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第六部第一章 星河の海その八
 ならばこの期間で終わらせるに相応しい作戦がある。彼はそれを実行に移すことにした。
 それから細部の詰めに入った。マウリア領内を連合の艦艇が自由に通過する権限、基地の借用、行動に対する機密の保持等が決められた。ただし連合軍がマウリア領内で犯罪行為を犯せばすぐにマウリア軍に引き渡されることとなった。これはやはり同盟国に対する配慮であった。これはカバリエも八条も当然のこととして認識していた。
「あとお聞きしたいのですが」
 一通り話が終わったあとでラーンチが口を開いた。
「何でしょうか」
 八条がそれに尋ねた。
「今回は連合軍だけで動くようですが我が軍の直接の協力は必要ありませんか」
 すなわち共同作戦である。八条もカバリエもそれを聞き表情を変えた。
「そうですね」
 八条が答えることになった。やはりここは軍事のトップの出番であった。
「先程のお話で決めた後方支援だけでいいです。彼等は元々連合の領域にいますし」
「しかし我が国の領域にも侵犯しますし我が国からも構成員が入っているようですしね。それで言わせて頂いたのですが」
「そうなのですか」
 実はこれは駆け引きであった。八条はある程度これを読んでいた。
 そして次の言葉も用意していた。彼はその言葉を出した。
「では陽動の兵をお願いします。彼等が逃げ込むような場所に布陣させて頂くだけでいいです」
「彼等を追い詰める為にですね」
「はい、その際の指揮権ですが」
「それはニューデリー条約に倣うことにしましょう」
「そうですね。それが一番問題がないでしょう」
 ニューデリー条約とは連合とマウリアが同盟を結び共に宇宙に進出する際に結ばれた軍事条約である。主に指揮権について定められたもので両軍が共同作戦を実施する際は階級、任期が上の者が指揮を執ることとなっていた。これは両軍の関係が対等であることを示していた。
「我が軍は中将クラスの人物を派遣するつもりです」
 ラーンチは言った。
「わかりました」
 八条はそれを了承した。連合においては艦隊司令は大将である。その上で総指揮を執るのは元帥しかいない。連合においては上級大将は存在しない。元帥は巨大な軍であるが案外少ない。これは連合の兵制の関係である。連合軍設立の前は国ごとに少し違っていたがそれをまとめたのだ。上級大将はサハラやエウロパに存在する。サハラとはまた兵制が異なる。エウロパは貴族が存在するので彼等のポストを考慮して必然的に将官の階級が多くなるのだ。
 連合各国の特徴としては下士官の階級が非常に多いことであった。エウロパやサハラ各国においては伍長、軍曹、曹長と三階級しかない場合が多いが連合は違うのだ。これはやはり彼等の軍隊が皆一般市民による志願制であるせいであった。
 将校が尉官、佐官、将官それぞれ準、少、中、大の四つである。それは袖の金モールで現わされる。これはかっての海軍のものを踏襲している。
 准尉は二つある。准尉と准尉長。准尉長になるのは准尉の中でも古い者がなる。
 下士官であるがかなりややこしい。兵士が二等兵、一等兵、兵長の三つだけであるのに対して何と伍長だけで四階級存在する。一等から四等まである。軍曹もだ。その上に第一軍曹がある。その十二階級の上に曹長が存在する。これも四つある。
 まずは普通の曹長。そして上級、最上級と上がっていく。最上級で終わりかというとそうではない。何と連合軍付最上級曹長というものまであるのだ。ここまで達する者は流石に僅かである。軍内においては主の様な存在であった。
 そうした事情があるが元帥は少ないのだ。エウロパと比して三十倍程の差がある規模であるのにその数はむしろエウロパのそれより少ない。エウロパが五十人を超えるのに対して連合は三十人程である。貴族の有無も大いに関わっているのは言うまでもないにしろかなりの差があるのは歴然としていた。
 それぞれの国によって軍の在り方は違う。連合の軍編成はそれが最も顕著に出ていた。
 ちなみにマウリアは下士官は四つである。伍長と軍曹、一曹、そして曹長である。将校は大中小三つずつに准将が存在する。元帥もあるが四人までと定められている。
