第二十二部第四章 情勢その八
「違うのか」
「人間というのは案外変わらない生き物です」
確かにその通りではある。人間という存在には何処か共通するものがあるのだ。これはどんな文明にあっても見られるものであったりする。
「ですから」
「マウリアも決して平和的ではないというのだな」
「完全に平和的、好戦的な勢力というものは有り得ないかと」
ボーデンはまた述べた。
「それを構成するのが人である限り」
「天使やワルキューレでもない限りか」
ここでラフネールは平和の存在として天使を、戦争の存在としてワルキューレを出してきた。その例えは確かに印象としては強いものであった。
「その天使やワルキューレにしろ完全にはそうではありませんし」
「そうだな」
そしてボーデンの言葉を受け入れてその考えに訂正を入れた。
「天使もまた戦いワルキューレ達は人を癒してくれる」
黙示録においては天使達は剣を振るい炎を操る。そして全てを破壊する存在となる。ワルキューレは人を助け、その妻となり子を育てることもある。完全に平和と戦争を司るというわけではないのである。
「ですから平和勢力というものは存在しないのです」
「二十世紀にはソ連が平和勢力と呼ばれていたな」
「愚かな話です」
ボーデンはその話を忌々しげな顔で切って捨てた。
「あのソ連が平和勢力ですか」
「そう言われていたのは事実だ」
ラフネールはボーデンにそう述べた。
「それを主張する多くの発言が残っているのは知っていると思うが」
「はい」
まずはそれに頷く。
「その通りです。だからこそです」
彼は立腹しているのだ。
「あの様な勢力が平和勢力ですか」
「むしろかなり好戦的な勢力だな」
「そうです。ソ連は全体主義国家でありました」
だがかっては民主主義国家とされていた。そうした歪な時代も人類にはあったのである。
「周辺勢力と常にことを構え、そして隙あらば侵攻を繰り返す」
「そうした存在だったな」
「陰謀や謀略も得意でありましたし」
概して全体主義国家というものは謀略を好み平気で嘘をつく。自分達以外の存在を認めてはいないからどの様な悪事を働いても平気なのである。そうした意味で邪悪な存在であるとも言える。
「決して平和的な勢力ではありませんでした」
「そうだな」
ラフネールはその言葉に我が意を得たといった感じで頷いていた。
「その通りだ。全体主義国家はむしろかなり好戦的な勢力だ」
「そうです」
ボーデンは学者のような顔でそれに頷いた。
「その通りです。無論完全に好戦的な勢力でもありませんが」
「そうだな。利があるかどうかだ」
結局平和的になるのも好戦的になるのもそこに根拠がある。利があるかどうかだ。人はそれによって平和的にもなり好戦的にもなるのだ。そういうものである。
「マウリアにとっては平和に利がある」
「そうです。彼等は自分達の勢力圏で満足していますし」
「だから動かないだけだな」
「そういうことになるかと」
ボーデンは応えた。
「彼等にとってはサハラはあくまで外の世界です。興味を抱く存在ではありません」
「ふむ」
「ですから今まで難民が来てもまずは助けましたが」
「ことが収まればすぐに返していた」
「所詮は異なる世界であると考えているのでしょう」
彼は言った。
「それだけのものでしかないのです。彼等にとってサハラとは」
「どうでもいいのか、本質的には」
「自分達を害しなければ」
ボーデンはまた言った。
「それでよいと考えているのでしょう」
「所詮はその程度でしかないというのだな、彼等にとっては」
「はい」
ボーデンは答えた。
「異世界ですから。少なくとも関わる世界ではないということでしょう」
「交易さえできればよいということか」
「そうですね」
ラフネールのその言葉に頷いてきた。
「交易ができればよいからこそ」
「平和的になる」
「それは連合も同じですが」
「連合か」
ここで最後の勢力の名が出て来た。
「彼等はどう動くかな」
「まずサハラにとって表面的な脅威は我々です」
ボーデンはまずはそれを述べた。あえて自分達がサハラにとって脅威になっているということをあらためて述べてきたのである。ここには計算がある。
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