第六部第一章 星河の海その四
「それはそうですが」
「今彼等は残った艦隊だけで国防の任を果たしていかなければならない。とても我が国に攻め入る余裕はないだろう」
「そうですか」
「うむ。あとはハサンだな」
「既に不可侵条約を結んでおりますな」
「そうだ。これがあれば当分はハサンとは何もあるまい。少なくとも当面はな」
「はい」
ハルシークはそれに頷いた。
「では後方は今のところ大丈夫ですね」
「そういうことだ。安心して総督府と対峙できる。だが」
「だが!?」
「やはり今はまだ彼等を倒すには力不足だ」
国力が足りないことは彼も認識していた。
「我々だけでは彼等を倒すのは容易ではない」
「それは私も同じ考えです」
ハルシークもそれに対して言った。
「やはり国力にも兵力にも大きな開きがあります」
「そうだ。それをどうするしかないが」
シャイターンは考える顔をした。
「やはりすぐには覆せるものではない」
「はい」
ハルシークは再び頷いた。
「エウロパで何かあれば話は変わってくるがな」
「何かとは」
ハルシークはまた問うた。
「そうだな。さしあたっては連合との衝突か」
「まさか」
ハルシークはそれには否定的だった。
「幾ら対立しているといっても今衝突する危険はありません」
「それはどうかな」
シャイターンはそんな彼に対して言った。
「何が起こるかはわからない。確かに今まで連合とエウロパは対立しながらも直接的な衝突はなかった」
「月での資源争奪の時もそうでしたね」
「あれは直前でロシアが寝返ったせいもあるがな」
「しかし武力衝突をしてもどちらにもメリットはないでしょう。特にエウロパにとっては自殺行為です」
「エウロパにとってはな。だが連合は少し事情が違う」
「といいますと」
ハルシークはまた問うた。
「連合には一つの厄介ごとがある。法皇だ」
「バチカンですか」
「そうだ。その存在が彼等にとっては一つのネックになっている」
宗教家の父を持つだけあってそれはよくわかっていた。
「連合とエウロパを行き来することができるのはバチカンの司教だけだ」
「はい」
ブラウベルグ回廊は常時連合とエウロパ、二つの勢力によって常に厳しい監視下に置かれており、その通行は禁止されている。だがバチカンの司祭達の船だけは通行が可能なのである。
これは連合にも多いバチカンの信者達の為であった。如何に両勢力の対立が厳しくともバチカンだけは断ることができなかったのだ。
「だがここに問題がある」
シャイターンは言った。
「行き来できるのは宗教家だけだな」
「はい」
「その中に宗教家の皮を被った密偵が入り込んでいたらどうなる」
「エウロパがよくやっていることですな」
これはかなり有名な話であった。サハラでもよく知られている。
「ほぼ素通りだな。ましてや司祭のチェックなどは」
「恐れ多くてできないでしょうな。やはり」
「そうだ」
これはサハラの多くの者には理解し難いことであった。何故ならイスラムは原則的に聖職者を置かないからだ。いるのは法学者等市井の者だけである。ムハンマドですら市場を歩き回り妻子を持ち、食事を採る一人の人間に過ぎなかったのだ。ただし中には例外もある。シャイターンの家の宗派等がそれである。
「彼等はそれを利用している。そうして連合内の情報収集や工作を行っているのだ」
「それは知っていますが」
「今までは知りながらもそれに中々対処することができなかった。やはり彼等を捉える機会もなく、そしてそうしたことに有効な機関もなかったからだ」
「ですが今は連合軍がありますな。そして連邦警察も」
「そうだ」
連邦警察は連合領全ての地域で調査が可能な警察組織である。各国の警察とはまた違う連合中央政府直属の組織である。
「今実際にエウロパのスパイの摘発を大規模に行っているというな。その調査結果次第では」
「エウロパに対して何らかの制裁に出る、ということですか。しかし連合とエウロパは経済的には何の関係もありませんし
また両勢力の間にはガンタース、ニーベルングのそれぞれの要塞群があります」
「武力衝突も考えられない、と言いたいのだな」