「これで決まりですね」
「はい」
 会議は終わった。こうして連合は解放軍掃討に対して作戦発動から三ヶ月のマウリア領内での通行の自由と基地の使用、そしてマウリア軍の支援を得られた。彼等にとって満足すべき結果であった。
 双方はホテルから撤収にかかった。席を立ち部屋を後にしようとする八条に後ろから声をかける者がいた。女性の声であった。
 見ればエルールであった。彼女はにこやかな顔で八条を見ている。
「どうしました」
 八条は穏やかな物腰で彼女に言葉をかけた。
「いえ」
 彼女はまだ笑っている。何やら思わせぶりな笑みであった。
「お時間はおりでしょうか」
「ええ、まあ」
 彼は答えた。実際に時間はある。ハサンを発つのは明日の夕刻だからだ。
「少しお話をしたのですが。宜しいでしょうか」
「はい」
 彼は彼女の笑みが何故なのかよくわからなかったがそれを了承した。エルールはそれを受けるとまた笑った。そして二人は別室でお茶を飲みながら話をはじめた。
 二人は紅茶を飲んでいた。サハラではコーヒーが主流だが茶も飲まれないわけではないのだ。ハサン北方のある星原産の高級茶であるらしい。
 それにミルクを入れて飲む。熱いミルクである。
「ロイヤルミルクティーですね」
「はい」
 エルールは答えた。
「本来はイギリスの飲み物ですが気に入っておりまして」
「ほう」
「朝や休憩の時にはいつもこれなんです」
「中々いいご趣味ですね」
「長官もお好きですか?」
「紅茶はどれも好きです。連合でも紅茶はよく飲まれていますよ」
「そうなのですか」
「まあ我々は他にも色々と飲みますが。コーヒーも飲みますし」
「そういえば日本ではお茶は昔からよく飲まれていますね」
「ええ。緑茶ですけれどね」
 八条もお茶は好きである。話に身が入ってきた。
「紅茶とはまた違った美味しさがありますよ」
「そうなのですか」
 マウリアでは緑茶は飲まれない。料理に合わないせいだ。
 お茶は案外食べ物を選ぶ。緑茶には和菓子が合うが紅茶にはケーキが合う。とりわけ菓子は選ばれる。何故なら菓子は茶と共に発展してきたからだ。
「他にも麦茶や玄米茶もありますよ」
「何か色々とありますね」
「我が国だけでもかなりありますね。中国やインドネシアもかなりの種類のお茶がありますよ」
「そうなのですか」
 話を聞くエルールの目が輝いていた。
「一度全部じっくりと飲んでみたいものですね」
「輸入はされていないのですか?」
「ええ。我が国は食べ物や飲み物に関しては非常に保守的で」
「ほう」
 連合ですら他の国の料理はエスニック料理と考える傾向がある。これも当然であった。
「そうしたものは輸入してもあまり売れないのです。貴方達にとっては残念なことかも知れませんが」
「ははは、確かに」
 八条はそれを聞いて笑い声をあげた。
「各国の通商部や商務部はかなり頭を抱えていますよ。マウリアには食べ物が売れないと」
「そうでしょうね」
 これで交渉にあたっても上手くはいかないのだ。連合とマウリアではあまりにも価値観が違い過ぎるのだ。
 これはその中のほんの一例であるがチリの企業家がマウリアに発注した商品の納品が一年遅れた。流石にたまりかねた彼はその受注先の企業に抗議したのだ。だが彼はこう言い返された。
「期日があっていますからよいのではないですか?」
 見れば品物が届いたのは予定された月日であった。一年遅れていただけであった。
「一年も遅れて何が期日だ!」
 彼は当然の様に烈火の如く怒った。だがそのマウリアの企業家は平然として答えた。
「一年なぞ大したことではありませんよ」
「一年の何処が大したことがない!」
 彼はさらに怒った。だがそのマウリア人は全く焦ることなくこう言った。
「宇宙の時の流れに比べれば些細なことです」
 流石にそのチリの企業家も言葉をなくしたもう怒る気も失せてしまった。
 マウリア人にとって時間は悠久のものである。今生きている時間もだ。輪廻する為時間は永遠のものであると考えているのだ。
「私と貴方は前世の巡り合わせが悪かったからこうなったのです。気にしてはいけませんよ」
