口を指差した。
「それも世の中だ。だからといって彼が許される存在ではないとは思うが」
「その通りです」
木口もそれに同意した。
「まあ今は彼は無視していよう。それよりも彼が嫌う作戦を進めなくてはね」
「はい」
「マウリアとの交渉も終わった。そして議会だが」
「彼とその一派を除いて殆どが賛成しそうですね」
「ああ。それと並行して補給、後方支援の準備を整えておこう。どのみちそちらは整備しておかなくてはならない」
「そうですね、これからのことを考えると」
「火急の際に連合内のあらゆる場所で即座に対応できる、そうでなくては駄目だ。だからこその整備だ」
「はい」
「戦いは戦場だけで行われるものじゃない。後方でも行われるものだから」
「常に万全の状況で戦うことのできる状況を確立しておかなくてはなりませんね」
「うん。これからそのことでまた会議だよ」
「後方支持部長達とですね」
「ああ。また頭の痛い問題ができるかもね」
「それはわかっていることでしょう」
「確かにね」
その笑みは苦笑が混じっていた。
「これも国防長官の務めなのかな」
「その通りです」
木口は素っ気無い声で答えた。
「またあっさりと答えてくれたね」
「当然のお話ですからね」
「まあそれもそうだが」
八条の苦笑は止まなかった。
「時間になったら行くか」
「はい。それにしても」
「それにしても・・・・・・何だい?」
「いえ、我が軍も色々と役職があるものだと思いまして」
「軍隊とはそういうものさ」
今度は八条が素っ気無い声で答えた。
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