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第六部第一章 星河の海その六
 その豪奢な部屋の中に今二つの服の者達が互いに分かれて位置していた。見事なまでに対照的である。
 対照的なのは服装だけではなかった。彼等の髪や瞳の色、顔立ちもであった。
 マウリアの服の者達は褐色の肌に黒い髪と瞳、そして彫のある顔立ちをしていた。それに対してスーツの者達は褐色の肌もあれば黄色い肌も白い肌もある。黒い肌の者も当然いる。髪や瞳の色はまちまちであるし顔立ちも一人一人まるで違う。これを見て彼等の互いの属している組織がわかった。
 一方はマウリアである。そしてもう一方は連合。連合の多民族さがここでもわかることとなった。
「そちらの方はまだでしょうか」
 マウリアの者達の中央にいる口髭の男が連合の者達に対して問い掛けた。マウリア国防相であるラーンチである。
「ハッ、それですが」
 見れば八条の秘書官もいた。彼がそれに応える。
「間も無く来られます。今しばらくお待ち下さい」
「わかりました。それでは」
 ここでラーンチは隣にいるエルールに顔を向けた。
「外相、お茶でも飲みながらゆっくりと待つとしましょうか」
「はい」
 エルールは優雅な笑みでそれに答えた。マウリアの要人が二人も来ているのだ。これはすぐに只事ではないとわかった。
「それでは紅茶でも飲みながら」
「そうするとしましょう」
 彼等は怒るわけでもなく待っていた。実際に茶を飲むわけではないが。
「ところで。ええと」
 エルールは秘書官の名を言おうとした。だが記憶に思い浮かばない。
「水口です。水口賢雄と申します」
 彼は自らの名を名乗った。
「国防相の秘書官を務めております」
 ここで微笑んだ。いい笑みであった。
「そうでした、申し訳ありません」
 エルールは謝罪の言葉を述べた。
「名前を忘れてしまいまして」
「ははは、それはいいですよ」
 水口はそれを笑ってないことにした。
「私は一つの特徴がありまして」
「それは何でしょうか」
 エルールだけでなくラーンチもそれに問うた。
「よく忘れられるということです。どうにも存在感がないものでした」
「ふふ、ははははは」
 これには彼等だけでなくそこにいた者全てが笑った。自分をネタにこの場でこうしたことを言えるとはまた凄いことではあった。
「中々面白い方だ」
「日本人はよくジョークに疎いと言われますので」
 水口はそこでまた言った。これは悲しきかな事実であった。
「少しでもこの場を盛り上げようとしたわけです」
「それにしてはまた強烈なジョークですな」
「本当に」
 ラーンチもエルールもまだ笑っていた。そこで扉を開ける音がした。
「カバリエ外相と八条国防相が来られました」
「おお」
 彼等はそれを聞いて声をあげた。
 程無くしてその二人が入って来た。
 一人はでっぷりと太った中年の女性であった。黒い髪と瞳で彫の深い顔をしている。太ってはいるがその顔立ちは整っている。メリハリのある目鼻立ちに高い鼻と切れ長の瞳をしている。彼女が連合中央政府外相の二キータ=カバリエであった。メキシコ出身でメキシコの外交官出身である。白いスーツとスカートに身を包んでいる。
 その後ろには長身でスラリとした容姿を持つ美青年がいた。切れ長の黒い瞳が印象的である。一目でアジア系であるとわかる。ライトグレーのスーツに身を包んでおり一目で女性の関心を引き付けずにはいられない。まるで映画スターかトップモデルの様であった。
(彼が八条ね)
 エルールもまず彼に目を向けた。
(噂に違わぬ容姿ね。マウリアでも話題になる程だわ)
 彼の女性人気は彼女も知っていた。彼女自身彼の容姿を一目で気に入っていた。
(貴公子と言うのかしら。連合では貴族はいないけれど)
 連合の特色として貴族的なものを徹底的に嫌う傾向がある。これはエウロパに対する対抗意識からくるものであるがその他にも理由はある。やはり連合独自の活力に溢れる機会均等主義がそれを好まないのだ。
 連合側では特に思うことはなかった。八条も女性には疎いのでそれ程思うことはない。
「ではまず食事にしましょうか」
 カバリエが提案した。
「はい」
「よろしいかと」
 マウリア側もそれに賛成した。あらかじめ予定されていたことなので断ることもなかった。
 彼等は程なく食事のテーブルに着いた。当然外交交渉は既にはじまっている。
 サハラの料理が運ばれてくる。最初はポタージュだ。
「これは何処でも同じですね。最初はまずスープから」
 カバリエは笑いながら言った。彼女は連合では健啖家として知られ料理の腕もいいことで知られている。その本も何冊か出している程である。ちなみにその内容はどうしたら美味しくなるか、そして何が美味しいか、が実に細かく書かれている。美味しさをあくまで追求し、美容等には一切触れないのが彼女の本の特徴である。従ってこう言われている。
「カバリエの本を読むな。あんな体型になるぞ」
 かなり失礼な言葉である。だが彼女はその言葉をいたく気に入っている。
「つまり私みたいな体型になりたければ私の本を読めばいいのです」
 彼女の自慢はその体型である。従ってそれについて言われることは実に喜ばしいことなのである。
 こうしたことから彼女は今テーブルに運ばれてくる料理一つ一つに注意を払っていた。ポタージュの次はピスタチオの入った若鶏の丸焼きである。
 フォークとナイフで切る。するとそこから肉汁が溢れ出てくる。
 そしてそれを口に運ぶ。口の中全体に鶏の肉と皮の味、そして香辛料の風味が漂う。
「これは中々」
 カバリエは目を細めて感想を述べた。彼女の舌に合ったようである。
「連合でも鶏はよく食べられるそうですね」