 マウリア人はよくこう言う。そして連合の者の怒りを宥めるのだ。だがそれは宥めるというよりも呆然とさせる類のものであった。そして連合ではマウリアは完全に異文化地域であった。
「異種人と大して変わらないのじゃないか」
 こうした意見もある程だ。無論冗談であるが。
「異種の知的生命体の方がわかりあえるのではないか」
 そしてこういう意見も出る。彼等と連合はそれ程かけ離れているのだ。だからこそ彼等は連合に加わることがなかったのである。連合とマウリアが同盟を保ちながらも何処か疎遠なのはこうした事情があるのだ。
 それが食べ物にも出るのだ。彼はそれについて言ったのである。
「代表的な例では牛類は駄目ですね」
「ええ」
 ヒンズーの教えである。牛は神の使いなのだ。だから食べてはいけない。日本のカレーが何故マウリアの者に自分達の料理とみなされないかというと牛肉が入っているからというのもその理由の一つであった。
「他にも色々と戒律がありまして」
「はい、それは知っています」
 アッディーンは答えた。
「私もよくは知りませんが」
「けれどミルクを飲むのはいいのですよ」
「そうなのですか」
「神聖な飲み物です」
 マウリアでは紀元前よりミルクを飲んでいた。釈迦もミルクで味付けをした粥で命を永らえている。
「日本では食事に対するタブーはあまりありませんね」
「ええ、昔は肉食は基本的に禁じられていましたから」
「それで大豆を食べていたのですね」
「ええ」
 豆腐やそういったものである。肉食も禁じられているとはいえ鳥や魚はよかった。四足のものも色々と抜け道があった。牡丹鍋なぞがその例である。かって猪はモモンガの仲間とされていた。モモンガは空を飛ぶので獣とは認識されていなかったのである。
「まあそれでも食べていましたけれどね」
 八条もそれに言及した。
「ただその影響で羊は食べられませんでしたね。山羊は沖縄で食べていましたが」
「羊ですか」
「ええ。今ではかなりポピュラーになっていますけれどね。昔は匂いがするといって好かれていなかったそうです」
「あの匂いがいいという人が多いのに」
「私もそう思います。他の国の料理ではよく使いますね、特にモンゴルやオーストラリアで」
 モンゴルは主に煮る、そしてオーストラリアは焼く。オーストラリアのラガーマンはその巨体は羊の肉でできている、とまで言われている。実際に彼等は練習でも羊を使う。両脇にそれぞれ一匹ずつ抱えそれでダッシュをするのだ。これはかなりハードな練習である。
「私はラムが好きですね」
「匂いもきつくないし」
「いえ、柔らかいからです」
 彼は微笑んで答えた。
「それに刺身にもできますし」
「えっ」
 エルールはそれを聞き一瞬言葉を詰まらせた。
「刺身でですか」
「ええ。美味しいですよ」
「魚だけでなく」
「はい。他にも蛙もそうして食べますが」
 彼は別段変わったところはなく話した。
「美味しいですよ、豚もそうして食べますし」
「豚は流石に危ないのでは?」
「新鮮なものだけです。古いのは食べられませんよ」
「それはそうでしょうけれど」
 彼女は言葉を失っていた。あらためて日本人の食生活に驚きを覚えていた。
「和食というのは奥が深いですね」
「そうでしょうか」
 八条はそう言われいささか意外だというような表情を作った。
「よく言われますが他の国の料理と変わりませんよ」
「はあ」
 だが彼女の驚きは収まらなかった。やはり信じられなかった。マウリアでは生の肉は食べない。ましてやそれを喜んで食べるとは。彼女の理解の範囲を超えていた。
「まあ飲みましょう」
 だがそれは心に納めた。そして八条に茶を勧めた。
 二人は茶とケーキを楽しみながら談笑を続けた。そして話を終え別れた。
 エルールはマウリアに帰る時ふとラーンチに漏らした。
「外相、日本人というのは変わったものを食べますね」
「!?」
 不意に言われた彼は戸惑いを覚えるのであった。
 何はともあれ両国の交渉は終わった。連合はマウリア領の航行の自由と後方支援を受けることになり解放軍征伐の準備を着々と整えるのであった。

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