「はい。連合がスパイのその侵入ルートを消す為にバチカンを連合内に移転させようとすることも考えられますがそれも不可能でしょう。バチカンはそれに気付きながらも政治のことですので表立っては口にしませんしエウロパもそれは否定するに決まっています。例え確かな証拠が出ても。バチカンを移転させるのならばエウロパに侵攻するしかないでしょう」
「だがそれは要塞群により不可能だと言いたいのだな」
「はい。ニーベルング要塞群は難攻不落です。抜くのは無理でしょう」
「それはどうかな」
シャイターンはそれに対して笑みで応えた。
「連合のあの巨大戦艦ならば可能かも知れないぞ」
「まさか」
ハルシークはそれを否定した。
「確かに恐ろしい艦ですが流石に要塞までは無理でしょう」
「一隻では無理だな、確かに」
彼はここでまた笑った。
「だがそれが増えてはどうだ。如何にニーベルングといえど陥落するのではないか」
「・・・・・・・・・」
ハルシークは沈黙した。言われてみればその可能性はある。あの巨大戦艦の巨砲ままるで要塞の主砲であったからだ。
「もっとも今エウロパは全土の防衛計画を見直している。連合が要塞を抜いて領内に侵攻してきても滅亡までには至らないだろう」
「そうでしょうか。領内に雪崩れ込まれたらもう終わりだと思うのですが」
「それは国力の差を考えてのことだな」
「はい」
ハルシークは頷いた。
「三十倍もあると流石に。無理でしょう」
「兵力や経済力だけではな。だが戦争はそれだけでするのではない」
「ゲリラ戦ですか」
「そうだ。エウロパの市民全員が敵に回ったならどうなる。最早対処しきれまい」
「蜂起した惑星ごと掃滅するわけにもいきませんからね」
一般市民への攻撃は国際法により厳しく禁じられていた。ゲリラと認められる場合は例外であるがそれでも都市やスペースコロニー、惑星等に攻撃を仕掛けるというのは流石に無理がある。
ましてや連合は民主制である。その様なことをしては軍や政府が支持を失う。連合においては凶悪犯の処罰は極めて酸鼻であるべきだがそうした無差別攻撃や罪のない者に対する蛮行は最も忌み嫌われることなのである。これはエウロパやサハラにおいても同じである。
「それはエウロパもわかっている。そうして連合軍をジレンマに追い込む可能性がある」
「ゲリラ戦の基本ですね」
「そうだ。それをとられたならば連合も戦いを続けることは出来ない。連合軍は九十億」
各国の国軍を入れると百億を超える。
「エウロパの総人口は一千億。勝負は見えておりますな」
「そうだ。おそらく両勢力が戦ってもエウロパの敗北に終わるだろうがその滅亡までには至らない。その勢力は大きく減退してもな」
「バチカンは連合に渡るでしょうね」
「そうだな。それが戦略目的の場合」
シャイターンは冷徹な声で答えた。
「スパイの進入ルートも消すことができるし領内の信者の支持も得られる。それに」
「それに!?」
「バチカンへの巡礼により金も動く。連合にとってはかなりの利益になるな」
「それを聞くと今にも問題を起こしそうですね」
「物騒なことを言う」
シャイターンの顔は笑っていたが目は笑っていなかった。
「確かに何かきっかけがあれば動くかもな。きっかけがあれば、だ」
「それがスパイの摘発でしょうか」
「かもな。だが彼等はことを構えるのはおそらく先だ。攻めるのは連合だが彼等はまだ軍備が整っていない」
「かなりの速さで進めているらしいですけれどね」
「それでもあれだけの大艦隊だ。まだ時間がかかる。連合の軍需産業を総動員してもな」
「はい」
「それからだな。動くのは。その頃にはエウロパの防衛計画も整備し終えている。我々はそれまでに兵を整えておけばよい」
「焦る必要はないと」
「そうだ、時間はある。今は将兵の練度を整えその数を増やす。そして装備の質を上げることだ」
「わかりました」
ハルシークは答えた。
「では今後の方針はそれでいくことにします」
「うん」
シャイターンはそれを了承した。
「頼むぞ。時間はあるが確実に行っていかなければならないからな」
「はい」
彼等はすぐにそれに取り掛かった。そして牙を磨くのであった。
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