 ここでエルールが彼女に尋ねた。
「はい」
 カバリエは笑顔で答えた。
「かなりポピュラーな食材ですね」
「そうですか」
「マウリアでもそうだとお聞きしておりますが」
 彼女はここでマウリアに聞き返した。
「ええ、まあ」
 彼等はそれに答えた。
「我が国では一番食べられることの多い肉でしょうね」
「そうらしいですね」
 カバリエは当然の様に各国で何が食べられているかよく知っている。マウリアでは鳥がメインの肉料理なのも当然知っている。ヒンズー教徒が多いこの国では牛肉の類は食べられない。無論この席にも牛類のメニューはない。
 八条はそのカバリエの横で黙々と食事を採っている。フォーク一つ扱う仕草にも気品と優雅さが感じられた。
(絵になるわね)
 エルールは彼を見て心の中で思った。
(我が国にいたら今頃どれだけ人気が出たかしら)
 実際彼は連合でも若い女の子や主婦、そして老婦人にまで人気が高かった。東洋的な洗練された美貌と理知的でバランスのとれた能力、そして穏やかな性格で女性の人気の的なのであった。だがやはり当の本人はそれには興味があまりない。むしろ男色家とのいわれなき噂がついていささか辟易している程である。
 鶉の料理に三角のドーナツににた揚げパンが続く。ここでマウリアの側が一つのことに気付いた。
「そういえば内臓を取り扱った料理がありませんね」
「サハラでは動物の内臓は食べないのですよ」
 カバリエはそれに対して言った。
「イスラムでは動物の血や内臓は食べませんので」
「それが少しわからないのです」
 ラーンチは怪訝そうな様子で言った。
「確かイスラムは遊牧民の宗教であった筈ですが。商人の宗教であると共に」
 ヒンズーでは元々肉料理よりも野菜類が多い。これはインドが農耕主体であるせいであったが、アラブは彼等とはまた事情が違うのである。そうなれば当然その戒律も違ってくる。
「確か連合では動物の内臓は極めてポピュラーな料理でしたね」
「ええ」
 カバリエはラーンチの言葉に答えた。
「蹄も耳も尻尾も食べますよ」
「魚の内臓も良く食べられるそうですね」
 エルールは八条に対して問うた。八条は彼女に話しかけられ一瞬戸惑ったようだがすぐに答えた。
「はい。海鼠の内臓も人気がありますよ」
「海鼠?」
 これにはラーンチも目を丸くさせた。
「海に住む軟体動物です。固い歯触りがいいですよ」
「そうなのですか」
 二人はそれが一体どういう生き物なのか、そしてどういう食べ方をするのかわからなかった。ただ首を傾げるだけであった。
「日本では生でよく食べます。内臓はこのわたといって珍味として人気があります」
「はあ」
 二人にはやはりわからなかった。八条の説明にもただ首を傾げるだけだ。
「どうも日本の料理はわからないところが多いですね」
「そうですか?」
 今度は八条が首を傾げる番であった。
「私はそうは思いませんが」
「マウリアでは生のものは食べませんし」
 ラーンチが言った。
「それに内臓もあまり食べることはないですしね」
「はあ」
 八条もそれはわかっているつもりだ。だが海鼠を不思議がられるのは少し以外であった。
「長官」
 鶉を食べ終えたカバリエが八条に声を向けた。
「海鼠は連合でしか食べられませんよ」
 実に楽しそうな顔であった。彼女は食べ物の話になると目の色が変わるのである。
「それもわかっているつもりですけれどね」
 だが八条はどうしても納得できないようである。
「連合でも結構苦手な人が多いですし。そもそも生物を駄目だという人も案外多いですし」
「私は違いますけれどね」
 カバリエはまずそう断ってから話をはじめた。
「それはそれぞれの風習なのですよ。日本では昔から海の幸をよく食べていましたね」
「はい」
 八条は答えた。和食はそれで知られている。刺身にしろ寿司にしろそうだ。海の幸を使わない和食もあるがやはりメインであるのは事実だ。
「だから生物を食べることが多かったのです。けれど海から少し離れた場所だとそうはいきません。長官も日本人ならば鱧のことはご存知でしょう」
「ええ」
 鱧は昔は京都でよく食べられた。夏の名物料理であり京都の有名な祭り祇園祭りは通称鱧祭りと呼ばれていた。歯が鋭く、獰猛な魚であるがその味はあっさりとしていて食べ易い。
「京都で何故鱧が食べられていたのかもご存知ですね」
「はい」
 八条は答えた。京都は山の中にある。従って海の幸はない。これは京料理の弱点であった。
 だが鱧は瀬戸内から運んでくることができる唯一の魚であった。だからこそ京都では鱧が人気であったのだ。
 海から離れていると生物は食べられない。海の幸は当然海の側でしか食べることが出来ない。自明の理であるがこの時代ではそれが中々わからない。他の星の食べ物も容易に手に入る時代なのだから。
「それでおわかりだと思います」
「だから海鼠も生物もあまり食べられなかったということですね」 
 ラーンチがカバリエに尋ねた。
「そういうことです」
 彼女はそれに対してコメントした。
「内臓や血もそれと同じでしょうね」
「傷み易いからですね」
「おそらく」
 やはり彼女は食べ物にはかなり詳しい。伊達に食べているわけではなかった。
「そういえばそちらのカレーですが」
「はい」
 八条はエルールの問いに顔を向けた。
「いつも思うのですがあれは一体どういう和食なのでしょうか」
「和食ですか」
「はい。何でも私共の料理だとそちらでは考えられているそうですが」
「ええ」
 八条は答えた。
「そちらの国の料理ではないのですか?」
 一千年以上も前から続いている議論がここでも起こった。
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